第25話 サメ男VSサメ殴り男
プロレス描写は全て私の妄想です。「そこでその技出すのは無いだろ」みたいなことがあっても、全て私の妄想だからです。
「ごっ……!?」
殴打男のラリアットは、あまりの体格差すら無視して、俺の顔面に突き刺さった。
俺はロープまで飛ばされ、地面に転がった。
チカチカと点滅する視界でリングの外を見ると、目の前にアルルカンがいた。
「アンタ! シャキッとしなさい!!! 1000万を勝ち取るまではタオルは投げないわよ!!!」
「それボクシング……」
「いいから! 聞きなさい」
「けど、殴打男が」
「見なさいな、殴打男も止めてないわ」
殴打男を見ると、腕を組んで仁王立ちしている。
この内緒話を止める気配は無かった。
「それほどの実力差なのよ……でも、アンタは今のラリアットでも怪我らしい怪我もしてないし、意識もあるわ。見たところ、アイツが手加減したって訳でもなさそうなのに」
「ん、確かに……でも、鼻が折れそうな衝撃だったけど」
「いや、全く怪我してないわよ。サメになった影響じゃない?」
「それ便利だな……あ、痛みも引いてきた」
「なら、その力を使って、ガンガン攻めちゃいなさい。アンタ、力も強くなってたでしょ? 技とかはいいから、とにかく当てることだけを考えるのよ」
「なるほどなぁ」
しかし、相手はプロレスラー。殴られ慣れてることだろう。俺程度でダメージを与えられるのだろうか。
「別に、馬鹿正直に素手でやりあう必要も義理もないでしょ。後で何か取って来てあげるわ」
「それまでは耐えろってことか……」
そうすると、何かナイフでも……あ、いいことを思いついた。
「ありがとう。1000万ドル、取って来るわ」
「その意気よ!!! 何かあったら呼びなさい。アタシは残りの100万ドルを獲ってくるわ」
アルルカンに礼を言った後、俺は立ち上がった。
向き直ると、殴打男はまだ、余裕の仁王立ちをしていた。
「話は済んだのだ?」
「一応?」
「そうか……なら、もう一度受けてみるのだ!!!」
流石、殴打男というからには、打撃を主体として戦うつもりらしい。
再び、ラリアットを繰り出してきた。
「うおおおお……!」
「ぬ!?」
俺はラリアットを掻い潜り、下半身に狙いを定めた。
轟音で迫りくる腕を避けられた理由は、単純に体格差である。俺の身長があと10センチくらい高ければ、間に合わなかっただろう。
「らぁっ!!!」
「ぐおぉっ!?」
ラリアットを避けた勢いのまま、腹にドロップキックを繰り出す。これも、身長差がなせる技だった。
殴打男のスピードと体重、俺のサメとしてのパワーが合わさり、破壊的な威力に繋がったようで、嫌な鈍い音がした。
「ぬぅぅぅぅ、流石はサメなのだ」
「立てるのか……」
蹴られた部分は、すでに内出血で紫色に変色している。
常人なら痛みに悶えるだろう怪我だが、流石プロレスラー。ピンピンしているようだ。
「ならこれはどうなのだ!?」
「速! 痛……ってこの技は!?」
その巨体からは想像が難しい速度で、殴打男が俺に張り手を当て、抱きかかえるように背中へ手を回した。
そしてそのまま、締め上げる。間違いなく、ベアハッグだ。
苦しい……が、骨への痛みはあまりない。どういうことだ? しかし――
「お、折れそう……だけど、好都合!!!」
「何……うおああぁぁぁぁ!?」
俺は、殴打男の左肩に噛みついた。
そう、俺の歯はいつからかサメと同じ、ギザ歯になっていた。筋張った肉でも、霜降り肉レベルで引き裂けるこの歯ならば、殴打男の太い首ですら一たまりもないだろう。
ついでに、マスクも掴んで引き剥がしてやる。いや、本当に引き剥がそうとは思っていない。形状的に掴みやすかっただけだ。
そして、そのまま頭を振る。
イタチザメは、その特徴的な歯の形状により、噛んだ後に振ることで獲物の肉を削ぎ落とすのだ。
虎鮫と名付けられた俺に、ピッタリの技だろう。人間の技じゃねぇ……
