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26・王子をひっぱたく

ジェラルドたちが私の部屋を訪れたのは、日が暮れかけてからのことだった。


「待っていたのよ。どんな話をしてきたの?」


 ジェラルドもアルヴィンも、なんだか疲れた顔をしている。


「これから話すよ。まずはお茶でも飲もう」


 私たち三人は、侍女がお茶のセットを用意したテーブルを囲んで座った。


 ジェラルドはカップを口にし、一息ついてから、話し合いの様子を報告する。


「王国側が、すべて白状したよ。裏山に薬を混ぜた供物を用意して捕獲し、聖獣たちを閉じ込めていた、とね」

「やっぱりそうだったのね! 本当に、頭にきちゃう」


 私はさくさくと、粉砂糖を振りかけた大きな焼き菓子を食べながら怒った。


「あの子たちがいないせいで、ビスレムに襲われた他の国もあった、って言ってたわよね?」

「ああ。その国にも、ダグラス王国がやったことは、すべて報告する」

「報復として戦争になったって、文句は言えないだけのことを、ダグラス王国はやってしまっていますからね」


 しかめっ面を私に向けて、アルヴィンが説明する。


「過去にダグラス王国も、ビスレムに苦しめられ、王族の多くが亡くなったり、不自由なお身体になったそうです。国王陛下の体調が思わしくなかったのも、当時のお怪我が原因だとか。そしてお世継ぎの王子は、ランドルフ殿下がひとりきり。そこで、なりふり構っていられない、と、聖獣を軟禁する手段をとった、ということでした」

「だからって、他の国に迷惑をかけていいってことにはならないわ」


 私は憮然として言った。


「もっと魔道を勉強して、魔力の高い防御の道具を作るとか。村人たちでも使えるような魔道具をたくさん配るとか。せめてサラたちを捕まえていた間に、大急ぎでそういう努力をして一刻も早く解放するつもりだった、って言うならまだしも、そのつもりも全然なさそうだったし。同情の余地なしよ」


 もっともだ、とジェラルドはうなずいた。


「キャナリーの言うとおりだよ。改善策を講じもせず、なまけ放題だったんだからな」


 そうですよ、とアルヴィンも同意する。


「聖獣を閉じ込めてビスレム避けにするいうのは、一見、簡単で確実な方法ではありましたけれど。卑怯な汚い手を使っていたことがバレれば、他国から敵視され、商売だって成り立たなくなっていきます。結果としては、あまりに愚かです」


 話しているうちに、なんだか私は不安になってきた。


「それで、ダグラス王国はどうなっちゃうの?」

「どうもこうもない。我々の目的は聖獣を見つけることで、それは達成された。賠償金などの問題はあるが、そっちは俺より経済に精通した外交の専門家を、帝国から派遣してもらう」


 うーん、と私は考え込む。


「ビスレムが襲ってきたときも、同じことを思ったんだけれど。これまで魔力で戦うことも、対策もろくに考えないで、さぼってきた王侯貴族の連中は、仕方ないとして。一般の王国民たちはやっぱり気の毒になっちゃうわ」

「そうですね。まあ賠償金の問題にまでは関われませんが」


 アルヴィンが冷静に、淡々とした声で言う。


「たとえば……少なくともビスレムに関しては聖獣にこちらの上空まで、時々飛んでもらうよう頼む、という手もありますね」


 ジェラルドは聞きながら、銀色の髪をかきあげた。


「可能性としては有りだな。国としての取り引きや駆け引きは、俺の一存で簡単に決められないが。王国民の安全面は考慮するよう、伝えておこう」


 どうやら完全に、ダグラス王国を見放すわけではなさそうだ、と知って私は安心した。


(子爵家の召し使いの女の子や、パンやジャムをくれた人たちも、善人そうだったもの。ああいう人たちがビスレムに襲われるなんて、国がどこだろうと悲しすぎるわ)


