第57話 合体技
「ぐ……」
あの拳が眼前に迫ったと理解した時、俺の視界はブラックアウトした。
意識は失われず、目が見えない中で恐ろしいほどの衝撃のみが感じられたが、同時に何かが俺の身を包んだような感覚がした。
衝撃がなくなり、目を確かめようと左腕を動かそうとした。しかし、ピクリとも動かなかった。
幸いだったのは、右手が動いたことだろう。
「う……お……」
目をまさぐると、破片らしきものが突き刺さっている。
それを力任せに引き抜くと、急に視界が回復した。
「お……左手……」
コックピットに添えられていた俺の左手は、無惨に潰れていた。
それどころか、残骸と混ざり合い、原型がなくなっていた。
「クソが……おい! そっちは大丈夫か!?」
俺はアルルカンを呼んだ。
アルルカンの立っていた場所には、黒い液体が撒かれていた。匂いからしてガソリンか。どこからか漏れたのだろう。
しかし、アルルカンは見当たらない。
「おい、どこにいるんだ」
「ここよ」
「ひゅいっ」
真後ろから声がしたので、思わず変な声が出てしまった。
振り向こうとしたら、頭をガシッと掴まれる。めちゃくちゃオイル臭い。
「な、何する!」
「ちょーっと服が破れちゃったのよ。こっち見ないでくれる?」
「服? ははぁん、さては俺を盾にしやがったな?」
俺は服どころか身体もボロボロだ。もう治ってきてるけど。しかし、顔の、殴打男につけられた傷だけは全く治っていない。
そんな俺と比べて、アルルカンは服だけ。しかも場所は真後ろ。これは!!!
「その通りよ、よく分かったわね……なぁんて言いたいところだけど。実際はあのパンチの衝撃でこっちに飛ばされただけなのよね。ちょうどアンタの近くだったから盾にしただけで」
「はーっ! 死ね!」
「ド直球な罵倒どうも。で、そんなことより。これからどうすんの?」
まあ、アルルカンには世話になってるし、俺はモラリストなのでここは多めに見てやろう。
……多分、俺を包んだあの感覚はアルルカンの超能力か何かだと思う。それを言ったら貸しにされそうなので絶対言わないが。
それと、あれ以上殴られても不味かったし、キズナにも感謝だ。
「どうするってもなぁ」
コックピットを見る。
操作盤はほとんどが破壊され、スパークが火花を散らす。レバーや操縦桿でさえもへし折れていた。唯一、暴走を止める赤いレバーだけが無事に残っている。
しかし、機体そのものは、ぎこちないものの動くようだった。後もう少し何かあれば、戦えるかもしれない……
「行ける……か?」
ガラスも全て割れ、ボコボコにへこんだ正面から外を見る。
そこでは、キズナが何とかロンズデーライトゴーレムを引きつけているところだった。
(長くは持たないな……)
キズナがジリ貧なのは明らかだった。
その次は俺達の番だ。しかもフロントガラスすらない今の状況では、攻撃されたら俺達は助からないだろう。
この状況から奴を倒せる方法は……
「……」
俺は、赤いレバーを見てゴクリと固唾を飲みこんだ。
本間博士からは、決して前に倒すなと言われていたものだ。
「1つだけ方法があるかも」
「何!? あるの!?」
「この赤いレバーを倒す」
「な、何ですってぇ!? ……それ暴走を止める用のやつでしょ? 暴走させるの?」
アルルカンの疑問も分かる。
俺は、震える手で赤いレバーに手をかけながら続けた。
「シャークウェポンはエネルギーが無くても暴走できるだろ?」
「そうね」
「アレには訳があってな……簡単に言うと、シャークウェポンには現在、16台の炉心が存在する……量子格納装置の異次元空間にな。そこからエネルギーを取り出していたんだ」
「えっ、そうなの!?」
「一度に全部は使えないけどな。つまり、このレバーがあれば何台かから、エネルギーを取り出せる。取り出せたらそのエネルギーで強引にシャークウェポンを強化できる!」
訓練用のシミュレーターで何回かやったことがある。
その時は出力が高すぎて、とても俺には扱えないものだったが、アルルカンならできるかもしれない。
「DCSは生きてるか?」
「ギリギリ生きてるわ……やるのね!? 今、ここで!!!」
「そうだ!!! ちゃんと手綱は握れよな!!!」
「望むところよ!!!」
思いっきり赤いレバーを倒す。
「うおおおお……こ、これは!?」
「何て力……!?」
その瞬間、俺達は、噴きあがる莫大なエネルギーに呑み込まれた……
◇
『GHOOOOOOO!!!』
『オオオオォォォォ……!』
ゴーレムが拳を振るう。その威力は、比喩でなく山を一撃で砕く威力を秘めている。
だが、シャークウェポンは、それを、真正面から跳び蹴りで打ち砕いた。
『GAGOAAAAAAAA!!!』
『オオオオ……』
宝石の腕を破砕しながら進み、やがて貫通する。
その衝撃で、中身までギッシリとロンズデーライトの詰まったはずのゴーレムがバランスを失い、片膝をついた。
『オオオオォォォォ……』
