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2・私が子爵家令嬢にされてしまったわけ

「キャナリー。わかっているのですよね。わたくしたちが、なぜあなたを養女にしたのか」


 いよいよ王子の前での、披露会の前日。

私は子爵家の館で、衣装やら髪型をととのえるのに、てんやわんやだった。

 深夜、随分と遅くなってから、珍しくふたりそろった子爵夫妻の部屋に呼ばれ、私は延々と説教されている。


「あなたのお歌はお上手だと評判で、すぐに『四音の歌姫』にも選ばれて、ホッとしておりましたけれど。他の歌姫たちとは、喧嘩ばかりしているというではありませんか」


 喧嘩? と私は首を傾げる。


「一方的に、悪口を言われることはあります。でも、飛び蹴りをしたり、ぶん殴り合ったりしたことは、一度もございませんわ」

「当たり前だ!」


 カッ、と眉を上げて、子爵が怒鳴る。


「言い争いのことに決まっているだろう。殴り合う、などという発想が出てくることからして、けしからん。貴族の令嬢が考えることではないぞ」

「でも私が貴族ではないことは、おふたりもよくご存じではないですか」


 私がラミアの家から子爵家に引き取られたのは、別にこちらが希望したことではない。

 なんだかよくわからないが、私のことをどうしても養女にしたい、と子爵家が言ってきたのだ。


そのころ、高齢のラミアは長いこと寝込んでいて、あと数日も生きてはいられないのではないか、という状態だった。

 身体は弱っても、まだはっきりと意識のあったラミアは、子爵家からの私を養女に欲しい、という申し入れを聞き、こう言った。


『この娘が欲しいのかい。そうさのう。最後に、たらふくうまい飯を食って、浴びるようにワインが飲みたいのう。それと、腰が痛くてかなわんから、やわらかい布団が欲しい。その望みが叶うんなら、その娘はくれてやるわい』


性格はともかく、私を育ててくれたラミアは、いわば大恩人だ。

 私はラミアの、人生最後の望みと引き換えに、子爵家の養女になることを了解した。

 ちなみにラミアは、すでに歯はなかったのだが、数日後に亡くなるまでに、シチューとスープをそれぞれ鍋に八杯と、ワインを十七本飲み干した。


 もしかしたら老衰ではなく、食べ過ぎと飲み過ぎが死因ではないかと、ちょっと考えたりもしたものだ。

ともあれ、木のベッドに薄くワラをしいただけの固い寝床ではなく、ふかふかの綿の布団でラミアが永遠の眠りにつけたことは確かだし、それについては子爵家に感謝をしている。


だから私は約束を守らねばと、言葉遣いの修正も、重たくで窮屈で動きにくいドレスでのダンスレッスンも、我慢して必死に学んできた。

 そもそも私は、簡単なものならともかく、貴族レベルの読み書きはできなかったので、半年間の行儀作法の勉強は、地獄のような厳しさだった。


歌はもともと嫌いではない。たまにラミアに頼まれて子守歌を歌ったり、鼻歌を口ずさんでいた程度だったが、王立歌唱団の宮廷楽士にも才能がある、と太鼓判を押されていた。

だからこそ、厳しいとはいえ半年程度の練習期間で、『四音の歌姫』のひとりになれたのだと思う。


「お前が森の中で、あのあやしげな老婆に育てられたことは、もちろん引き取った我々はよくわかっている。しかし、そういう振る舞いは、もう絶対にしてはいかんと言っているのだ」


 口髭をたくわえた、大柄でいかつい顔の子爵は、延々と私をさとす。


「立場の上だけでも、お前はうちの娘なのだぞ。いったい、なんのためにそうしたと思っている」

「あのう。むしろ一度聞きたいと思っていたのです。本当に、いったいなんのために私を引き取ったんですの?」


尋ねると、マレット子爵夫人は、目をきらりと光らせた。


「決まっているではありませんか。王子に見初められろ、とまでは言いません。けれどキャナリー。披露会では必ずや、公爵家か侯爵家、あるいは伯爵家でも、ともかくうちより格上の家の子息の心をとらえ、なんとしてでも嫁入りするのです。それが無理ならば、後宮という手もありますが」


 あっ、そういうことなんだ。と、森育ちで結婚どころか恋にさえまったくうとい私は、ようやく気がつく。

説明を終えた夫人の隣で口髭の子爵が、鼻息荒く話を継いだ。


「うちにもひとり娘がおったのだが、三年前に準男爵などという、身分の低い相手に嫁いでしまった。お前はそれでは困るぞ、キャナリー。もとでがかかっているのだから、その分を取り返してもらわねば、帳尻が合わん」

「あなたの中身は、お行儀がなっていなくてひどいものでしたけれども、マレット家での勉強のおかげで、かなりまともになったはずです。肝心なお歌も上手いのであれば、あとはどの程度の魔力が、お歌に秘められているかなのですよ」


熱心に夫人は言うが、私はひたすら困ってしまう。


「でも私は貴族の出ではないから、遠いご先祖にも王族なんていないと思いますわ。ですから魔力だって、あるわけがないでしょう?」

「いいや、そうとは限らんのだ、キャナリー。お前にはきっと、魔力がある。そう見込んで、わざわざ森から連れてきて、教育を施したのだ」


 その自信がどこからくるのか、私にはまったくわからない。


「王立歌唱団の練習室である『鈴の離宮』では、幾重にも魔力を封じる結界が張られている。そう歌唱団の団長に言われました。歌声は外に漏れぬよう、防音も強化されているようですし。ですから私に限らず、歌にどんな魔力があるかは、披露会まで誰にもわからぬはずです。社交界におられるおふたりは、私より事情を御存じのはずではないですか」


