三題噺㉒師匠の秘密
私は、とある武術家を師匠と仰ぎ、その師のもとで武術を学んでいる。
師匠は主に足技が得意だ。特に飛び蹴りの威力はすざましく、その技で幾人もの強者を倒してきている。師匠は山奥で生活しており、表の世界では姿を見せない。格闘の大会などにも出場することも無いため、無名のままではあるが、人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもの。師匠に負けた者の口から噂は広まっていき、ついには格闘家の中で最強の一角なのではないかとさえ言われるようになった。かくいう私もその噂を聞いた格闘家の一人だ。あまりいい成績を残せていないことに焦り、藁にも縋る思いで師匠を探し始めた。数年かけて出会い、その後数か月かけて頼み込み、ようやく武術を教わるようになったのだった。
師匠の下を訪れて数年。厳しい修行のもと、私も少しずつ強くなっているのを実感している。だがそれと同時に、師匠の強さもより強く実感した。師匠は私と比べてかなり高齢だが、その動きは未だ俊敏かつ鋭利で、おいというものを感じさせなかった。私は、師匠に追いつけるかという不安に駆られるようになっていった。
そんなある日、妙なことに気が付いた。最近師匠が、私にばれないように夜な夜などこかに出かけている様なのだ。最初はそういったこともあるだろうと気にも留めていなかったが、最近ではほぼ毎日のように出かけている。これはさすがに何かあるぞと思い、ある夜、師匠をつけてみることにした。
夜。人々が寝静まったころ。私は寝たふりをしつつも、師匠が動き出さないか気付けるよう、注意深く耳をそば立たせていた。
しばらくすると、ごそごそと物音が聞こえてくる。おそらく師匠が起きた音だろう。
師匠は一度私のことを確認し、眠っていることを確認したのち、こそこそと部屋を後にした。しばらく眠ったふりを続け、師匠が確実に離れたことを確認したのち、私は起き上がり、師匠の跡を見失わないようについていった。
十分ほど森の中を歩き続け、師匠はとある洞窟に入っていった。その洞窟に見覚えがあった。以前丹珠美つけ入ろうとしたところ師匠に止められ、師匠から立ち入りを禁止されていた場所だ。師匠いわく、いつ崩れてもおかしくない危険なところだからということだった。そんな危険なところになぜ師匠は入って行ったのか?師匠にばれて叱られることよりも、好奇心の方が勝った私は、意を決して洞窟の中に入っていった。
洞窟の中に入ると、中からキィキィという奇妙な音が聞こえてきた。その音に少々ビビりながらも、私は先に進んでいった。洞窟にはところどころ灯りがともされており、迷うことはなかった。崩れかけの洞窟になぜ灯りがとも思ったが、この先にいるである師匠に聞けばわかることだろうと、さらに歩を進めた。
数分ほど狭い通路を歩いたところ、開けた場所へと出た。私はそこで、驚くべきものを目撃した。
闘技場ほどある広い空間。その中央で、師匠がブランコを漕いでいた。
最初、自分の目を疑った。なぜ洞窟の中にブランコがあるのだと。なぜそれに師匠が載っているのかと。だが何度確かめても、見間違えではなかった。洞窟に入った時に聞こえたキィキィという音は、師匠がブランコをこぐ音だったのだ。
しばらく私がその様子を見ていると、師匠がブランコから飛び降りた。かなり勢いがついていたが師匠には関係なかったようで、きれいに着地してのけた。
そして、振り向いた師匠と目が合った。
沈黙が流れた。時間にして数秒ほどだったとは思うが、気まずさからか、感覚的には数時間は時が止まったかのように感じられた。
永遠にも感じる沈黙を破ったのは、師匠だった。
「おぬし、なぜこにおる?」
「それはこちらのセリフです。」
その後、師匠になぜここにいるのか問いただした。師匠はなかなか話したがらなかったが、しぶしぶ理由を話してくれた。
師匠は小さいころから、ブランコが大好きだったのだそうだ。幼少のころはただ面白いから乗っていたようだが、時間が経つにつれてその役割が変わってきた。師匠はブランコに乗っている間が一番落ち着いていられる時間だったそうで、大人になってからも、悩み事や困り事があるときにはブランコに乗っていたそうだ。それが今まで続いているらしい。
ちなみに、師匠の必殺の飛び蹴りも、ブランコから飛び降りる動きから着想を得たのだそうだ。
それなりの年齢の自分が未だにブランコに乗っているというのは、さすがに恥ずかしくて言えなかったようだ。だから、インタビューとかがある表舞台には出てこなかったし、私にも洞窟に近づくのを禁止したのだ。
それならばなぜ、今になってブランコに乗り始めたのか。師匠に聞いてみた。
「お前が洞窟の存在に気付いて、そのうちブランコの存在に気付くのではないかと気が気でなかった。その気持ちを落ち着かせるためにブランコに乗ってたらばれるとは。なんとも因果なものよのう。」
元気なおじいちゃんは、恥ずかしさをごまかすかのようにそう言うのだった。