第40話 ロボット戦その後(政府のパイロット視点)
「ん……こ、ここは……」
シャークウェポンに敗れたロボット、『アーマード・サムライ‐001(通称AS1)』のパイロットである法安律は、見知った部屋で目覚めた。
ロボット操縦の訓練の際、パイロットスーツを着用していたとしても多大なGや衝撃がかかることで、幾度となくお世話になった病室である。
その傍らには、白衣をまとった大柄な初老の男性が、椅子に腰かけていた。
「目が覚めたかね」
「貴方は……狭間博士……痛っ!」
白衣の上からも分かる程に筋骨隆々なこの博士は、AS1の製作者である狭間寄光だった。
試作品とはいえ、全身全霊をかけて作り上げたAS1が大破したことを聞きつけ、この病室にやってきたのだ。
「無理しなくていい、寝ていなさい」
「は、はい……それで、狭間博士はどうしてここに?」
「うむ。君の見舞いついでに、あのシャークウェポンと戦った感想を聞きたくてなぁ」
狭間博士の目には、隠しきれない好奇の色が浮かんでいた。
「そう言っておいて、感想の方が欲しいのでは?」
「はは、バレてしまったか……いや、君を心配していないのではなくね、AS1の安全性を信じてるのだよ。それにさっきまでは他の――」
「いえ、分かりましたから」
「……すまないね、性分なんだ」
周りからはおおむね人格者として評される狭間博士だが、科学者の例にもれず、好奇心を優先してしまうきらいはあった。
しかし、本人もそれは分かっているようで、反省はしていた。
「それで、あの鮫型ロボット……シャークウェポンと戦った感想ですが」
「うん、うん」
「結論から言いますと、『強い』ですかね」
「ふむ。普段の君からすると、その」
「陳腐であると」
「まあ……」
ばつの悪そうに苦笑する狭間博士だが、律に気にした様子は無かった。
「そ、それで、どうしてそう思ったのかね?」
「はい。まず操縦技術からして違うと感じました。そもそも2人いましたし、機体性能が違うと言われればそれまでですが」
「なるほど、確かに踏んできた場数も、機体の大きさも違う。では、どこが違うと感じたのかね? 君はパイロットとして、非常に厳しい訓練を積んでいるが」
「そうですね……まず、80メートルのAS1を、50メートルの機体で圧倒していたことですね。50メートル級とはいえ、あれほど重厚なロボットが曲芸じみた動きをするなどとは、未だに信じられません」
「ほうほう! なるほどね、軽業か」
カリカリとメモを取る狭間博士。
「他には?」
「剣を振るった直後に、ショットガンを撃たれたことです。あれは、投げ捨てた銃のある所まで誘導されていました。戦闘中にそんなことができるのは、私を含め、パイロットや候補生の中にもいないでしょう」
「そうかね?」
「ええ。実戦経験の違いを思い知らされましたよ」
大きく頷きながら、狭間博士は真剣に律の話を聞いていた。
「最後ですが……何と言ったらいいでしょうか。恐らく、『殺意』でしょうか。あのロボットからは、それがにじみ出ているようでした」
「殺意? 殺気ではなく?」
「はい。何と言うか、私が死のうがお構いなし。そのように感じました」
「なるほど……本間の奴だ。在野で燻っている者を引き入れたのだろうな」
「それですが、2人のパイロットは、恐らくまだ高校生くらいのようでした」
「何だって!?」
話を聞いた狭間博士の驚愕も、仕方のないことである。
ロボットでの戦闘というのは、衝撃やGにより、身体に多大な負担がかかるものだ。例えそれが、専用のパイロットスーツを着込んでいたとしても。
律はまだ若いものの、成熟した大人だし、専用の訓練も積んでいる。
その他のパイロットや候補生達も、身体的に成長しきっている者ばかりだ。
狭間博士は一瞬、身体に負担がかからないロボットなのかと思ったが、すぐにその考えを振り払った。
何故なら、自分の知る本間餓智蔵という男は、人類の存続させるためならば、どんな犠牲を出してもいいと考える狂人だ。
そんな男の作り上げたマシンが、人体への負担を考えている訳がない。
『パイロットの負担よりも性能』。本間と狭間が袂を分かつ原因の1つだった。
「狭間博士、どうかしましたか?」
「ん? ああ、すまない。本間のことを考えてね……」
「あの超危険人物と名高い……」
本間という男は、その道では有名である。
