第47話 エビ
『キュゥゥゥゥイィッッッ!!!』
甲高い声を上げる、巨大なエビ。
向かう先は、翼の生えた、ウツボのような魔怪獣である。
『キューイッッッ!!!』
『ギョオオオオォォォォ!!!』
両者、一歩も引かない殴り合い。
ビジュアルは間抜けに見えるが、近づこうものなら、即座に踏み潰されることだろう。
戦いを見る俺の手には、水に濡れ、粉々に割れたビンがあった。
そして、それらに混ざった緑の水草。
「ダオラン!!! ダオラァァァァンッッッ!!!」
俺は名を叫ぶ。
ああ、どうしてこうなった。
◇
「どうですか、サメ先輩。今回は合体式ですよ」
「明らかに合体できる形には見えないんだが……」
俺は、牧島嶺緒と共に、矢倍高校の地下で大量に生産されたタフボーイや、新たに製作されているロボットを見ていた。
こんなところに地下要塞を作ってたのか……
「それは先輩やキズナが大量の素材をもたらしてくださったからですねぇ」
不気味に張り付いたような笑顔の嶺緒。
その閉じた瞳で、何を見ているのか。
「さて、いきなりですが……ネズミが入り込んでいるようですね」
「ネズミ?」
「はい。そこに」
嶺緒の指差す方向には、本当にネズミがいた。ドブネズミとかではなく、いやに小綺麗なネズミだった。
内通者とかの隠語だと思ってたんだが。
そのネズミは、見つかった瞬間、そそくさと逃げようとした。
「11号、捕まえてください」
「ハイ」
『ヂュ!?』
ツギハギだらけの生徒が、凄い速さでネズミを捕まえた。
彼は多分、嶺緒の実験の被験者だ。改造手術を受け、改造人間と化したのだ。それも、自ら志願して。
そんなのが最低11人いるのか……
「そのネズミがどうしたんだ?」
「このネズミは魔術師の使い魔です」
「使い魔?」
11号の手の中で暴れるネズミ。
捕まえたということから、矢倍高校のものではなさそうだ。
「ええ。このネズミは、三羽侘仁学園から送り込まれたスパイです」
「スパイ!?」
何のスパイだよ。
後、三羽侘仁学園って……やっぱいるじゃねぇか魔術師がよ。
「何のために」
「彼らは、我々の研究や実験に感づいているのですよ。我々を危険視している」
そりゃそうだろ。逆に知ってて危険視しない奴がいたら心配するわ。
「見られてたけど、大丈夫だったのか?」
「問題ありませんよ。ここら一帯には、魔力阻害力場発生装置の影響下……使い魔を通しても、見ることも聞くこともできませんよ」
思ったよりヤバい装置が出てきたな。
十中八九、本間博士の関わったものだろう。
「しかし、彼らの懸念も分かりますよ。怪しいところがあったら調べる。基本です」
「まあ、俺もそうするなぁ。で、ネズミどうする?」
「この子にはしばらく眠ってもらいましょう。後で飼い主が見つかるはずです。その前にちょっと記憶などを消させてもらいますが」
『ヂュ~!?』
嶺緒に注射を打たれ、ネズミは眠ったようだ。
しかし、ネズミ相手にも記憶消去か。魔術師がお得意の常套手段をマネされるとは。
「一部の方々なら問答無用で始末……いえ、ネズミ相手でも情け容赦なく拷問しそうな方々が……」
「確かに、やりそうな奴が多い……」
アルルカンなら楽しんで殺す。飼い主に死体を届けるくらいはやる。
3人組の凶暴な天海逆鬼なら問答無用で殺すかもしれないし、頭のいい甘粕狒覚なら拷問してでも逆探知しようとするだろう。
俺だって、スパイだと知っていたら殺していたかもしれない。
キズナなら……カリスマで二重スパイだろうか。いずれも、この矢倍高校にまともな選択肢はない。
このマッドサイエンティストである牧島嶺緒でさえ、マシな方なのだ。
いや、この魔力阻害力場発生装置なるものが無ければ、誰もが証拠隠滅のために殺していただろう。
矢倍高校とは、高校生の範疇にはおさまらない、野蛮な異常者の集まりなのだ。
「それで……あの怪獣のことですが」
「ああ。あの、リキッドメタルザウルスとかいう正式名称つけたやつ?」
あの後、島田さんとこの牧場に送ってやった奴だ。
皆からはもっぱら、リキッドと呼ばれている。スネークではない。
「ええ。彼……ああ、性別が不明なのでこう呼びます。彼の細胞は実に素晴らしい。比喩でなく、生きた金属です」
「まあ、生きた金属だな」
「虎鮫先輩。この研究が完了した暁には、素晴らしいものをお見せしますよ」
「そりゃあ楽しみだなぁ」
きっとろくでもないものだけど。
「それにしてもスパイ……三羽侘仁学園には恩でも売っておきたいですねぇ。取引くらいはできるかもしれません。まあ、私の管轄ではないんですが」
「前、戦ったことあるわ。右腕折られたけど」
「虎鮫先輩はここのところ、よく事件に巻き込まれますからね。次にあったら、ついでに売って来てもらいたいのですが」
「できる状況ならやろうか」
「お願いします。ああ、お礼と言ってはなんですが、これを」
手渡されたのは、ペンライト?
