第59話 う、裏切ったのか!?
テレビではロボットや魔怪獣のことで持ち切りだった。今日も、飽きずに特番で議論が繰り返されている。
この状態で俺が名乗りを上げたら、一躍有名人の仲間入りだ。絶対しないけど。
まあ、例の如くパイロットを名乗る偽物は出てきた(その後すぐに偽物とバレる)のだが。
『今回はサメ型巨大ロボットとゴーレム型巨大怪獣、通称ゴーレムについてのお話を――』
あのロンズデーライトゴーレム。日本での正式名称は、『ゴーレム型01』らしい。
ゴーレムっぽい奴の中で一番目に観測されたからそう名付けられた。
『――それで、オレも子どもん時に憧れたよ、こんなロボットに乗ってみたいって。でも現実には無いじゃない? 巨大ロボットなんて。それが現実に出てきたってところに、正直興奮してるねオレは。まあ怪獣はいらなかったけど』
大御所の芸人がそういった。かなり高齢なはずだが、まだまだ元気そうである。
俺はこの人の出ている番組が好きだった。この人が出てるからこの番組を見ているのだ。
『――それでは、専門家の意見を聞いてみましょう。――さんお願いします』
『即刻規制すべきですよこんなもの!!! 民間企業がこんなものを所持しているのはおかしい!!! とにかく……国の管轄に置くことです!!!』
『ふざけんな!!! 何であのロボットがあんなフットワーク軽いと思ってんだよ!!! 国の管理下とか足の引っ張り合いで邪魔になるだろ!!!』
『それこそふざけるな!!! あれが我々に向けられたらどうなる!? それに国が企業に取って代わられるかもしれないんだぞ!? どんなディストピアができるか!!!』
『死ぬよりマシだろ!!!』
『だから――テメェ死ぬか!?』
『上等だブッ殺してやるよ!!!』
最初からクライマックスにヒートアップした論争……いや、乱闘を見て、大御所の芸人は笑っていた。
普段はUMAや宇宙人みたいなことを議論している番組だが、当事者になると複雑な思いだ。
しかし、よくもまあ飽きないものだ。向こう数ヶ月は擦られるだろう。
「またロボット特集……こいつら暇っスね」
一緒にテレビを見ていたお袋も、同じことを思っていたらしい。
「最近はデカい事件も(表向き)無かったから、皆退屈なんだろ」
「もう何週間経つと思ってるんスか。毎日毎日知らんおっさんやおばさんが議論するのにも飽きたっスよ」
ソファーにぐでっと寝転んだお袋がそう言った。
「それなら録画したやつ見れば? 今日は親父や情鯱達もいないんだから」
「うーん、そうするっス」
親父は仕事。弟妹共は祖父が経営する道場で稽古をしている。俺は一切、それこそ基礎すらも全く知らないので、どんな武術なのかは本当に分からない。
「そういえば、今日はバイト無いんスか?」
「バイト?」
俺の『バイト』とは勿論、マジック・モンスとの戦いである。
流石に本当の内容を教える訳にはいかないので、知り合った博士の研究の助手とだけ教えている。
博士が齢なので重い者を運んだり、実験に付き合ったり……俺は全くしていないが。
まあ、それなりの仕送りはしている。
兄弟が多いので、少しでも助けになればいいのだが……送りすぎると怪しまれるこのジレンマ。
「無いよ」
「それなら、お使い頼んでもいいスか?」
「お使い? いいけど、何を買えば?」
「カレーの材料で」
「オッケー、行ってくる」
「いってらっしゃーい」
俺は支度を終えると、家を後にした。
◇
「お、ニンジンだけやたら安っ。買いまーす」
「アリガトーヨ」
近くの商店街で、カレーの材料を購入。
何でも売ってるから便利なことこの上ない。
昔から存在する商店街らしく、気のいい年配の方々が元気に声を張り上げている。
ちなみに、近くにデカいショッピングモールができたこともあるが、オープンした次の日には乗っ取られ、対ゾンビ専門店となってしまった。
店内にはまだゾンビパニック作品から抜け出してきたとしか思えない狂人がダース単位で存在するので、絶対に近づかないようにしよう。
しかし、何故よりにもよって矢場谷園に進出してきたのだろうか。
まあ、2日で乗っ取られるとは誰も思わないだろうな。矢場谷園の住民も、そんなヤバい人らばかりではないし。