 そんな私の内心を、わかっているかのようにジェラルドが微笑みかけてくる。


「大丈夫だ、キャナリー。真面目に実直に働く人々が危険にさらされるようなことは極力ないよう、俺も努力する」

「ありがとう。もう充分ジェラルドは努力してきたと思うけれど」

「きみにそう言われると、自信が持てるな」

「だったら、いくらでも言うわよ」

「そうか。それじゃあ、もっと言ってくれ」

「ジェラルドは努力家で、勇敢で、立派な皇子様だと思ってるわ」

「もっと頼む。きみの声は耳に心地いい」

「本当? 嬉しい」


 私もジェラルドに、微笑み返した。

ところで! とアルヴィンが大きな咳払いをして、話を変える。


「小耳にはさんだばかりの話ですが。キャナリーさん、シルヴィの背に乗って、空を飛んだんですって?」


 情報収集が早いわね、と感心しながら、私は認めた。


「ええ。最高だったわよ! なんだか、自分が鳥になったみたいだったわ」

「しかし危険はなかったのか、キャナリー」

「全然ないわよ。シルヴィは風に乗ったみたいに、とてもなめらかな動きだったし。それにね、景色が素晴らしかったの! 私、海を見たのが生まれて初めてで、感動しちゃった!うんと上から見ると、波が銀の魚が跳ねてるみたいにキラキラしているのよ」

「それでキャナリーさん。彼らは、どうするつもりのようですか?」

「どうするって、なにを?」

「今後のことです。つまり、グリフィン帝国の近くの山に、戻ってくるのかどうか。今回のことで人間に、悪い心をもたないでいてくれるといいのですが」


 全然平気、と私は笑って、七つ目の焼き菓子を手に取った。


「私の歌を、とっても気に入ってくれたみたい。だから、私にもグリフィン帝国に来て欲しい、って言ってたわ」


 するとジェラルドの表情が、ぱっと明るいものになる。


「そうか。よかった。ではきみも聖獣たちも、そろって一緒に帝国へ行けるんだな」

「そういうことね」


 これですべて円満解決、という気持ちで、私たちは互いに顔を見合わせ、ティーカップを軽く上げ、乾杯の真似事をしたのだったが。


 そのときまたも、招かれざる客がやってきたことを、小姓が扉の向こうで告げた。


 かつての養親であったマレット子爵夫妻は、これまで何度か私に会いたい、再び縁組のための話し合いをしたいと申し込んできたが、面倒くさいのですべて断っている。


 しかしどうしても、訪問を断れない相手がいた。

 ここはある意味、彼の家の一角であり、客はこちらのほうなのだから仕方ない。

 もちろんその相手とは、ランドルフ王子だ。



「聖獣の件ならば、後ほど国から使節団を寄越す、と言ったはずだが」


 ジェラルドはさっきまでとはまるで違う、厳しい口調と表情で言う。


 ランドルフ王子はここ数日の、ビスレムの襲来で恐怖におびえていたためか、国ぐるみの悪事がバレたためか、目の下にはクマができ、げっそりとやつれたように見える。


「うむ。その件は全面的に、こちらに非がある。父上たちとも話し合い、おそらく我が国は、多くのものを失うだろう。金銭的にも、信用も」


(あら。ちょっとは自分たちのしでかしたことの罪深さを、わかってるじゃない)


 私はそんなことを考えながら、十二個目の焼き菓子を、さくさくと食べていたのだが。


「しかし余がやってきたのは、国のこととは関係がない。キャナリーに、会いにきたのだ」


 はい? と私はかじりかけの焼き菓子を皿に戻し、粉砂糖のついた手を、ぱんぱんとはらった。


「なんですの?」


 座ったまま尋ねる私の前で、ランドルフ王子は片膝をついた。


「余と、結婚してくれ、キャナリー」

「はあ?」


 私はポカンとして、先日ジェラルドにバサバサに切られ、ひどい髪型になっている、お坊ちゃん顔を見る。


「なにを言っている、ランドルフ殿下!」


 ガタッと席を立ったジェラルドを、まあまあとアルヴィンが止めた。


「なぜ止める、アルヴィン!」

「なぜって、受け入れるのも断るのも、キャナリーさんが決めることではないですか」

「……っ、いや、だが俺は」

「キャナリーさんは、誰のものでもないのですよ?」

「そ、そうだが、しかし」


 ランドルフ王子は、ちらりとジェラルドを見たが、再び視線を私に戻す。


「覚えているか、キャナリー。そもそも余は、あの披露会のとき、最初にそなたを所望した」


 私は口をへの字にし、当時のことを思い出して、溜め息をつく。


「そういえば、そうでしたかしら。だけど髪の色がお気に召しただけでしょう? 直後にわたくし、追放されましたし」


「あ、あれは、タイミングが悪かったのだ。地響きなどおきねば、余はそなたを選んでいた!」

「でもおかげで、聖獣が逃げてしまって、悪事もバレてしまいましたわね。これからは、お妃探しどころでは、なくなったのではないですか? ビスレムは今後も、この王国にやってきます。そんなことより、魔道で戦う鍛錬をされなくてはならないでしょう?」

