第5章:罪の夜と約束ー002ー
森を抜けた場所にあった。
繁る樹木をくり抜いたような広場だ。そこに山小屋が建っていた。
黛莉は木の陰から、そっと様子を窺う。
窓から灯りが漏れている。どうやら間違いはなさそうだ。標的とすべき連中はいるはず。あいつらがパパやママを脅そうとしている、和須如家の未来を奪おうとしている……自分のせいで。
黛莉は胸に手を当てた。
脅迫のネタとされる能力を使おう。パパやママにお兄ちゃんや下の兄妹を守るため、誰にも知られないうちに決着を着けなければいけない。貴志くんの家みたいにしてはならない。
背中のリュックを根元へ置いた黛莉は、胸の前で両手をぎゅっと握る。肩が震えるほど強くだ。本当は怖くて仕方がない。
それでも握り締めた両手を解けば黛莉は顔を上げた。そろりそろりと家屋へ近づいていく。灯りが漏れているが、人のいる気配はない。チャンスだ。
黛莉はドアのノブに手をかけた。
バチバチッと爆ぜる音立った。黛莉に全身へ痛みに似た痺れが走る。吹っ飛ぶように転がった身体が動かせない。
うまくいったな、といった声と共に内側からドアが開いた。
意識が朦朧とする黛莉を誰かが引きずっている。まるで荷物を扱うかのように部屋の真ん中へ放り投げられた。
オレンジ色で染まる室内に四人の男たちが黛莉を見降ろしていた。
奥で椅子に座っている年配とまだ若そうな三人だ。いずれもガラが悪そうだ。一見して裏の世界に属していると解る。
「残念だったな、お嬢ちゃん。来ていたのはとっくに解っていたんだぜ」
椅子にふんぞり返っている年配の男が薄笑いを浮かべていた。背後には監視カメラが捉える映像で広がっていた。
全身に力は入らない黛莉だが、悔しさを隠しきれない。
「この卑怯者! あたしがスキルを持っていること、パパやママに教えようなんて」
「そしてお嬢ちゃんのパパやママは娘のために頑張ってくれるだろうな。お金を払ってでも誰にも言わないようにって」
「脅迫って、犯罪なんだよ」
「バケモノじみた力を持っているのが悪いんじゃないのかい、お嬢ちゃん」
からかうような物言いに、黛莉は怒りが湧き上がるものの返す言葉が出てこない。貴志くんの家を思い出したからだ。
能力持ちだと判明した琉崎貴志は小学生だった。
能力が伝染するかどうかの因果関係は特定できていない。けれども噂の範囲で止まるとするには説に繋がる数多くの例が挙がっている。科学的分析・解明が出来ていないだけで、世間一般の認知となっていた。
能力者へは強制に近い勧告が可能となっている。
能力者を各地域で統括するシステムがある。救済の面がある一方で、行動や生き方に限定は生じる。
生活力のない子供に選択権はない。親は各地域の統括機関に預けるか、別れたくなければこれまでの生活を捨てて逢魔街の中で生活をするか。能力者を抱えて逢魔街の外で普通とされる仕事を見つけるなど極めて難しい。
子供に能力を認めた親は大概が秘匿する。一生に渡り隠すように言い含めておく。
黛莉が知る貴志の例は、引越しだった。母一人子一人であれば離れがたかったのだろう。
去っていく琉崎親子のトラックを見送りながら、黛莉の母はどんなことがあっても離れたくない気持ちが解ると口にしていた。
黛莉は悔やんでも悔やみきれない。
いくら仔犬を助けたくても、能力を出すべきではなかった。まさか撮影されていたなんて。相手をその場で発見して能力で脅したものの、写真はもう送信したと言う。
詳細を聞き出して、ここまでやって来た黛莉だ。そして捕らえられた現在だった。
「所詮はガキだな。白状したヤツが、その後なにも言ってこないと思ったのか。お嬢ちゃんは罠へ飛び込んできたようなもんだ」
椅子に座る男の言葉に、黛莉が悔しさで涙を出そうだ。けれど嘲るような声が、なお続く。
「お嬢ちゃんのお家は景気がいいみたいだからな。娘を手放したくなかったら、払ってくれそうだ」
「パパママが脅かされるくらいなら、いっそネットに流しちゃってよ。あたしがバケモノだって」
「俺たちが標的するのは、お嬢ちゃんみたいなスキルを持っちまったガキだけさ。世間に公表されては困る一般の親からいただく。さすがにスキルを持った連中全体を相手するようなことはヤバいぐらい解ってる。だからリストはネットにさえ繋げていない、こいつの中さ」
椅子に座る年配の男は、机にある箱の頭を軽くポンポンと叩く。どういったストレージを取っているかは不明だが、記憶装置には違いない。万が一の外部侵入に備えてネットからも外している用心深さだ。
「良かった、やっぱりここにあるんだ」
黛莉の満足そうな声が、聞く者へ一斉に緊迫を走らせた。
耳をつんざく襲撃音が室内中を巡る。箱状の記憶装置が粉々に弾け飛んでいく。
てめぇ、と近くにいた男が黛莉を容赦なく蹴り飛ばした。まだ年端もゆかない少女の身体は軽々と宙に舞い床へ叩きつけられる。
額や頬が傷んだ黛莉は息も絶え絶えだ。けれども口許には微笑が浮かんでいる。
「おい、縛り上げろ。この嬢ちゃんがスキルで銃を出しても狙いを定められねーようにな」
後ろ手で縛られ転がされた黛莉を、指図を出した年配の男が見降ろしてくる。とても嫌な笑みを湛えている。記憶装置は死守しなければならない物だったはず。もっと残念がると思っていたから、黛莉には不気味この上なかった。
「やってくれたな、お嬢ちゃん」
そう言いながら年配の男は唇の端をいっそう吊り上げる。部屋の一面を占める書棚を指差した。
「だが、ガキだ。紙のファイルでバックアップを取ってあるのさ。お嬢ちゃんの記録もちゃんと残ってあるぜ」
そんな……、と黛莉はうめくように言う。
少女の絶望ぶりを楽しむ年配の男が腰を落とした。黛莉の小さな顎をつかんで、強引に目を合わせる格好を取った。
「さて、おイタにはお仕置きをしないとな。パパやママだけじゃなくて、お嬢ちゃんにも弁償してもらわなければな」
このワルモノ! と返すがせいぜいの黛莉に、相手は悪相そのもので告げてくる。
「そうさ、俺たちは悪い奴らなのさ。だから子供でも女なら慰みものに出来るし、脅迫のネタもこさえちまう」
「なにする気なの」
「お嬢ちゃんの着てる服を脱がせて、写真を撮らせてもらってからは……それから後のことは身体に覚えさせてやるよ」
黛莉はまだ子供とはいえ、裸にされれば恥ずかしいと感じる年頃だ。自分の失敗で家族に迷惑がかかることも理解している。何より取り囲む男たちの顔が気味が悪い。良くないことが起こるに違いなかった。
怖かった。
思わず閉じた目尻から涙が伝う。誰か、誰か助けて……、と黛莉は胸のなかで呟くしかない。
突如、ガラスが砕けた。