18話
わたしは駆けます。風のように。
わたしは跳ねます。兎のように。
わたしは飛びます。鳥のように。
わたしは滑ります。水黽のように。
わたしは回ります。風車のように。
わたしは踊ります。木枯らしのように。
「捕・ま・え・た」
逃げながらも魔法を放ってくる魔人と追いかけっこを繰り広げ、周囲へ甚大な被害を及ぼしながらもようやく取り押さえました。
ただ魔人を殺すだけならここまでの苦労はなかったんですけど、それは言いっこなしです。
わたしは魔人からの反撃が来る前に両手の魔力を高め、火力を一気に引き上げます。
魔教徒にも見せたように、魔人の全身から一気に発火。みるみる表面が黒く炭化していきます。
「縺、ソ、縺、ョ、縺、後、@、縺、ヲ……み、の、が、し、──」
「おや、わたしが悪魔の言葉に耳を貸すとでも?」
悪魔が命乞いをしているようですが、奥様の命を糧にこの世にやってきたような悪魔にかける慈悲などどこを探してもありません。
ここにきて奥様の魂か記憶から人語でも引っ張り出してきたのでしょうね。
思えば『見逃してください』と、そう仰っていたときにはすでに奥様は魔人と化していたのかもしれません。奥様ほど強い心の持ち主であれば、悪魔を退けるような言葉をわたしに投げかけたのではと、今ならそう思うからです。
そんなこと言われたとしても、わたしには不可能ですが。
「さっさと奥様の魂を解放して、体を明け渡しなさい」
ボッ! と新たに炎が上がり、どんどん火力を上げていきます。
人の焼けるにおいがわたしの鼻腔に潜り込んできます。人によっては吐き気を催すくらい酷いにおいですが、わたしにとっては親の香水よりも嗅いだ香りです。余裕です。
「──っ、──!」
「んー? 聞こえませんよー? わかるように喋ってください」
魔人の喉が焼かれ、呼吸すらまともにできない状態でしょう。
「──」
もがき苦しむ様子を見せていた魔人もやがては事切れ、大人しく静かになりました。
死んだようです。
ほんの僅か、存在が希薄になり、捕らえた指の隙間から〝何か〟がすり抜けていくような、そんな感覚を覚えながら、すり抜けていった〝何か〟がそこにあるような気がして、真っ暗な空を見上げます。
空では、分厚い雨雲が世界を抱擁しようとしていたのでした。




