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第3章:神々の黄昏ー004ー

 店先に立つ音に円眞(えんま)華坂爺(はなさかじぃ)は振り向いた。

 見れば、入り口でうつ伏せていた。全身に血を滲ませたモヒカンの男だ。慌てて向かい仰向けにした円眞に、安堵した声が上がった。


「エンさんっすか。良かった、何とか辿り着いたみたいっすね」

藤平(ふじひら)さん、どうしたのですか。まだ逢魔ヶ刻(おうまがとき)じゃないのに」


 答えかけた藤平が、火急の事態である話題へ舵を切った。


「急いで助けにいってください。黛莉(まゆり)の姉御が危ないんっす」

「黛莉が、どうした」


 はっ、と華坂爺が円眞を見つめた。


「久しぶりっすね、アニキ。ならば安心して頼めます」


 藤平の反応で、華坂爺は会見を望んでいた相手が現れたことを確信した。

 場所を教える藤平に、瞳が真紅へ変貌している円眞は解ったとばかりにうなずく。


「よく知らせてくれたな、真澄(ますみ)。後のことは、我れに任せておけばいい。華坂、真澄を任せてもいいか」


 やや面喰らいながらも華坂爺が断るはずもない。藤平の身を責任もって預かる旨を返した。


 真紅の円眞は、老体からの返事に「助かる」だけでは足りないと思ったか。 

「すまないな。まだ答えてやれぬ我れなのに、頼みごとばかりしてしまって」

「いや、なに。エンくんはエンくんですからの。それより、急ぎなされ。大事な人なのでしょう、黛莉ちゃんは」


 すまない、と真紅の円眞の一言と共に、藤平を受け取った華坂爺だ。

 藤平を渡した真紅の円眞がこの場から立ち上がる。掛けていたメガネを飛ばして疾風の如く駆けだす。あっという間に消えていく。


「爺さん、どうしたっすか?」


 負傷で立ち上がりもままならない藤平だが、余程気になったのだろう。真紅の円眞を見送った華坂爺の何とも言えない表情に。


「ああ、あれが儂らが追い求めていたラグナロクを起こした当事者の一人なのか、と思ってな」

「なんすか、そのラグナロクって」


 傷が痛む藤平だが、好奇心が上回った。


「まったく、近頃の若いモンは百年前のあんな大事件のことを知らんのか」


 呆れながらも華坂爺は、モヒカン頭の若者へ講義を開始する。

 ここ逢魔街(おうまがい)で百年前に、神と評されるだけの能力を有した者たち同士の激突があった。それは個人的な諍いなどを越えて、街のみならず地域一帯を呑み込む戦争レベルとなった。巻き込まれる形で、能力者だけではない。一般の老若男女を問わず、虐殺された。正確な数など計れないほどの人間が犠牲になった。


「でも大体くらいは想像つくっすよね? 何百人くらいだったんすか」


 常時している止血と痛み止めを兼ねたスプレーを振り撒いてもらう藤平が訊く。

 噴射ボタンを押す華坂爺が顔をしかめた。


「桁が四つ違うわ」


 藤平は寝っ転がったまま、指を折って数えだす。


「ええっと、千、万、十万……百万っすか!」


 お主、大丈夫どころか元気だのぉ〜、と華坂爺はまず感心してからだ。


「大量虐殺もそうじゃが、肝心なのはその際に放たれた光りだ。能力者の寿命が飛躍的に伸びたのも、あの光りを浴びてからだからの」

「えっ、一般のやつらより長生きできるって、スキルのおかげじゃなかったんすか」

「ああ、そこは断言できる。あの光りを受けるまでは能力あろうがなかろうが、寿命は人間のそれじゃった。あれからじゃ、浴びた者とそれに関わる者たちの間で、どれくらい生きたら寿命が尽きるかわからなくなったのは」

「元々じゃなかったんすね」

「当事者が言うのだから、間違いないぞ」


 助かったっす、と藤平が上半身を起こす。本当に大丈夫か、と心配してくる華坂爺に、「早く社長に知らせないと」とスマホを取り出した。

 電話を切れば、イテテっと肩の傷を押さえる藤平だ。

 ほれほれ無理するな、と気遣う華坂爺を藤平は見上げる格好で顔を向けた。いつになく真剣な表情だ。


「爺さんが教えてくれたラグナなんとかというやつ……」

「ラグナロクじゃな」

「それって、アニキが原因なんすか」


 訊く顔に辛い決意を滲ませていれば、華坂爺も難しい顔で横に振った。


「わからん、いや正確に言えば解らなくなった。異能力世界協会のCEOの様子では、紅い目の黎銕円眞が張本人かと思わせられたからの。だが目の前にすると、なんだかとてもそんな感じがせん」


 そ、そうっすよね、と安堵する藤平へ、しかしといった調子で華坂爺は続ける。


「ただあれだけの能力を有する者なれば、表の人格を取り繕うことぐらい造作もなかろう。現に黎銕円眞は二重の人物像を見せておる」

「アニキって、本当に只者ではないんっすね」

「普段のエンくん自体が尋常でないからの。当人はぜんぜん自覚がないようじゃが……」


 しゃべっている途中で急に黙り込んだ華坂爺だ。どうしたんっすか、と藤平にかけられなければ黙り続けたままだったかもしれない。

 華坂爺は拾い直した杖のグリップを額に当てた。


「儂は、儂らは、何かトンデモナイ思い違いをしておるのではないか。そもそも神などと定義づけを、誰がした? あれをラグナロクと、いつ、誰が命名した? なぜ物事に疑い深いはずの街の連中が、これだけは頭から信じ込む?」


 小難しい理屈の懊悩に付いていけるはずもない藤平である。


「爺さん。ど、どうしたんすか、急に。俺、行くっすよ」

「行くって、その身体でどこへじゃ」


 華坂爺は物思いに浸るより目前の若者を気遣う。


「アニキの元っす。ホントはもっと早くここへ来られるはずだったのに、やべーヤツが出てきたからなんで。アニキなら大丈夫だとは思うんすけど、それでも伝え損なっちまったから」


 藤平には応急処置を施しただけだ。回復には程遠く、立ち上がりざまに、ふらりとよろめく。

 杖を片手に立ち上がった華坂爺が慌ててモヒカン頭の若者を支えた。


「なかなか律儀というか、健気な男だのぉ〜。まぁ、悪くはないが」

「すまないっす、爺さん。でも、いきなり襲ってきたあれは、けっこう手強いスキルだったっすから」


 ほぉー、どんな? と華坂爺はこんな時でも興味津々を隠さない。そして藤平の返答を得れば、驚愕を内に押し止められなかった。


「髪の長い女みたいなんですけど、全身丸ごと白一色なんす。とても人間とは思えないヤツでして。それが身体と同じ白い戦斧を振り回してきたっす」


 白という同一色で身体と武器を統一した人型が攻撃してくる。華坂爺はただでさえ数少ない発生系で、しかも白い女が白い戦斧(おの)を振り回す。そうした能力を所有する者はたった一人しか知らない。

 黒い目をした普段の円眞にとって未だ忘れられない想い人であり、現在は外の世界で穏やかに暮らしているはずだ。

 もう二度と逢魔街へ関わらないようにした『雪南(せつな)雪南』の能力である白き代理人体の出現に、華坂爺は藤平とクロガネ堂でおとなしく待ってなどいられなかった。


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