 かつて練習中に、団員のひとりの歌声で魔力が発動してしまい、団員全員が病気になってしまったことがあったらしい。

 さらには、勝手に歌の魔力を商業目的に使ったり、国政に影響をさせないため、

団員は結界の外で歌うことは禁じられている。


披露会では、解放された歌の魔力がもし危険なものだったとしても、王公貴族たちが鑑賞しているため、彼らの魔力ですぐに収拾できるので問題ない、とされていた。


「もちろん、そんなことくらいは、わかっています」


 子爵夫人は、いらだった表情で言う。


「でもなにか少しくらい、自分で感じるものはないのですか? こう、歌っていて身体がびりびりするとか、幻覚が見えるだとか」

「ないです」


 あっさりと私は否定する。


「他の歌姫方も、そのようなことは言っておりません。本当に当日まで、誰の歌声にどのような魔力があるかわからないのが、披露会の醍醐味でもある。と団長からうかがいましたわ」

「他のご令嬢たちは、特段、魔力がなくともよいのだ。もともとが大貴族なのだから、さほど傷がつくこともないだろう。しかし、キャナリー。お前は事情が違うと言ってるだろう」


 子爵はトゲのある声で言い、陰険な目で私を睨む。


「そもそも、お前などをうちが引き取ったのは、下男が薪を売りに来るものから、背中のアザの噂を聞いたからだ。それならば我が家を、盛り立てるきっかけになるのではないかと。もしあれが見当違いだったのなら……」

「はい? 背中?」


 なんのことやらと眉を寄せると、ドン、となぜか夫人が肘で、子爵の脇腹をついた。

 子爵はゴホッと咳払いをして、話を変える。


「と、ともかくお前にはマレット家の格式を上げるという、義務。いや、責任がある。それをよく覚えておけ」


 つまり私は、子爵家がさらに成り上がるために、少しでも身分が高い家へのみつぎ物なのだ、ということは理解した。

 ラミアへの、数日間分の食事と布団代は、随分と高くついてしまったと思うが、仕方ない。


「はい。わかりましたわ、お父様」

「もしもお前の歌に、なんの魔力も発現しないようであれば、マレット家へ泥を塗ったも同然です。そのときは、二度と子爵令嬢などと名乗れない、そう肝に銘じておきなさい」

「はい。わかりましたわ、お母様」


 素直に私は言ったけれど、本音では知ったことではないと思っていた。

 子爵令嬢でいたいと思ったことなど、一度もなかったからだ。


 ♦♦♦


「あーもう、疲れた。早く披露会とやらが終わってくれないかな。私の歌に魔力なんてないってわかったら、さっさと縁を切ってくれるといいんだけれど」


 ようやく自室でひとりきりになると、私はぼふっとベッドに倒れ込む。

 そしてさきほど養父母に言われたことを思い出し、だんだんと憂鬱になってしまった。


(まあ、いくらなんでも、王子様から求婚されるのはありえないとして、後宮なんて絶対にイヤ。それに、若くて世話をしてくれる女ならなんでもいいっていう、上流貴族のおじいさんだっているかもしれないわよね。そうなったら、一生、美味しいものは食べられるんだろうけど。多分、自由はなくなるわ)


私はこの国の堅苦しい貴族の風習だけでなく、料理人や庭師など、平民たちを人とも思わない考え方に、すっかり嫌気がさしていた。

ラミアには飛び蹴りどころか、フライパンでお尻を叩かれたし、少しでも家事の手を抜こうものなら、頭から水をぶっかけられた。


 つまみ食いを見つかって、ロープで足を天井のハリにくくりつけられ、逆さづりにされたこともある。

 それでも人形のようにすました顔で、醜く人を見下す貴族たちよりは、よほどましだと今は思えた。


「あー、駄目だ。悩んだってどうにもならない。こんなときは、食べて忘れよう」


 そう独り言をつぶやいてから手を伸ばし、呼び鈴を鳴らした。


「なにかご用でしょうか、お嬢様」


 すぐに控えの間から入ってきた召し使いに、私はにっこり微笑んで頼む。


「寝る前の、お茶とおやつを持ってきてちょうだい。お茶は濃く甘くしてね。

 それからフルーツの砂糖漬けと、イチゴジャムのパイ。たっぷりクリームも乗せて」

「はいっ!」 


と満面の笑顔で召し使いが退出したのは、いつも私がおやつの半分を分けているからだ。

もちろん、知られたら怒られるが、今のところ子爵夫妻にはバレていない。


「貴族の令嬢になってなにがいいって、食べ物だけよね。でも美味しいと感じることって、大事で素敵なことだと思うの」


窓際近くの壁には、明日の披露会で着る予定の、大きく裾の広がった、豪華なドレスがかかっている。

それは光沢のある薄いオレンジ色をしていて、袖を大きくふくらませた形のもので、金糸の刺繍がびっしりと上半身にも裾にも模様を描いている。


そして生地に合わせたオレンジ色の宝玉が、襟ぐりと胸元にぎっしりと縫い付けられていた。

キラキラふわふわした美しいドレスではあったが、私にとってはなんの興味もなかった。


そんなことより、披露会では美味しい料理が出るのかな。出るのであれば、コルセットできつく身体をしめるのは嫌だな。と思うだけだった。



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