しかし、ゴーレムは壊れた部分を一瞬で再生して見せる。内に秘めた莫大な魔力、吸収した光がそれを可能とした。
そして、振り向きざまに裏拳を放つ。
『GHOAAAAAAAA!!!』
存分に遠心力がかかった剛腕が、シャークウェポンを殴り飛ばす。
エネルギーの防御を貫かれ、咄嗟の判断でガードに使われた右腕が砕けた。
『GHOOOO……バトルマスキュラァァァァッッッ!!! リキッドォォォォッッッ!!!』
曇天の空に、虎鮫の声が響き渡る。すると、どこからか馬の嘶きが聞こえた。
大地を踏みしめる、力強い蹄の音が近づく。
『ヒヒィィィィンッッッ!!!』
大空を駆け抜けるその神馬は、バトルマスキュラー。
とてつもない速さでゴーレムに迫り、突進でその身体を粉砕した。
『よくやった!』
『ブルルルル!』
シャークウェポンが、バトルマスキュラーに飛び乗った。
ミオスタチン関連筋肉肥大を患っているマスキュラーにとっては、489トンの重みなど有って無いようなものだった。
『オオォォォォ……』
下半身を失ってもゴーレムは止まらない。
腕を使って、駆け回るバトルマスキュラーを捕らえようとする。
『ギャアアアルルギィイイイイッッッ!!!』
『オオオオォォォォ!?』
だがそれは、地面から足元から勢いよく飛び出した何者かによって防がれた。
『ギャオオオオォォォォッッッ!!!』
金属同士の擦れるような、不気味に甲高い咆哮が響く。
この恐るべき大怪獣は、液体金属と化したリキッドメタルザウルスの『リキッド』。
地底からドリルのようにゴーレムを貫き、さらに身体を粉砕する。まさに、地底怪獣の面目躍如である。
『オオォォ……』
強力な新手が2体も現れたことに、ゴーレム人間でいう『焦り』のようなものを抱いた。
ゴーレムは砕け散った自分の破片を無造作に掴み、コイントスのように親指ではじく。
欠片は雲を突き抜けるが、太陽が顔をのぞかせたのは一瞬だけで、すぐさま曇り空へ逆戻りした。
だが、それで良かった。
『オオオオォォォォ!!!』
『!』
落ちてきた自身の欠片を使い、自己再生する。その際、空中で集めた光は据え置きなのだ。
光の力を得たゴーレムは、再びシャークウェポンへと襲いかかった。
『リキッドォォォォ!!!』
『ギャオオオオッッッ!!!』
だがそれでも、シャークウェポンの方が速かった。
虎鮫の声に反応したリキッドが形を変え、壊れた右腕の代わりと化したのだ。
『オッッッ』
巨大な拳が、ゴーレムを真正面から殴り飛ばす。
馬の速度、リキッドの質量、シャークウェポンの怪力が合わさり、大質量・超重量のゴーレムが天高く飛んだ。
無数の破片が舞うその光景は、まるで黄金のダイヤモンドダストのようだった。
『オオオオォォォォ!!!』
雲に大穴を開け、太陽が輝く空に出たゴーレム。
太陽光という文字通り天の恵みを受けられるならば、ロンズデーライトゴーレムは無敵だった。
空中で光を吸収し、内部で乱反射させ、増幅させる。おまけに砕けた身体すら再生した。
――この光ならば、あの怪物を殺せる。
ゴーレムは本能的にそう感じた。
小さな石ころから、この巨体になるまで。太古の昔から、ゴーレムを支えてきた文字通りの必殺技。
『GHOOOO……』
……しかし、『必殺技』ならばシャークウェポンも持っている。
この体ならば、普段よりも更に破壊力の高いものが使えた。
リキッドが変形し、シャークウェポンの身体全体にアンテナのようなものを形作る。
それと共に、サメの顔にとてつもない量のエネルギーが収束した。
それだけでも、今まで戦ってきた魔怪獣が束になったとしても、触れただけで消し飛ばされるほどの出力だった。
ロサンゼルス戦で見せた『アトランティックビーム』に似ているが、威力はその比ではない。
さらに、バトルマスキュラーが魔法によって巨大なエネルギー力場を発生させた。そして、リキッドのアンテナがそれを吸収し、シャークウェポンのエネルギーへと変換される。
荒れ狂う破壊の力を凝縮した、文字通りの『必殺技』だった。
「凄ぇエネルギーだ!!! これならいけるぜ! けど……足りねぇな」
キズナは、この必殺技が不安定であることを見抜いていた。
今のシャークウェポンは半壊した状態。そんな状態では必殺技が制御できず、ゴーレムを撃破した後も止まらず、目につくもの全てを破壊し尽くす。
一歩間違えば日本列島が二分割され、文字通り西日本と東日本になるだろう。
「なら安定させりゃあいいって訳だ!!!」
キズナは、槍の石突えメカトパスを軽くコツンと叩くことで、指令を下した。
メカトパスの上部のパーツが、上に乗ったアンドロマリウスに連結する。
更に、8本のタコ足を展開され、ゴーレムを狙う。
そして、アンドロマリウスは胸部に内臓された『デモンズ・スフィア』にエネルギーを収束させた……
メカトパスの支援と、シャークウェポンやゴーレムから漏れ出た多量の余剰エネルギーにより、チャージは数秒で済んだ。
キズナは叫ぶ。現時点でアンドロマリウス最大の必殺技を!
