14話
魔人の顔がこちらを捉えたとき、息子さんの体はびくりと震え、固まりました。
そうです、それでいいのです。
「よく見てください。あれが君のお母様に見えるのですか?」
少なくとも、わたしの目にはもう魔人にしか見えません。息子さんの瞳の奥には、奥様の素顔が焼き付いているのでしょうけど。
苦しそうにしている息子さんを降ろしてあげて、両肩を掴みます。
「わたしに任せてください」
「……助けられるの?」
「それは不可能です。でも奥様の願いを叶えてあげることはできます」
「それって──」
言いかけた息子さんを脇に抱き抱え、わたしは大きく後ろへと跳躍。その瞬間、わたしが立っていた地面が左右に引き裂かれました。
大地を分つとは、とんでもない力ですね。これがあの悪魔の持つ魔法ですか。厄介そうです。
「さあ行って。落ち着くまで戻っては駄目ですよ」
息子さんは奥様とわたしを交互に見て、苦しげに、悲しげに、背を向けて走り出しました。
そうです。辛い選択ですが、それでいいのです。
「さて……行きますよ、魔人!」
もはやあれは奥様ではありません。そのことを強く認識するためにも、わたしは魔人と呼びかけました。
わたしの声が届いたのか、不吉な風がわたしの肌を撫でつけて、直感のままに前へ跳躍。
またしても地面が引き裂かれ、地獄への口が開かれます。
「ちょっと苦手なんですけど、やるしかありませんか」
足裏に意識を集中させて空気中にある魔力を捉え、宙を駆けます。魔力板がやってくれていたことを自分の足裏で再現すれば、空を駆けることは可能です。
かなり難しいから魔力板なんてものがあるわけですが、崩れた家の下敷きになってしまいましたから。わたしの荷物も一緒に。
そのまま背後から攻撃しようと回り込む軌道を描いて宙を駆け──
「おや? おやおやおや。参りましたね」
理屈はわかりませんが魔人は正確にわたしの位置を捉え始めました。目も見えず、足音も聞こえないはずですが顔はこちらを向いています。
二つの伽藍堂になった闇が、わたしを見つめて離しません。
これは短期決戦ですね。
ふたつに分つようなあの魔法に捕まったら最期、旦那様のようになるか、それ以上にバラバラにされることでしょう。
その前に仕留めます。
わたしは空中で魔力を蹴って一気に接近して、魔人の頭を鷲掴みにして地面に叩きつけました。
と思ったのですが、叩きつける地面がありませんでした。
「っと? これは……やられましたね」
叩きつける直前、足元の地面がぱっくりと裂けたのです。
わたしと魔人は地面に空いた口に飲み込まれてしまいました。




