3話
「初めまして奥様、わたしは旅をしている者です。今晩だけお邪魔させていただきます」
頭全体が包帯でぐるぐる巻きにされているのでわたしのことが見えているのかはわかりませんが、しっかりと頭を下げました。
そもそもわたしには、この人が女性なのかどうかも判別できません。
母親のもとへ案内してくれたわけですから、この方は女性なんでしょうけど。
布団をかけているのもありますが、なんというか、肉体も、精神も、存在も、華奢だったのです。
今にも灰になって崩れて消えてしまいそうな、そんな儚さが人の形をしていました。
「ようこそいらっしゃいました。ゆっくりしていってくださいませ、旅人さん」
そう言ってくださった奥様の声まで消え入りそうで、まるで虫の息。ちゃんと聞き取れたのは奥様がわたしに気を使って頑張ってくれているからか、それともこの部屋がとても静かだからか。
どちらでもよいでしょう。早速ですが、わたしは思い切って聞いてみることにしました。
「失礼ですが、その包帯はお怪我? それともご病気?」
「ああ……こちらこそ、このような形で申し訳ありません。包帯は怪我です。森の中で不幸があって」
「なるほど不幸。熊に襲われてしまったとか?」
「そのようなものです」
「命を拾いましたね。むしろ幸運です」
熊は人だってむしゃりと食べてしまう、とても大きくて獰猛な生き物で、世界で何千何万と被害者が出ています。多くは森に生息しているので、この辺りにいてもおかしくありません。
わたしも何度も遭遇したことがあります。
これでも旅を続けて長いので、多少の心得もありますから大事には至っていませんが、他人事ではありませんでした。
「母さんが大怪我したのが幸運だって言うのかよ?!」
「こら──」
「いいんです」
突然息子さんが大声を上げたのでびっくりしてしまいました。顔には出しませんが。
注意しようとした奥様の言葉を遮って、わたしは中腰になり息子さんに視線を合わせます。
「確かに怪我をしてしまったことは不幸です。でもそれで死ななかったのは幸運です。命を失った人を正しく弔わなかった場合、どうなるかはご存知ですか?」
「……魔人になるって父さんが」
「その通りです。ちゃんと覚えていて偉いですね」
わたしは微笑んで息子さんの頭を撫でてあげました。
息子さんは複雑そうな表情を浮かべていました。ふふ、可愛いです。
「悪魔と呼ばれる悪い存在が人の体に入り込み、悪さをするようになります。それが魔人です」
自分で言っておいてなんですが「悪さ」とはまた可愛らしい表現だな、と。
具体的に何をするのかって? そんなの決まっているじゃないですか。
──人殺しですよ。