「だからなのだ、キャナリー。余には、そなたの力が必要だ」

「わたくしの力?」


 うむ、とランドルフ王子は、力強くうなずいた。


「そなた、聖女なのであろう? 歌でビスレムどもの動きを、封じたそうではないか」


 言って今度は、ジェラルドをすがるように見る。


「のう、ジェラルド殿下、お願いだ。グリフィン帝国には、聖獣が戻るではないか。であれば、聖女は余にゆずって欲しい」

「なに?」


 ジェラルドの青い瞳が、ギラリと光った。


「もう一度、言ってみられよ」

「なっ、なぜそのように怖い目をする。聖女は別に、ジェラルド殿下のものではなかろう? だったら、余がもらってもいいではないか。聖獣がいるのに、聖女までもって行こうというのは欲張りすぎ……」


 ランドルフ王子がすべて話し終える前に、スパーン! という鋭い音が室内に響いた。

 ジェラルドではない。


 立ち上がった私が、甘ったれ王子のほっぺたを、思い切りひっぱたいたのだ。


「わたくし、勝手にゆずられたり、もらわれたりする、物体ではございません!」

「なっ……そっ、そなた、余になにを」


 バシーン! と今度は反対側から、私はもう一度、ランドルフ王子のほっぺたを張り倒した。


「やっ、やめ、痛いではないか、あっ、ぐっ」


 パンパンパパパン、スパパンパン! と私は往復で右から左から、ランドルフ王子のほっぺたを打ちのめす。


「どう? お怒りになられました?」


 じんじんと痺れる手のひらをぎゅっと握り、私は叫んだ。


「お……おのれ、余に、なんということを」

 ランドルフ王子は、真っ赤に腫らした頬を押さえ、両目も真っ赤にして、涙と鼻血をこぼしていた。


「悔しいですか? けれど前のように投獄しろなどと簡単にはおっしゃれないでしょう?聖女と認められたわたくしと、わたくしに懐いた聖獣、それにわたくしと親しいジェラルドが怖くて。本当に、情けない方でいらっしゃるわね」


 ランドルフ王子は、がくっと両手を床に突いた。

 肩が震え、泣いているのだとわかる。


「でもどうか、ご安心くださいませ」

 私はテーブルから、食べかけだった焼き菓子を手に取った。


「王子殿下が今後、魔道で戦う方法をお勉強され、わたくしに本気で戦いを挑みにいらっしゃったら。そのときは、わたくし自分ひとりの力で、お相手いたします。約束しますわ。もちろん今でもかまいませんけれど。腕力はわたくしのほうが、上のようですわね」


 さくっ、と焼き菓子をひと噛みして飲み込み、私は続ける。


「こんなに美味しいお菓子が、いつでも簡単に山ほど食べられる。ですから王子殿下は、武術も魔道も、必死でお勉強される気にならないのではないかしら。つまり、なにがなんでも敵を倒したい、という念願や、目標がないのではないかと、わたくしは思うのです」


「余の、目標……?」


 ランドルフ王子はのろのろと、鼻血の垂れた顔を上げる。

 ええ、と私は王子の潤んだ目を見てうなずいた。


「わたくしをうんと嫌って、恨んで、憎んでくださいませ。なんとしてでも、いつかわたくしに魔道で復讐する、ぶん殴ると誓って下さい。それを目標に、強くなっていただきたいのです。あなたの王国の、民のために」

「……キャナリー。きみは、すごい人だな」


 感動したようにジェラルドがつぶやき、私はそちらを見て、急に恥ずかしくなってしまった。


「そう? 思ったままを言っただけ。でも本当はもっと、レディにあるまじき言葉づかいで言いたかったけど、我慢したの」


 小声で言うと、ジェラルドはくすっと笑った。


 そしてランドルフ王子は、鼻血を垂らしたまま無言で私を睨むと、

 肩を落として退室していったのだった。


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