第3章:神々の黄昏ー001ー
この頃は便利屋になってるな〜、としみじみ思う円眞だ。
人探しに黒き怪物の退治、不可思議現象の解明と始末。商売の主とする物販より遥かに収入の割合を多く占めている。
円眞としては忸怩たる想いだ。
古物商の『クロガネ堂』亡き父が本来やりたかったであろう仕事だ。なかなか手に入れ難い希少品を求める人々へ届ける。普段は見かけない物を紹介する。世に流布していない便利な商品を販売していく。
理想とする内容には、なかなか程遠い。
そうした現状を雑談の俎上として口にすれば、目の前にいる女性は声にして笑った。
真っ暗な部屋にある唯一の灯りは、豪奢な肘掛け椅子に座る人物を照らし出している。スポットライトの中心で浮かび上がる人物は、大変な美少女だ。あまりの美しさに、初見で意識を保っていられる者など、そうそういない。
天が施した精緻な美で象られた少女が笑みを滲ませつつだ。
「流花がここへ来た時に保護してくれた人も同じような仕事をしていたっけ。黎銕くんが副業としている内容とほぼ同じなんだけど、やっている当人は『役立ち屋』なんて言ってたんだ」
懐かしそうでもあれば、円眞は俄然興味がそそられた。
自ら『流花』と名乗った少女は『逢魔街の魔女』と呼ばれている存在である。けれど滅多に表へ姿を現さないため、都市伝説レベルの噂でが留まっている。でも円眞の前に今こうして間違いなくいる。美少女の姿をしているが、実年齢は見た目通りと思い難い。
『逢魔街』という謎の一端に迫るとしたら、円眞が知るなかで最も可能性がある人物だ。そんな流花が昔話しをしてくる。耳をそばだてずにはいられない。
「黎銕くん、そんな前のめりにこられても、大した内容じゃないよ。流花のプライベートな話しさ。期待されても困っちゃうな」
苦笑する流花に、円眞は頭をかいた。
逢魔街の魔女と呼ばれる人物の能力は、感情を色として目で捉えられる。それは相手の心情を読み取れることに通じていた。頭に描いた詳細まで読み取れなくても、考えていることの大体を能力なしでも察せられる流花だ。
すみません、と頭を下げた円眞だった。
流花は客人の素直な態度に好意的な視線を送ってから、両脇を見遣る。
「流花も役立ち屋を手伝っていたこともあるんだ。ここにいる楓ちゃんとまこちゃんと一緒に、ね」
楽しかったね〜、と答えるは右に立つブレザーを着た歩部真琴だ。
ふんっ、と横を向くは左に立つセーラー服の昔宮楓である。
「カエデ〜、その態度は知らない人からすると誤解招くあるね」
真琴の真剣味が薄い注意に、楓は口を尖らせた。
「なに言ってるのよ。あたしがどれだけ振り回されていたか、真琴だって知っているくせに。もうマイペースすぎて、こっちの都合はぜんぜん無視。どれだけ迷惑被ったか、あの野郎」
喋っているうちに楓の中で、ふつふつを怒りが湧き上がってきたようだ。今にも呪い殺さんばかりの黒いオーラを放ってくる。
ははは、と頭上で交わされた会話に流花は冷や汗をかくように笑う。
「でもボクと違い、名称から何まで全部自分で考えて仕事にしてしまうなんて凄いと思います」
円眞の賞賛に、流花は嬉しそうだ。目にした者によっては廃人なりかねない美しさを見せてくる。
「そうなんだ、言動から誤解されやすい人だったけれど、一生懸命に実行するから、そばにいて楽しかった。もっとも私たち姉妹には気を使ってくれたけれど、周囲の人に対してはへいちゃらで迷惑かけてたみたい」
「ホントよ、まったく」
迷惑かけられた人のうちである楓が深く同意してくる。
流花は苦笑するままに続けた。
「楓ちゃんや奈薙さんに、冷鵞さん。莉音さんもそうだったな。使うが当然みたいなノリでね。とりわけ気の毒だったのは……」
少し間を開けて、流花はその名を口にする。
「緋人お兄さん、火の使い手だった人だよ」
円眞は身を固くして乗り出した。
「火を使うなんて、その方は『逢魔街の神々』と呼ばれたうちの一人なんですか」
ふぅ、と流花は息を吐いて背もたれへ全体重を預けた。なぜか失望している様子が窺える。だが、それも一瞬だ。明るい表情へ戻せば、両手の指を組んだ。
「うちの兄さん、笑っちