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1 ・キャナリーと不愉快な仲間たち

この作品は文庫、コミカライズ作品と大筋のストーリーは同じですが、違っているところも多いです。少しでもよいものにと大幅に改稿したためですので、ご了承ください。

こちらはWeb版として楽しんでいただければ幸いです。

「ねえ、レイチェル様、御存じ? 最近ようやく、下々の町にもゴミ捨て場が作られたのですって」

「以前はなんでも窓から投げ捨てていましたものねえ。少しは道が綺麗になると、よろしいのですけれど」

「本当に、そうですわね。でもブレンダもエミリーも、お食事中にそんな話、はしたなくてよ」

「ごめんなさい、レイチェル様。だって、つい思い出してしまったんですもの。アレを見ていたら」


美しく着飾って髪を結いあげ、ひとつのテーブルを囲む三人の令嬢の目が、いっせいに同じ方向を見る。


(なんだか見られてる。まあ別にいいけど)


そこにいたのは、同じテーブルについている、キャナリー・マレット。この私だ。


ここは小宮殿の一角にある、白を基調にした、豪華で可愛らしい内装の一室。

朝食のテーブルを囲んでいるのは、レイチェル侯爵令嬢。

エミリーとブレンダの、どちらも伯爵令嬢。そして私の四人。


私、キャナリーも現在は子爵家の養女になっているので、一応は令嬢だが、実は森の中の一軒家の出身だ。

薬草作りの名人の、ラミアという老婆に育てられたが、血は繋がっていないらしい。


ラミアはケチで強欲で、私をこきつかってばかりいたが、なんだかんだ言いながらも私を十五歳まで育ててくれたので、悪人ではなかったと思いたい。

ただし、死ぬほど貧しい暮らしだったため、私はいつもお腹を空かせ、飢えていた。その感覚は、今も変わっていない。


だからつい、出されたものはなんだって食べてしまうのだ。

それが生まれながらの、裕福な貴族の令嬢三人には、奇異なことに見えるらしかった。


「まあ、ご覧になりまして、レイチェル様。キャナリーったら、あの大きなお肉を、全部食べてしまいましたわよ!」

「見ましたわ、それどころかお魚の皮や、飾りの香草まで……あっ、あのおイモを一口で!」

「すごい、わたくしあんなに食べられない……」

「わたくしもよ。小食だから半分も食べれば、もう苦しくなってしまいますわ」

「見ているだけで、めまいがしそう。あんなにぽいぽいお腹に放り込むなんて、本当にまるでゴミ捨て場のよう」

「どうぞ、なんとでもおっしゃって」


無視してもよかったのだが、あまりにうるさくなってきて、つい私は言い返してしまった。


「食べ残すほうが、よほど見苦しいと思いますわ。それに、お料理を作って下さった方にも、失礼ではなくて?」


森のラミアの家では、かなりの野生児だった私だが、言葉使いや行儀作法は半年間、マレット子爵家で徹底的に躾けられている。

だからまどろっこしいと思いながらも、きちんとレディの言葉使いで応戦した。

んまあ、と三人は眉をつり上げる。

それぞれ顔立ちはおとなしそうで、品もよく、可愛らしい。ドレスもリボンも水色やピンクの、淡く優しい色だ。

だからそういう表情をすると、余計に邪悪に見えた。


「料理人に失礼ですって? そのような下々のものに、なぜわたくしたちが気を遣わなくてはならないの?」

「そういえばわたくし、噂を聞きましたわ。キャナリー。あなた、子爵家に来る前には、どこぞの森の中にいたとか」

「本当ですの? いやだ、それではまるで獣のよう。マレット子爵も物好きなことを」

「妖魔か、魔獣の血でも引いていらっしゃるのではないかしら」


ほほほほ、と三人は、華奢な白い手で口元を隠して笑う。


確かに私は、自分の親がどこの誰なのか知らない。


 なぜか私を引き取りたがり、半年前に養親になった子爵夫妻も、親らしいふるまいはまったくしなかった。礼儀作法を叩き込むための、家庭教師をつけただけだ。

 しかしだからといって、言いたい放題言われる筋合いはない。


「人をけなしながらお食事をされるのが、あなたがたの考える礼儀なのかしら」


 私はパンのかけらで皿のソースを綺麗にぬぐい、パクリと食べながら言う。


「こんなに美味しいのに、勿体ないこと。わたくしには、まったく理解できませんわ」


本来、私としては、もともとこの三人に対して、なんの敵対心も悪意もない。

ただ美味しいからパクパクと、喜んで料理を食べているだけなのだ。

 できればひとりでゆっくり味わいたいのだか、そうはいかない。

 私たち四人がここに集っているのは、もちろん理由があった。



 ここダグラス王国には、貴族の令嬢だけで構成された、王立歌唱団がある。

その歌唱団の誰もが目指す頂点が、『四音(シオン)の歌姫』と呼ばれる、精鋭のソロの歌い手、四人のポジションだった。


この『四音の歌姫』に選ばれることのメリットはなんといっても、いい縁談に恵まれることにある。

諸外国の王族などが来訪した場合にも歌を披露するので、他国の貴族や王族に見初められ、縁組をすることもあった。


披露会のときには必ず観客席に、王族や大貴族たちが、どっと集まる。

貴族たちが自分の子息に、あるいは青年貴族が自分自身に、花嫁を選ぶ場でもあったのだ。

 そして私も、その四人のひとりに選ばれてしまっている。


(それだけならまだしも、今年は特別なのよね……)


