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第4章:紅と地の激突ー006ー

 真紅の円眞(えんま)は両手に発現させた。夕陽を返す通常の長剣であった。


 すると奈薙(だいち)が笑う番はこちらだとばかりに指摘する。


「覚悟を決めたかと思ったが、いつもの力ではないか。どうした火は、氷は。奪った能力で偽物の神となったのではないのか」

「我れがそれらの力を出したら、『地の神』もその力を出すしかなくなるだろう。神とされる能力がまともにぶつかれば、どこまで被害が及ぶか、知れたものではない。離れているといっても、依頼人連れのあいつらでは、まだ被害から逃れられるほど遠くへは行っていないだろうからな」


 ふっと笑う真紅の円眞は腹を決めた様子だ。


 なぜか怯んでしまった悠羽(うれう)と奈薙だ。けれど弱気も一瞬である。


「そんな甘いと死んじゃうよー。うれと奈薙は能力を共有できるほど仲良しなんだ。この意味、わかるよね」


 きつく奈薙の首に悠羽が巻きつくことで、巨漢もまた砂へ化す粉砕の能力を得たようだ。

 もはや対抗しきれないほどピンチであるはずの真紅の円眞が畏まった声で訊いてきた。


「能力の共有できるとなれば、おまえたち深い仲になっているだな。結婚という形は取っているのか?」

「そ、そんなこと、あんたに関係ないでしょー」


 狼狽える悠羽を肩にする奈薙は恥ずかしさで噴火した顔だ。

 しかしながら真紅の円眞は空気を読むような者ではない。


「なに、『姫』と呼ばれるが似合いすぎるほど女としては幼い感じがしてな。男として、どう気持ちを整えたのか。ちょっと聞いてみたくなったのだ。それとも元々そういう趣味だったのか?」


 ふざけるな! と爆発した奈薙であった。


「俺は、姫だから、そういう気持ちになったのだ。昔から何度も言っているが、ロリコン趣味の末路みたいな言い方は止せ」

「そうだよ、そうだよ。こう見えても、うれ、けっこう歳だもん。変なこと言って動揺させようたって、そうは……」


 はたと気づいて言葉を切った悠羽だ。やられたとばかりに歯軋りする。


「汚いよ、うれたちの恥ずかしいところをついて時間稼ぎなんてさ」


 真紅の円眞は何を言っているんだといった調子で返す。


「我れの女も少女体型だから、いざという事態に備えて訊いただけだ。第一、粉砕の姫よ。本気で想いを寄せ合っているならば、恥ずかしいとはなんだ。そんなものなのか、ふたりの仲は」


 引き合いに出された黛莉(まゆり)が聞いたら激怒しそうな言い回しだが、対話相手の核心は突いたようだ。

 反駁には半ベソが入っていた。


「しょうがないじゃん、奈薙が……なかなか手を出さないというか、出せない気持ちがわかるし……うれの成長がこんなところで止まっちゃたせいなの、わかってるもん」

「そういうことじゃないんだ、姫。そういうことじゃない」


 それこそ慌てふためく奈薙に、悠羽はぷいっと横を向く。


「いいよ、別に。本当は莉音(りおん)お姉さんや瑚華(こなは)先生……陽乃(ひの)お姉ちゃんとか、大人な女の人のほうが良かったんでしょ。うれ、わかるもん」

「姫、それはただ知り合い女性を並べているだけではないか。俺からすれば莉音や瑚華など、あっちから頼まれても願い下げだ。そもそも夕夜(ゆうや)新冶(しんや)と違って、俺は女性とは縁がない」