「うぐぐぐぐ……」
「お、おおおお……!!!」
殴打男が力を込める程、俺の咬合力と振る力も上がる。グチャグチャと、肉が削げる音がする。
あ、ガリって音した。これは、歯が骨まで達した音だ。
「うあおおおお!?」
「どわっ!?」
流石に骨を齧られるなんて経験は無かったのか、殴打男は手を放し、我武者羅に俺を振り払う。
運良く、俺にとっては運悪く、太い腕が顔面を強打し、俺は吹っ飛ばされた。さらにその衝撃で、深く食い込んでいた歯のほとんどが折れてしまった。
その証拠に、殴打男の首付近には、白い歯が刺さったままなのが見える。痛そう。
「ぶへ……ほっひほひへえ……」
歯が抜けたせいで、上手く喋れない。
まあ、サメなのですぐに生えてくる……のだが、そんなすぐには生えない。
俺は立ち上がろうとするが……
「ウェッ!?」
「ぬううううぅぅぅぅ!!! シャーク・デスロック!!!」
「わああああ!?」
殴打男が俺の足を掴み、引っ張るように極めた。
恐らくこれはスコーピオン・デスロック……の変形技だろう。
ベアハッグの比ではない程、滅茶苦茶痛い。下半身が引きちぎれそうだ。
「丁度ピンチみたいね」
「あうええ」
「これ持ってきてあげたから使いなさい」
何とかやられないように耐えていた時、アルルカンがやってきた。返り血らしきものがついているので、何人か狩ってきたのだろう。
そして、差し出されたのは、消化器だった。凶器……
「あいあお……ふんっ!!!」
「ぐおおっ!?」
消化器のホースを掴み、振り回す。
遠心力もあってかなりの速度に達した消化器は、殴打男の頭にヒットした。
その衝撃で、殴打男は技を解いた。
殴打男なんて名前なのに、殴打に弱いのか……
「だが関係無ぇ!!!」
「ぐああああっ!!!」
俺は、消化器で何度も殴打男の頭を殴打した。
マスクが硬いのか、金属同士がぶつかるような音が響く。
「やるじゃないの! そのままやっちゃえー!」
「流石、虎鮫先輩だ!!! いよっ! 残虐超人!!!」
俺、残虐超人だったのか……ていうか、それ褒め言葉か?
いや、まあ、このファイトスタイルは正義でも完璧でもないな。悪魔は……微妙か? 消去法で残虐だな。
先輩の残虐ファイトを見て楽しむ熱血系主人公ってヤバいな……止めるくらいしろよ。
いや、敵には容赦しないタイプなのか? どうなんだろ。
「ぐぐ……おおぉぉ!!!」
「うわっと!?」
消火器で殴られていた殴打男が、一瞬の隙をついて俺の腹に一撃を入れた。
前かがみになった俺の各所に、殴打男の手足が絡みつく。まるで、タコに絡みつかれたようなこの技は――
「ま、卍固めぇ!? あの体格差で!?」
「殴打男は、プロレスラー時代の得意技を無意識に繰り出したんだ!」
体格差のせいで、随分と不格好な卍になっていることだろう。
その上、俺にダメージは無い。
「何か、あんまり苦しくなさそうね」
「そうか! サメは軟骨魚類、関節技が効きにくいんだ!!!」
なるほど。サメは軟骨魚類だった。サメになる前から割と自信のあった俺の柔軟性が強化されたのだろう。
ならば、抜け出すのは容易だ。俺は、生えてきた歯で、殴打男の右手に噛みついた。
「ぬわああああ!?」
「ヒレレ~!!! 殴打男なんて名前のくせに、関節技に頼ったのが仇となったなぁ〜っ!!!」
「このまま喰い殺してやるぜぇ~!!!」
今の台詞、殴打男の悲鳴以外は、アルルカンとキズナである。人を勝手に超人にしないでくれ。
しかし、殴打男から抜け出すことはできた。何かフラフラしているので、限界は近いのかもしれない。耐久力は見た目ほどではないのか?
まあ、どうでもいい。
左肩には骨食い込んだ歯。右手にも大怪我を負い、折れた歯が刺さっている。
これでは、碌な技は出せまい。
「ぐ、うおぉぉ……」
「死ねぇぇぇぇ!!!」
俺は、殴打男の頭へと消火器を振りかぶった。
ホースを掴めば、リーチも威力も十分!