 今日はその披露会について、曲の順番などを決める打ち合わせのために、集まっているのだが。

 私はその披露会を想像して、溜め息をついた。


(世継ぎの王子様が、お相手を選ぶ機会と重なるなんて、多分何十年に一回なんだろうな。だから三人が殺気立つのも、わからなくはないんだけど。それが私の初めての披露会に重なるなんて、迷惑な話というか、運が悪いというか)


 私は『四音の歌姫』のひとりに選ばれてからというもの、三人にずっと陰口をささやかれ、目の前にいても暴言を吐かれ、いびり続けられてきた。

私の身分が低いので、いじめやすかったのだろう。


 しかし育て親のラミアのほうが、令嬢たちより五千倍は口が悪かったので、なにを言われようが、めげることはない。

レイチェルたちはもう料理には手をつけず、ねちねちとひたすら私をののしっている。


「まあ森出身のゴミ捨て場令嬢に、貴族社会の礼儀が理解できないのは、当然かもしれないですわね。万が一にもキャナリーをランドルフ王子殿下が選んだら、この国はおしまいですわ」

「いくらなんでも王子殿下は、そのように愚かではないと思います。きっと選ばれるのは、レイチェル様でしょう」


ブレンダの言葉に、あら、とレイチェルは、口元に笑みを浮かべる。


「そうとは限りませんことよ。ブレンダもエミリーも、充分に選ばれる可能性がありますわ。こんなに美しいのですもの。今日のお召し物も、本当に素敵。ブレンダの、そのパールのネックレスも素晴らしいわ」


なんというあからさまなお世辞だろう。もう面倒くさいので、口に出すことはしなかったが、私は心の中でそっと毒づいた。


(あら、パールだったの。カエルの卵かと思ったわ)


私の心のつぶやきが聞こえるはずもなく、三人はなおも互いを誉め合う。


「私のパールなんて、たいしたものではありませんわ。エミリーのイヤリングはドレスにも合っていて、本当に素敵ですけれど」


(むしろ、耳からミノムシでもぶら下げたほうがお似合いだと思うけど。でもそれじゃミノムシが可哀想ね)


「いえなんといっても、お美しいのはレイチェル様ですわ。アップにされた栗色の髪の、なんて美しいこと」


(本当に。まるで馬糞を積み上げたみたい)


私が心の中でツッコミ続けている間に、テーブルにはデザートが運ばれてくる。

 ふっくらした桃色に、つやつやとろりとした真っ赤なソースのかかった、ベリーのプディングだ。

そこで私はレイチェルたちのことはどうでもよくなり、目を輝かせてデザート用のスプーンを握った。

 そうして私が、ぺろりと一つ目のプディングを食べ終えても、三人のお世辞大会は、まだ続いている。


「おふたりのようなセンスは大切よ。お歌にもそれは現れますもの」

「そんな、レイチェル様ほどではありませんわ。もちろん、下品な歌には下品な魔力しかないと思いますわ」

「ええ、本当に。歌の精霊もそのような声には、決して力を貸しませんことよ」

「多分レイチェル様のお歌には、素晴らしい魔力がひそんでいると思いますわ。わたくし、それを目の当たりにするのが、とっても楽しみですの」

「エミリーの歌声にだって、きっと可愛らしい魔力がひそんでいてよ」

「よかったわ、わたくしたち。人並みの品性は持ち合わせておりますもの、魔力もきっと品が良くてよ」

「ええ、どこかのゴミ捨て場とは違って」


 ダグラス王国だけでなく、各国の皇族や王族には魔力があり、

 魔道が使えるのだという。王族以外のほとんどの民にその力はないが、貴族の令嬢の歌声には、魔力が秘められていることがあるらしい。

この世界を作り、歌と音楽をつかさどる神でもある、といわれている、女神イズーナ。


 イズーナは女性の美しい歌声を聞くと喜んで、しもべの精霊に命じ力を貸してくれる。というのが、この世界で信じられている神話だった。


 貴族であれば、先祖に王族の血を引く者もひとりやふたりいるだろうし、そのせいで歌声に魔力が潜むこともあるのではないか、と私は思っている。

王族、貴族は少しでも自分の子孫に特別なギフトを与えようと、花嫁には、歌声に魔力を秘めた令嬢を探していた。


(でもお世継ぎの花嫁ってことは、いずれ王妃様になるってことよね。多分、今より監視されて、窮屈で、人にあれこれ言われる生活だと思うわ。この三人は、どうしてそんなものになりたいのかしら)


今は私のことをボロクソに言っているけれど、本当は腹の中では三人とも、互いのことなどこれっぽっちも認めてはいない。

 普段はそれぞれ小姓や侍女に、それぞれの悪口ばかり言っているのを私は知っている。

おそらく本当は、当人たちもそれをわかっているはずだ。


 バチバチと火花を散らしながらも、歯の浮くような言葉で誉め合っているのが、首筋をバリバリとかきむしりたくなるほど気持ち悪い。


(なんて不愉快な仲間たち)


私はげんなりして、なるべくデザートがまずくならないよう、三人を見ないようにした。


(まあいいわ。ここにいるおかげで、こんなに美味しいものばかり食べられるんだから)


私はこちらを見つめる、三人の冷たい視線をものともせず、ふたつ目のぷるぷるした桃色のプディングをスプーンですくい、あーんと口を大きく開いた。


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