「うそうそ、あっちこっちで奈薙が迫られているの、うれが知らないと思ってるの」


 これに言葉を窮したのは、奈薙のミスだった。

 やっぱり! と悠羽は両手でもぜんぜん巻けない太い首を締めて問い詰めていく。しどろもどろながら必死に抗弁する奈薙だ。


 やいのやいのとやり取りしている二人に、真紅の円眞はぼそっと問いかける。


「お前たち、もう恋人以上の仲になったのだろ」


 言い争うような会話が、ぴたりと止まった。


「う、うん」「ま、まぁな」


 揃う照れるような返事に、真紅の円眞はきっぱり言う。


「ならば良いではないか。男女に限らず人間関係、いちいち不満をほじくり返していても不毛なだけだぞ」


 頭をかく奈薙に、悠羽はうなずいてから気がついた。


「もう、こういう流れに持ってきたの、そっちじゃん。戦いを始めるよ、殺し合いよ」

「我れとしても、参考になる話しを聞かせてもらったからな。では、戦うとするか」

「そうそう、血で血を洗う戦いをするんだから。覚悟しなさい」


 騒ぐように述べる悠羽に、「姫」と奈薙が呼んでは確認する。


「本当に、やるのか」

「当ったり前よ。しらけたからって、無しになんかしないからね」


 やっぱりしらけてはいるのか、と奈薙の巨岩を思わせる表情に書いてある。

 なによぉ〜、と悠羽は口を尖らせてくる。


「盛り上がっているところ申し訳ないんだけどさ」


 いきなり割り込んできた声に、悠羽と奈薙は同時に声と顔を向ける。「どこが!」と叫んでから、驚くも一緒だった。

 白銀の髪をした少年がいた。正確には、少年の風体のまま年齢を重ねた能力者だ。しかも知らない顔ではない。


「おう、マテオではないか。どうした? 兄に頼まれて、我れを監視にきたか」


 瞬間移動の能力をもって対峙する中間地点に現れたマテオは、大袈裟に肩をすくめた。


「ホントはそうしたいんだけど、こちらのお姉様がピンチになったんで助けを求めにきた」

「えっ、流花ちゃんが、どうかしたの」


 血相を変えて尋ねる悠羽だ。奈薙の表情も引き締まる。


「理由は後で話すから、手を貸してくれ。逢魔街(おうまがい)の例の化け物に、とんでもない数で襲われてて、けっこうヤバいんだ」


 どこ? と訊く悠羽に、マテオは指差して教えた。それほど離れた場所ではない。

 言葉も残さず悠羽と、彼女を肩に乗せていた奈薙は駆け出す。


 離れていく二人の後を追う様子を真紅の円眞が見せてきた。


「紅い黎銕円眞(くろがね えんま)も行く気なの?」


 不思議そうに訊くマテオに、真紅の円眞は足を止めて振り返る。


「行ってもいいと思ったのだ。それにあの二人の力では、多勢に負けなくても時間がかかるだろうからな」


 ふ〜ん、といった具合のマテオだ。何はともあれ助勢を請うた身としては付いていくほかない。


 予想通り悠羽と奈薙は難儀していた。

 雑居ビルに群がる黒き怪物たち。悠羽に触れられれば粉微塵になっては砂になり、奈薙の豪腕に粉砕されている。強弱では比較にならない。だが数で圧倒されていた。

 多数を葬ることが可能な奈薙の能力は、地と接触していなければならない。土柱はビルごとの破壊しかない。屋上にいる救出したい人たちを危険に晒してしまう。

 流花ちゃーん、と悠羽がたまりかねたように呼ぶ。クソッ、と奈薙もいくら倒しても入り口にすら辿り着かない状況に苛立ちを隠せなかった。


 必死に前進を試みる奈薙と、その肩に乗った悠羽の周囲へ不意に巻き起こった。

 無数の刃が二人を包むように伸びてくる。驚いている間に、あれほどいた黒き怪物は消え去っていった。


 収斂していく刃を追って奈薙と悠羽は振り向く。

 お見事、と白銀の髪をした少年にしか見えない青年が洩らしては、瞬時にして消え去る。能力である瞬間移動で屋上へ上がった姿が下からでも窺えた。

 

「どうして、ねぇーどうしてなの」


 信じられないと振り返った悠羽は動揺が隠せない。

 短剣を元の形へ戻した真紅の円眞はビルの屋上へ顎をしゃくった。


「それよりも姉の無事を一刻も早く確認するがいい」


 奈薙はもの凄い勢いで階段を駆け上がっていく。悠羽はしがみつかなければ振り飛ばされそうだ。エレベーターなどぐずぐず待っていられない二人だった。

 ガバッとドアを開けると同時に、悠羽は叫ぶ。


「流花ちゃん!」


 名を呼んだ姉の姿はなかった。

 口から泡を吹いて倒れている修験者の格好した男だけがいる。逢魔ヶ刻以前の黒き怪物を操っていた尸仂だ。


 先に上がっていたマテオがいるのは当然と言えた。

 うつむいては肩を震わせていたのは意外だった。

 マテオの姿に悠羽は悪い予感しかない。間に合わなかったのか。最悪の結果がよぎれば、身体が震えてくる。

 動転している悠羽を気遣うように奈薙が腕を伸ばしかけた時だった。


「あんの性格ブス。ぜぇえったい許さないぞ」


 顔を上げて叫ぶマテオに憤怒があっても悲憤は一欠片もない。


 唖然とする悠羽と奈薙の横をすり抜けて、真紅の円眞がマテオへ近づいていく。


「そうかそうか、やはりマテオも我れと同じ男だな。まぁ相手が『魔女』と呼ばれるほどの女だ。上手くやられたのだろうが、恥じなくて良いぞ」


 聞く者の感情を害すもお構いなしで、やけに愉快そうな真紅の円眞だった。



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