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嘘つきと引きこもり

作者: トゥトゥ

「釘本!頼みたいことがあるから、放課後に職員室まで来てくれ!」


 昼休み、友人と昼食をとっている俺の下に担任である安田先生が来ると、唐突にそんなことを言う。


「えぇ!?俺なんかしました!?」

「頼み事だって言ってるだろ。それとも、何か心当たりがあるのか?」

「いや、無いです!」


 あらぬ疑いでもかけられたかと思った俺は、弁明から入るがどうやらそうではなかったようで。

 安田先生は、じゃあちゃんと来いよとだけ言って去っていく。


「くぎもとくーん、何かやらかしたのかな?」

「うるせぇ、特に心当たりがねぇから驚いてるんだよ」


 放課後、呼び出された通り職員室に向かうと安田先生からプリントの束を渡される。


「何ですか、これ?」

「釘本、お前確か一ノ瀬とは幼馴染だったよな?それを家まで行って届けてくれよ」

「いや、幼馴染って言っても、ここ数年間はまともに話してないですよ?」

「でも、全く知らない人間が行くよりは安心できるだろ?それに家も近いみたいじゃないか。帰り道に寄って行ってくれればいいからさ。頼むよ」

「……届けるのは別にいいですけど。そもそも何で一ノ瀬さんは休んでるんですか?」

「いやぁ、それが先生にもよくわかんないんだよな。とりあえず、いじめとかじゃないみたいなんだが」

「そう、ですか。それじゃ、失礼します」

「頼むぞ~」


 伊織の家に向かう途中、俺は幼馴染である一ノ瀬伊織について思いだしていた。

 俺と伊織は家が近所にあり、生まれた時から一緒だった。

 幼い頃から内気だった伊織は中々人の輪に入れず、いつも俺の近くにいたし、俺もあんまり友達は多くなかったからずっと一緒に遊んでいた。

 今みたいに距離を置くようになったのは、たしか中学の頃にいつも一緒にいることをからかわれるようになってからだった。高校も同じだったけど、一年生の時はクラスが別々だったから話す機会も無かった。


「それにしても、プリントを渡しに行くことになるなんてな。どういう顔をして会えばいいやら」


 久しぶりに会うことになるであろう幼馴染への対応に頭を悩ませていると、俺の家と伊織の家への分かれ道が見えてきたので、伊織の家の方角である右に曲がる。伊織の家の前に着くと、久しぶりで緊張に震える手でインターホンを鳴らすと、伊織のお母さんが対応してくれた。


「久しぶりねー、響也君大きくなっていておばさん気付かなかったわよ。今日は伊織に会いに来てくれたの?」

「お久しぶりです、おばさん。先生からプリントを届けるのを頼まれたんです」

「あら、わざわざ悪いわねー。伊織を呼んでくるから上がって頂戴」

「お邪魔します」


 案内されたリビングで待っていると、おばさんが困った顔をして階段を下りてくる。


「ごめんねー、響也君。伊織、どうしても部屋から出たくないみたいで。先生がいらっしゃってもこうだし、困ったわね」

「あの、部屋の前まで行って、伊織と直接話してもいいですか?」

「んー、わかったわ。付いてきて」


 伊織の部屋の前まで案内してもらうと、おばさんは下で待ってると言って階段を下りていく。


「い、伊織、久しぶり。先生からプリント預かったから持ってきた」

「……ありがと、きょーくん」


 ドアの向こうから聞こえた俺のあだ名を呼ぶ伊織の声は、心なしか最後に聞いた時と比べて元気が無いように聞こえた。


「……みんな、心配してるみたいだぞ」

「ダウト」

「は?」

「きょーくん、今嘘ついたでしょ。私の心配をしてる人なんてあのクラスには居ないよ、私の事を覚えていない人が大半だよ」

「……そんなこと無いと思うぞ。俺だって、心配してるし」

「そう……じゃあさ、きょーくんは私にどうしてほしいの?」

「そりゃ、学校に来て欲しいに決まってるだろ」

「何で?」

「な、何でって……」

「……そうやってさ!機械みたいに学校は楽しいところだから来いとか、私のことを考えもしないで言わないで!私はもう、人の機嫌を伺ったり、嘘で自分を塗り固めるのも疲れたの……プリント、ありがとう。それと先生に、学校は辞めるからもうプリントは要らないって伝えて」