「何これ?」
「偶然完成した、急速回復装置です。特殊な放射線を当てた対象を回復させます。一回しか使えませんが、小さな生物なら欠損も再生するでしょう」
「へぇ、凄い。ありがたく貰っとくよ」
いざとなったら使うか。
「じゃあ、俺はこの辺で」
「ええ。またのお越しをお待ちしてますよ」
俺は嶺緒に見送られ、地下施設を後にした。
◇
学校が終わった後、俺は家に帰り、自分の部屋にいた。
「……」
そして、机の上に置かれた、ボトルアクアリウムを眺める。
中には、1匹のミナミヌマエビ。名前は『ダオラン』。
かれこれ、5年以上は生きてるエビで、俺はこいつのことを妖怪か何かなのではないかと思っている。
「ん? ダオラン、腕が取れてるぞ?」
ダオランの右手のハサミが無かった。
どうやら、脱皮の時に一緒に取れてしまったらしい。
「お前も歳かぁ? ……そういえば」
俺は、ポケットから急速回復装置を取り出した。
1回しか使えないのはもったいないが、別に俺は使わないのでいいや。
「ここを押して……? おお、光が出て……!!!」
光が出る方をダオランに向け、スイッチを入れた。
すると、照射された光が当たったダオランの右手が、みるみるうちに再生した!!!
「フォー!!! こいつは凄え!!! まるで秘宝みてぇだ!!!」
流石はSFじみたオーバーテクノロジー。
その効果は常識をはるかに超えるものだった。
「良かったなぁ~、ダオラン」
ダオランは、ボトルの中で元気に泳ぎ回っている。
「うぉっほほ~……」
『虎鮫よ、聞こえるか。魔怪獣が出現する! 急いで外へ出ろ!』
「うぇ!? 本間博士」
嬉しくて小躍りしていると、机の上に置いてある通信機から、本間博士に呼ばれた。
どうやら魔怪獣が出るらしい。行かなくては。
「よっしダオラン、俺は行ってくるからなぁぁぁぁああああ!?」
ボトルアクアリウムを見た俺は、目玉が飛び出すのではないかというほどに驚愕した。
「な、何だぁっ!? ダオランが大きくなっている!!!」
無音で大きくなっていくダオラン。
慌ててボトルを手に取るが、そのボトルはもう何かガタガタ震えている。
「どっ、どっ、どうしたらよし外に出よう」
急いで靴を履き、部屋の窓から外に出る。
俺の部屋にある窓の外には、屋根がついているので、出ても大丈夫なのだ。
外では、ちょうど魔怪獣が出現したところだった。翼の生えた、ウツボのようなスタイルで、空を飛んでいる。
その間にも、ダオランはどんどん大きくなっていく。
「あっ!?」
ついにビンに罅が入り、中の水が漏れ……粉々に砕け散った。
なおもダオランの巨大化は止まらず、俺の手の中で元気にビチビチと跳ねている。
「ま、まだ大きくなるのかぁ~!? あっ、ダオラァン!? どこに行く~!?」
ダオランが、俺の手の中から天高く飛び跳ねた。
それは、あの翼の生えたウツボのような魔怪獣の方向だった。
「何!?」
ジャンプの高度が限界に達した時、ダオランが今までとは違う、超スピードでの巨大化をとげた。
均整の取れた、左右対称の巨躯。
ミナミヌマエビらしい、透き通った身体は、向こうの景色が見えるほど。
巨大なハサミは最早、水草だけではなく、敵の命すらも刈り取ることだろう。
『キュゥゥゥゥイッッッ!!!』
完全なる進化をとげたダオランが、今、魔怪獣へ立ち向かう……!!!
……ああ、ミナミヌマエビは生きた生物は襲わないんだ。そんなエビのダオランが、どうやって戦うんだぁ!?
【ダオラン】体型:エビ 身長:50メートル 分類:節足動物
・虎鮫の飼っているミナミヌマエビ。
急速回復装置から発生する特殊な放射線を浴び、巨大化した。小さくなったり大きくなったりできるようになった。
これといった特殊能力は無いが、とにかくタフで力強い。また、頭もよく堅実な戦いをする。
元がミナミヌマエビとは思えない、どのような状況でも対応できるオールラウンダー。
『お、俺のアクアリウムボトルが……』
『……ドンマイ』
【スカイ・ギャング】体型:魚・飛行 身長:60メートル 分類:魚類
・海のギャングであるウツボが空に進出した存在。
竜種であるワームの血を、わずかであるが引いているとされ、戦闘力自体は脅威。
一部を除いた甲殻類系魔獣の天敵で、よく水辺に現れては捕食している姿が目撃されている。
『獲ったどー!!』
『てててんてーんてんてん』
2023/2/5
・【渚凪】を【天海逆鬼】に変更しました。