いくつもの巨大企業とコネクションを持ち、それらの出資で多数の巨大兵器を製造した。
そして今や、対異世界の第一人者だ。政府もおいそれと手が出せない。
今回の戦闘は、この本間という危険人物が力を持ちすぎるのではないかと危惧した、一部の政治家の暴走が原因だった。
政府側のAS1が手も足も出なかったことで、その危機感は更に増したのだが……今のところは特に関係の無い話である。
「ま、まあそれは置いておこう。ああ、1つ聞きたいのだが、何故あんなことを? 普段の律君はあのような言動をするような性格じゃないはずだが……」
「あのような言動……ああ、2人に向けての」
「そうだ」
「あれは……5割くらいは演技です」
「何だって? いや、そうか……」
狭間博士は驚きと納得が半分だった。
しかし、演技なのには納得したが、何故、わざわざそんな危険を冒したのかが分からなかった。
律は、話を続ける。
「戦いたいと思っていた時、ちょうど出動命令が出されたので、全責任はお上に被ってもらおうかと。」
「そうだったのか。まあ、君に責任は無かったことになったし、思惑通りになったようだ」
「ですが……」
「?」
少し複雑な表情を浮かべる律。
「流石に捕虜を弄ぶように殺していたのは看過できず、喧嘩腰になってしまいました。その件については、後で謝罪文でも送ることができたら、と」
「……ああ、捕虜への残虐行為も、映像を見たよ。しかし、本間の奴は随分と凶悪な人材を手に入れたようだ。謝罪については準備しておこう」
狭間博士は、映像を思い出す。
手や指の隙間に捕らえた兵士を、1人ずつ潰していく光景を。その兵士達を投げ、一気に叩き潰す光景を。
その後に、赤黒く染まった掌を見せつけ、悪辣に嗤う少女の声を。
一緒に見ていた者の中には、気分が悪くなったり、吐き出す者もいた。
基本的に善人でお人好しが多い彼らには、到底許容できない行いだった。
「どうやら、我々はより一層頑張らねばならないようだ」
「そうですね……できれば、本間博士陣営と連携を取りたいものですが……私が喧嘩売っちゃいましたし」
「まあ、そこは問題ない。本間の奴も、謝罪後もほじくり返すような性格ではない……憎悪する対象には恐ろしく執念深いがな」
「え、本当に大丈夫ですか!?」
「勿論、旧友だからな」
「それ、答えになってませんよ……」
『巨大怪獣及び異世界対策本部』それは、各所から集められた曲者揃いの集団。
彼らは、日々異世界への対策を練っており、アーマード・サムライ‐001という傑作を生みだした。
これからも、彼らは頑張っていくだろう。
【法安律】
・80メートル級巨大ロボット『アーマード・サムライ‐001』のパイロットで、専門の教育を受けたエリート。『巨大怪獣及び異世界対策本部』のメンバーでもある。
正義感は強いものの、時には命令をわざと曲解して全責任を上に押し付ける狡猾さを持つ。
捕虜を虐殺して遊んでいたアルルカンに怒り、喧嘩腰ともいえる態度を取った。その理由は、流石に抵抗手段を奪われた人間が一方的に殺されるのを見ていられなかったという至極当然の理由である。
虎鮫とアルルカンは、律からの謝罪はすでに受け取っている。
【狭間寄光】
・『アーマード・サムライ‐001』の製作者である科学者。『巨大怪獣及び異世界対策本部』の研究主任でもある。
筋骨隆々の肉体を持っており、背も210センチというかなりの大柄。
本間餓智蔵とは旧友であり、ライバル関係でもある。(彼がシャークウェポンのパイロットである虎鮫とアルルカンを知らなかったのは、本間が狭間に対して徹底的に隠したから)
温和な性格のせいで、熾烈な本間とはそりが合わなかったものの、お互いには認め合っていた。
《《とあるきっかけ》》で異世界が攻めてくると分かると、2人は『共存・和平』、『殲滅・全滅』という考え方の違いから袂を分かつ。
【アーマード・サムライ‐001】
狭間寄光が、『巨大怪獣及び異世界対策本部』や政府の協力のもと作り出したロボット。全長は80メートル。
試作品でありながら、頑丈な装甲と操縦のしやすさによって、改良の後に量産が希望されている。
銃火器などの遠距離攻撃の手段はなく、巨大な刀が武器である。しかし、馬力が強く巨体も相まって、大体の相手にはゴリ押しで勝てる。
動力は、狭間博士の開発した半永久超電気エンジン『ライトニング・ドライブ』。出力は高いが不安定で、今後の改良が見込まれる。