「くあー、腹減ったなぁ。何か食ってくか?」
腹が唸り声のような音を立てている。
サメになってからは、露骨に食べる量が増えた。
自制しないといくらでも食べられるし、いくら食べても太らない。腹が出ることすらしない。
「もう昼か。近くにレストランあったかな……ん?」
『何だ? 映画の撮影か?』
『YouTubeだろ』
レストランでも探そうと思ったその時だった。
賑やかな商店街が、いつになく騒がしい。
俺は人混みをかき分け……ることはせず、人の少ない場所を狙って近づいた。そこには――
『コスプレ? 完成度たけーなおい』
『ボディ・ペイントまで完璧とは恐れ入った』
見慣れない軍服を身に纏った集団。
先頭には、真っ赤な肌をした、角の生えた少女。
――そして、その軍服についた紋章。
紋章には傷が入っているが、それは紛れもなく、怨敵マジック・モンス軍のものだった。
「ま、マジック・モンスゥゥゥゥ!?」
思わず叫んでしまった。
いや、そりゃ戦争の相手が軍服で町中を練り歩いていたら叫ぶだろ。
とにかく何が目的かは分からないが、メタルコバンザメ君と爆発物である消火器以外の武器が必要だ。
『どうした急に』
「君! そのバット貸してくれ!」
『え、ちょ』
俺は近くにいた野球少年に万札を数枚押し付け、バットをリュックから引き抜く。
そのまま、集団の前に躍り出ると、軍人らしく警戒を露わにした。
理由は色々とあるが……奴らがどんな魔法を使ってこようが、俺には奴らを殺せる備えがある。
だからこそ、俺はこうして出てきたのだ。
「マジック・モンスゥ……」
しかし、奴らは俺が『マジック・モンス』という単語? を出した瞬間、目を見開いた。
そして、隊長格っぽい少女と何かを話し合った後、その少女が前に出てきた。
正直言って、かなりセンスのあるカッコイイ軍服に身を包んだ少女。
肌は真っ赤で、瞳は真紅と金色のオッドアイ。軍帽から覗く髪は、サラサラの銀髪。
そして、額から飛び出た2本の角。人間には見えないが、地球人の基準から見てもかなりの美少女に見えるのだが……
後ろの隊員達も、獣耳や尻尾、鱗などがあったりするし、人間に見えない者もいる。
ただ共通しているのは、軍服と傷の入った紋章だった。
「昼間からこんな堂々と練り歩くとは……マジック・モンスってのは自殺志願者だらけか?」
「……ええ、おっしゃる通りでしょう。彼らは愚かで、自分達の勝利を疑ってもいない。魔法があるから勝てる……そんな思い込みだけで死にに逝くのです」
「ふぅん……?」
明らかにまだ幼い声だったが、俺が驚いたのはその内容だった。
マジック・モンスの捕虜は、レブリガーさんとヴィクセント以外、魔法至上主義といっても過言ではない思想を大なり小なり持っていた。
少なくとも、魔法を誇りに思っているはずなのだが、この少女からはそれを感じない。
「だが現実は違う。彼らは屈強な魔獣ごと蹂躙されていった……あなた達の駆るロボットに」
「!」
最後は小声だったが、俺にははっきりと聞こえた。
こいつは俺の、俺達の正体に気づている!
「……そうだよ、俺が虎鮫だよ。俺を殺しに来たか?」
「いえ、もし戦いになれば殺されるのは我々の方でしょう……申し遅れました、私はフューラース・レイジアンガー少佐。尤も、もうこの階級は意味を成しませんがね」
「何?」
雲行きが怪しい。何を企んでいる?
「あなたは相当の権限を持っているとお見受けします」
「そうだな……」
「だからこそ率直に言います。我々は『亡命』しに来ました」
「え――」
俺は、驚きでそれ以上の声が出なかった。
◇
その後、メタルコバンザメ君の通信で駆け付けた研究所の部隊が、専用の装甲車に彼女らを詰めて連れて行った。部隊のメンバーには、人々に口止めしている者もいる。
俺はカレーの材料を回収し、バットを少年に返していた。
「ごめんな、その金もあぶく銭だと思って取っといてくれ。何か美味いものでも食べたらいいさ」
「ありがとう。もう1本、新しいバット買うよ」
「そ、そうか」
この時の俺には知る由もななかった。
数年後、目の前にいる野球少年が『二刀流』と呼ばれ、野球界の伝説となることを……