 俺は茫然と立ち尽くし、それ以降扉の向こうから声は聞こえてこなかった。

 おばさんにプリントを渡した帰り際、さっきの会話が聞こえていたであろうおばさんは一言、ありがとうと俺に言った。


 翌日、学校で俺は先生に昨日あった事の顛末(てんまつ)を話した。最後まで聞き終わると先生は笑顔になって衝撃の一言を発した。


「そうかそうか。じゃあ釘本、これからもよろしく頼むぞ」

「はい?」

「だから、これから毎日一ノ瀬の家まで行ってプリントを渡してきてくれって言っているんだよ」

「いやいやいや!俺ちゃんと話しましたよね!?なんでそうなるんですか!?」

「……そうだな。じゃあ少しだけ真面目に話すが、一ノ瀬って俺が行っても、一ノ瀬の親御さんが聞いてもほとんど何にも喋らないんだぜ。そんな中、一ノ瀬があそこまで本心をあらわにしたのは釘本、お前だけだ。その本音を聞いてやれるのは今のところお前だけなんだよ」

「いや、そんな、俺にはできないですよ!他にも、俺なんかよりも適している人が居るでしょう!?」

「自分に嘘をつくな、釘本。お前だってわかってはいるんだろう?自分以上に一ノ瀬のことを知っていて、話を聞いてやれるやつがこの学校に居ないことぐらい」

「そ、それは……」


『私の心配をしてる人なんてあのクラスには居ないよ』


 昨日の伊織の言葉が胸に刺さる。あの言葉に込められた悲しみ、諦めを知ってしまったから。


「正直、俺は伊織にどうして欲しいのか、よく分からないんです」

「じゃあ、お前はそれを一ノ瀬と話す中で見つけてみればいい」

「……先生は、伊織に学校に来て欲しいとは思っていないんですか?」

「そうだな……ちょっと近くまで来てくれ」


 先生は俺に手招きするとあんまり大きな声じゃ言えないからな、と苦笑いを浮かべながら教えてくれた。


「俺個人としては別に一ノ瀬は無理に学校には来なくても良いと思ってる。本人の意思で来ていないんだ、何か考えがあるに違いないし、それが一ノ瀬の選択ならば俺が口を挟むべきではない」


 ここで先生は、けどな。と続ける


「俺は学校の先生なんだ。個人としての俺ならばそれを言っても許されるが、先生としては一ノ瀬を学校に通えるようにしないといけないんだ、それが仕事だからな。俺は可能な限りは生徒のために動くようにしている。でも逆に言えば、俺は可能な限りしか動けないんだよ」