『ディアボルテッカァァァァッッッ!!!』
『GHOOOOAAAAAAAA!!!』
獲物に襲いかかる蛇のような極太のレーザーが、シャークウェポンに放たれた。それとほぼ同時に、シャークウェポンもビームを放つ。
2つの光線は空中で混ざり合い、1つの巨大な奔流となり、ゴーレムに喰らいつく!!!
「これぞ名付けて! 必殺『アトランティスオルム』だぁぁぁぁッッッ!!!」
『オ、オオオオォォォォ!!!』
迫りくる大蛇に、ゴーレムは全ての光を一点に集め、レーザーのように放つ。
だが、それは拮抗することすらなく、一瞬で光ごと飲み込まれた。
「おお! ロンズデーライトゴーレムの野郎、魔力だけ全部消し飛ばされたんだ!!! ロンズデーライトは全部丸々残ってるぜ!!!」
地面に墜落したゴーレムは、表面上は無傷だった。
しかし、残存する魔力。つまり、魔怪獣にとって魂ともいえる部分は全て消え去り、今や単なるロンズデーライトの塊に過ぎなかった。
それを手にするの勝者達……まさに億万長者。国が買えるレベルだ。
「だが、先輩方は……」
キズナがシャークウェポンの方を見ると、徐々に光がおさまり、元に戻っていくところだった。
変わらず右手は破壊され、右脚は骨組みだけ。各部に傷のない場所はないのではないかという有様である。
「ひでぇなありゃ」
素人目にも分かる程の大破だった。
そして、中の先輩達の無事を祈りつつ、キズナはその場を後にした。
【ダイヤモンドゴーレム】体型:人型 身長:50メートル 分類:ゴーレム
・全身がダイヤモンドでできたゴーレム。
その貴重さから、歩く宝石と呼ばれている。そのまんまである。
もし重さを10000トンとすると、ガバガバ計算した結果、大体50,000,000,000カラットくらい。驚異の『500億カラット』である。
中身がスカスカにせよ、ぎっちり詰まっているにせよ、大きさがとんでもないので、値段もそれ相応である。
下位種に、『カーボンゴーレム』『コールゴーレム』などがいる。
ちなみに、1ct=200mgらしい。つまり、このゴーレムが魔法か何かを使って自身の体重を200mgに詐称すると、1カラットしかないことになる……? 分からなかったので、詳しくは自分で調べよう。
『地球では、ダイヤモンドが高値で取引されてるらしいっスよ』
『そこにコイツを持ってけば……いや、無理だな。うん』
【ロンズデーライトゴーレム】体型:人型 身長:500メートル 分類:ゴーレム
・黄金に輝く、ダイヤモンドを超える硬度を持ったゴーレムで、伝説に語られる超魔獣の1体。
地下空間の超高圧力を受け続けたその身体は、いかなる攻撃であろうと傷つかない。鈍重だが、圧倒的なパワーと体格で押し切るパワーファイター。
全身に光を集め、内部で乱反射したそれを放出する技を持っている。かつては、これによりいくつもの国が滅ぼされ、山が消飛び、海が蒸発した。
強い光を一点に浴びると黒く変色するが、焦げている訳ではない。超エネルギーに変換された光が、身体をより硬化させているのだ。更に、その余剰エネルギーは、身体能力の強化などに使用される。
この特性はマジック・モンスでは知られていなかった。何故なら、知る前に死ぬか、特性が発動する前に全力で倒すかの二択だからである。
その身体は、例え一欠片であろうと大国を買っても有り余ると言われる。
『奴こそがゴーレム最強の存在だ』
『これでも超魔獣の中では2番目に小さい……』




