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第5章:罪の夜と約束ー001ー

 黛莉(まゆり)が気になった点は二つある。

 まずは、どうしてこんな時間にこんな場所にいるのか。

 二つ目は、瞳が紅かった。


 どうしようか、黛莉は迷う。暗くなっているし、山奥だ。何より目が紅い異様な風体が、ちょっぴり怖い。


 やっぱり行こう。黛莉には目的があり、他人などにかまけている暇はない。


 けれど……黛莉は目に留めてしまった。

 ため息を吐いて星空を見上げる紅い瞳を。疲れ果てた悲しそうな色を湛えながらも、澄みきっている。綺麗な目だ、と思った。

 怖がりながらも黛莉は見惚れていた。


「おい、そこに居るのは解っている。出てきたら、どうだ。我れは逃げも隠れもしないぞ」


 紅い目の子は黛莉の存在に気がついていた。このまま逃げても良かったが、木の陰から出ていく。


 満天の星が振り撒く煌々とした明かりのおかげで、近寄れば姿のほとんどを認められた。


「なんだ、子供ではないか」


 この言い草に黛莉は納得いかない。だから言い返した。


「そっちだって子供のくせに」


 黛莉からすれば、どう見ても同い年かちょっと上くらいにしか見えない。


 フッと笑った紅い目の子だ。


「そうだった。我れは成りだけでなく、心の有り様も子供のそれだ。彼奴(あやつ)の自暴自棄な行動を止めず成り行き任せにして、このザマであった」


 黛莉には、一体何を言っているのか解らない。取り敢えず気になったことを口にしてみた。


「ねぇー、怪我してるの?」


 紅い目の子は両足を投げ出したまま、ぴくりともしない。黛莉は動けないのでは? と考えた。


「よく解ったな。両足を挫くという、ドジの極まりだ。ちなみにやったのは我れではなく、彼奴だぞ」


 また訳の解らないことを言うが、事情は黛莉が察知した通りだ。背負っていた小さなリュックサックを降ろす。中から救急セットを詰めた巾着袋を取り出した。

 紅い目の子の投げ出された足の靴下まで脱がす。さらに取り出した湿布を二つに裂き両足首へ当てて、サージカルテープで止める。靴下を履かせ直せば完了だ。


 素晴らしいな、と手際の良さに感嘆を隠さない紅い目の子だ。

 えっへんといった黛莉である。


「その若さでそれほどの対応法。どうやって身に付けたのか、我れは気になって仕方がないぞ」

「うちのパパ、職人さんなの。いつケガしてもいいようにって」

「ほぉ、なかなか実務に長けているらしいな。とても良い父親そうで、我れは羨ましいぞ」

「うん、パパは凄いんだよ。それにね、ママだって……」


 無邪気だった黛莉の顔が急に曇っていく。広げた救急セットを仕舞ったリュックサックを背負う。


「あたし、行く。じゃぁね」


 素っ気なく済ませた黛莉だ。普段ならまだ容態を見ていただろう。 


「おぅ、いろいろ手間をかけたな」


 素っ気ない返事しても気に留めなくてすむ男の子のマイペースぶりだ。

 くるりと背を向けた黛莉だ。話しなんかしていたら決心が崩れてしまう。


 これから人を殺しに行く。


 楽しいお喋りなんかしていたら、出来なくなってしまう。


「おい、待て。そこの女」


 背後からいきなり呼び止められて、黛莉はビクッとした。心のうちを悟られていないか心配になってしまう。


「名前はなんて言うのだ」


 ほっとする黛莉だ。なんてことはない、当然な質問だった。


「あたしは、黛莉」

「ほぉー、マユリとは美しい響きだ。良い名ではないか」

「キミは?」


 思わず訊き返してしまって、黛莉は後悔した。名前を知ってどうする? もう自分に未来なんてないのに……。


「この身体には、黎銕円眞(くろがね えんま)という名を与えられているようだからな。我れを、エンマと呼ぶがいい」


 本当にこの紅い目の子は変わっている。ちょっと手がかかりそうな子だ。

 だけど悪い感じはしない。楽しそうとも思ってしまっている。

 現在の黛莉にとって、最も避けなければならない相手であった。


 ろくに挨拶もせず、況してや紅い目の子の名前を呼ぶことなく黛莉は急いで立ち去った。


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