 先生は悔しそうな顔で言い終わると、俺の目を見て言った。


「だから俺は俺にできることをするわけだ。釘本、行ってくれるか?」

「……………………」



 放課後、俺は分かれ道を右に曲がっていた。


「おばさん、伊織ともう一度話してもいいですか?」

「そうね、伊織が話してくれるかはわからないけど、それでもいいなら。お願いできるかしら?」

「大丈夫です」


 昨日と同じように扉の前に立ち、俺の存在に気付いているであろう伊織に話しかける。


「今日もプリント持ってきたぞ」

「……昨日私、プリントは要らないって言わなかったっけ?」

「覚えてないな」

「そう、じゃあ私がきょーくんに言ったことも忘れたの?」

「いや、それは覚えてる。だから俺は伊織の質問に答えられるようにするために来たんだ」

「嘘……じゃない?でも、きょーくん自身の言葉じゃない?」

「正真正銘俺の言葉だよ」

「それはダウト」

「昨日から思ってたけど嘘発見器でもついてんの?」

「……別に、きょーくんが分かりやすいんじゃない?」

「そんな訳あるかよ。ところでさ、今日は学校でこんなことがあったんだ」


 それからしばらくの間、俺はほぼ一方的に伊織に学校でのこと、私生活での事を話した。

 俺が嘘をついて誇張表現をするたびに伊織にはダウトと見抜かれたけど


「もう時間も遅いし、俺はそろそろ帰るよ」


 そう言って扉に背を向けた俺に言葉がかかる。


「待って」

「どうかしたか?」

「その、学校に来いとは言わないの?」

「自分で言ってただろ?自分の事も考えてくれって。だから俺なりに伊織の事を考えたつもりだよ、じゃあな」


 玄関で靴を履いていると、少しだけ目に涙を溜めたおばさんにお礼を言われる。俺は明日もまた来ますとだけ言って一ノ瀬家から出た。


 それから俺は、平日は放課後になると一ノ瀬家に通った。毎日一時間ほど雑談するだけだったが、だんだんと俺は、あまり伊織が昔と変わっていないことに気が付いた。

 その後、俺と伊織との関係に驚く変化があったのは、二週間目だった。


「伊織、今日も来たぜ」


 すると、いつもは開かない扉が少しだけ開く。


「いらっしゃい。部屋の中、入っていいよ」

「え!?」

「……閉めるよ?」

「お、お邪魔します」


 まさか、部屋の中に入れてもらえるとは思っておらず、驚いてしまった俺は扉を閉められそうになるも、慌てて入る意思を示す。

 伊織の部屋は、俺が今まで思い描いていた女の子の部屋と違ってシンプルだった。カーテンとかインテリアはオシャレだけど、女の子らしいものは机の上に置かれたウサギの人形ぐらいだった。


「……女の子の部屋ってこんなものだよ」

「し、知ってるし」

「ダウト」

「くっ……」


 それ以来、話をするときは部屋に入れてもらえるようになった。

 それと、どうやら変化があったのは俺もだと気付いたのは、学校で友達と話しているときだった。


「なんか最近釘本って変わったよな」

「俺が変わった?」

「なんて言うかさ。胡散臭く無くなった感じ?前までの釘本って妙に壁を感じたんだよなぁ」

「よ、よせよ。なんだよ急に、照れんじゃねぇか!!」

「ちょ、暴力反対!暴力反対!」


 挙句の果てには先生にまで


「釘本、最近変わったな」

「先生までですか?今日だけで二回目ですよ、それ」

「それだけお前が良い方向に変わっているって事だろ?俺が見る限りだが、今のお前はとても心が軽そうに見えるぞ」

「心が、軽く?」

「そうだ、今までのお前は何かと壁を作っているように感じていたからな。もしや一ノ瀬のおかげか?」

「そう、ですね。もしかしたら最近、伊織にダウトって言われる回数が減ったからかもしれません」

「ダウトって、お前たちトランプでもやってるのか?ま、それは置いといてだ、最近の一ノ瀬はどうだ?元気にやってるか?」

「ええ、見てる限りは元気そうです」

「それは重畳。これからも頼むぞ」


 俺は言われるまでもないですよ。とだけ返して職員室から出て一ノ瀬家に向かう。


 いつものように伊織の部屋に入れてもらうが、いつもと違い、今日の伊織はどことなく緊張しているように見えた。


「あの、きょーくん。お、お願いがあるんだけど……」

「お願い?俺が叶えられる範囲までなら、聞いても良いけど」

「うん、ありがと。あのね……私を、学校に連れて行って欲しいの」


 今、自分の顔が驚愕で染まっているのがわかる。まさか伊織が自分から学校に行きたいなんて言うとは思わなかった。


「急にどうしたんだ?」

「その、きょーくんから話を聞いて、私も考えてみたの。人と合わせるのは苦手だし、友達もできないしで嫌になっていたけど、私にも問題があったなって。それで、今からでもやり直せるならって思ったの」