「ちょ、バカ!!!」
「避けろ先輩!!!」
「あ……?」
――しかし、俺は殴打男の右手が動き出したことに気づかなかった。
「鮫殺!!! S・P・C~っ!!!」
「え――」
俺の消火器と、殴打男のチョップがお互いの頭部に激突したのは同時だった。
殴打男のチョップが、俺の額を割る。
それと同時に、右手に付着していた歯が砕け、顔までをもズタズタに引き裂いた。
「〜〜ッッッ!?」
硬いマスクとの衝突で消火器が破裂し、中の消火剤が飛び出す。
だが、身に降りかかる冷たい薬剤ですら、この痛みを和らげることはできなかった。
俺は、顔を押さえながらのたうち回る。
「ッ! ッ!!」
「ぐ、ぐごおおおお……」
「これは……だ、ダブルノックアウト!?」
「どっちも戦える状態じゃねぇぜ。試合は中止だ! ゴング鳴らしてくれ!」
カーンと、どこかで鳴った。しかし、今の俺にどこで鳴ったかなんて気にする余裕はない。
「アンタ! しっかりなさい!」
「アル先輩、包帯か何か持ってねぇか!?」
「これを使え」
「ッ! アンタは、ステイン……」
「何だっていい! 使わせてもらう!」
俺の頭や顔に、包帯らしきものが巻かれる。
ガーゼとか、消毒液とか無いのか。
「う、うう……痛ぇ……」
「殴打男のS・P・Cを受けて意識を保つか……イカれたタフネスと言わざるを得んな」
こうやって無様に呻いているのは、彼らの視点ではイカれているらしい……
回らない頭でそんなことを考えていると、包帯を巻かれる。すると、何故か痛みが引いてきた。一体、何だというんだ。
「ぬうううう……はっ、勝負は!?」
「殴打男。引き分けさ」
「何!? 凶器ありとはいえ、引き分けなのだ!?」
「マグレでしょ……」
殴打男が本調子じゃなかったといっても信じられる。
常識的に考えて、500戦やって無敗のチャンピオンが、ちょっと強化された貧弱な男子高校生にやられる訳ないだろう。
「正直なところ……いや、言い訳はしないのだ。我輩の驕りと実力不足の結果なのだ」
「殴打男、そろそろ行け。場所はまた整えてやる」
「ステイン。我輩を逃してもいいのだ?」
「構わない。俺にも考えがあってね……」
「なら、ここは一旦引かせてもらうのだ。勝負は預けておくのだ。虎鮫よ」
「え? は、はい?」
「次会った時が、どちらが勝つにせよ最期の時なのだ。楽しみにしておけなのだ」
「ああ……?」
殴打男はポージングを決めると、その場から消え去った。
超能力者なのか……? 確かに、リングを出していたしな。
「……俺が戦う必要あったんですかね」
「勿論あったさ」
「どんな意味が?」
「いずれ効いてくる、とだけ言っておこうか。絶対にな」
正直、意味深なだけにしか聞こえない。何かの伏線だろうか。
「報酬の件だが……引き分けということで、500万ドルということにしておいてくれ」
「俺はいいですけど……2人は?」
「……まあ、納得しといてあげるわ」
「オレは何もしてねぇ。オレの500万は先輩方で山分けにいといてくれ!」
「いいのか?」
「おう!」
「いい後輩は持つものね」
「お前なぁ……」
こいつこんな金にがめつかったっけ?
何かと入用なのだろうか。
「ありがとう、君達。それと、重ね重ね申し訳ないのだが……アレをどうにかしてくれると嬉しい」
ステインさんが窓の外を指すと、ロサンゼルスの町並みに、次々と魔怪獣が出現している真っ最中だった。
その数、100は超えている。
「多くね?」
「暴れ甲斐があっていいじゃない」
「ロサンゼルスを守らねぇと!」
いきなり飛来したシャークウェポンが、数体の魔怪獣をまとめて薙ぎ払った。さらに、シャークウェポンに引っ付いていたアンドロマリウスも、槍で魔怪獣を仕留めていた。
そんな機体達だったが、まるで照らし合わせたかのように、ちょうど俺達のいる階にコックピットがきた。
「病み上がりですらないのか……ミスったらごめん」
「その時はどうしてやろうかしら。でも、今日は味方も多いみたいだし」
「もしもの時はフォローするし、安心して戦ってくれ!」
俺達は、各々の機体に乗り込んだ。
【殴打男】身長230センチ 体重200キロ
・元プロレスラーだったが、あまりにも強すぎたために、他生物との戦いに明け暮れることとなった。その行きついた果てがサメである。
虎鮫との戦いでは、人型のサメと戦った経験が無く、実力などを測りかねていたために、痛み分けになった。実は、人間とのプロレスは久々だったことも災いした。
本来なら、虎鮫が勝てる相手ではない。ステインでさえ遠距離から銃撃、凶器などの使用でやっと勝負になるかどうかというレベル。
使用した技(勿論、これ以外に多くの技がある)
・S・P・C
・ラリアット
この2つの技は、リング上でサメを殴るために使用される。
・ベアハッグ
・シャーク・デスロック
ベアハッグは口が上を向き、デスロックは尻尾の方を極めるため、サメに噛まれる心配の無い技。