「……そうか、わかった。じゃあ明日学校で待ってるよ」

「いや、あの、そうじゃなくて……」

「ん?珍しく歯切れが悪いな。何でも良いから言ってみろって」

「あの、その、い、一緒に学校に連れて行ってください……」

「なんだ、そんなことかよ、もちろんいいぜ」


 今度は伊織が目を丸くする。


「何だよ、ハトが豆鉄砲食らったような顔して」

「いや、その、ありがと」

「どういたしまして。じゃ、明日の朝に迎えに行くよ」


 玄関でおばさんから声をかけられる。


「ちょっと盗み聞きしちゃったんだけど、あの子が自分から学校に行くって言うなんて。響也君、本当にありがとう」

「そんな、お礼を言われるようなことなんてやってないですよ。俺はただ、自分のことを話しただけで、学校に行くことを決めたのは伊織ですから」


 今日伊織と話したことで何か、重要なカードを引いた気がする。あと少しで、俺は伊織の質問に答えが出せそうな気がするんだ。あと少しで……


 翌朝、俺はほとんど見たことのない、制服姿の伊織と一緒に登校していた。


「ど、どこか変なとこないかな?大丈夫かな?」

「そんなに緊張すんなって」

「き、緊張なんてしてないよ!」

「ダウト、だな」

「ちょっと!私のマネしないでよ!!」


 そんな事をしていたら学校に着いた。すると、廊下で喋っていた俺のクラスメイトが寄って来る。


「え!?釘本が女の子と登校してる!?」

「もしかして釘本君の彼女?」

「え、マジ!?いつから付き合ってんの!?」


 伊織は寄って来るクラスメイトに気圧されて、俺の陰に隠れる。

 俺は広がっていく誤解に、恥ずかしくなってしまい、つい言ってしまった。


「一ノ瀬とはただの幼馴染で、俺は別に何とも思ってねぇ!!」


 言った後に、中学校での記憶がよみがえる。そう、俺たちが疎遠になった時もこんな感じで、俺が心にもないことを言ってしまったんだ。

 何か、大事なものを落とした気がして、俺は後ろに居る伊織の方を向いた。

 その時見た伊織の悲しそうな顔を、俺はこれから先も忘れられないだろう。 


「おい!伊織!?」


 伊織は踵を返すと、そのまま学校から出て行ってしまった。俺は追いかけようと思ったが、脳裏にさっきの伊織の顔がちらついて、一歩も踏み出せなかった。

 クラスの連中は謝ってきたが、そんなことを気にすることもできず、一日を茫然と過ごした。


「釘本、ちょっと職員室に来い」


 放課後、安田先生の指示通りに職員室に向かう。俺が来たのを確認すると安田先生は話を始める。


「朝に何があったかは、他の生徒から聞いたよ。そこでお前に言うが、お前はそれでいいのか?このままだと前に教えてくれたように、お前が中学生だった時のようにならないか?」

「中学の時のように……」


 確かに、中学の時も同じだった。今回も同じようになっても良いのか?


「でも、どうすれば……」

「今のお前は中学生の時から成長してるだろ?もう自分に嘘をつくなよ?」


 それだけ言うと、安田先生は俺を職員室から追い出した。


「自分に嘘をつかない……」


 その日、俺は久しぶりに分かれ道を左に曲がった。


 それから二日間、俺は心に穴を開けたまま生活していた。どんなに考えても答えは出てこない。

 伊織の部屋の前まで行って話しかけるも、返事はない。そうして俺は、伊織と話していた日々がどれだけ楽しかったかに、ようやく気付いた。


「自分に嘘をつかない、か。そうだよな、答えはもうずっと昔から出てたんだよな」


 あの事件から三日後、俺は伊織の部屋の前に居た。


「伊織。お互いに言いたいことはあるだろうから明日の朝、制服に着替えて待っててくれ。それじゃあ帰るから」


 結局今日も、返事は一度も帰ってこなかったが、聞いていたと信じて家に帰る。


 そして翌朝、家の前に伊織は居た。


「……わざわざ制服に着替えさせてどうするの」

「そりゃあ、こうするのさ!!」


 俺は伊織の手を引いて学校へと向かう。


「え!?ちょっと!!ストップ!ねぇ!ストップだってば!!」


 俺は伊織の制止を振り切って、手をつないだまま学校に向かい、クラスに入り、宣言する。


「少し前に、伊織の事をただの幼馴染で何とも思ってないって言ったけど、あれは嘘だ!!!大嘘だ!!!!俺は、伊織が、中学の頃から大好きだ!!」


 俺の突然の宣言にクラス内は静まり返る。みんなの茫然とした顔が見ていて気持ちいい、今なら何でもできそうな気分だ。


「伊織はさ、いつもは俺が嘘ついたら真っ先に指摘する癖に、何でこういう時に限って見抜けないんだよ?」

「え……嘘、何で……?」

「だから嘘じゃねぇって。伊織、初めてプリントを届けに行った日に、お前は質問したよな?私にどうしてほしいの?って。俺と一緒に居て欲しい、これが俺の、嘘偽りのない答えだ」

「だって、私、きょーくんの彼女でもないのに、何とも思ってないって言われて勝手にショック受けて、帰っちゃったのに……」

「そんなことよりも俺は返事が欲しいな、このままだと、一方的で終わっちゃうし」

「え!?ここで!?みんないるのに!?」

「そ、ここで、みんなにだ!さあ!一ノ瀬伊織は、釘本響也の事が大嫌いである!」

「もう……ダウトだよ!!!」

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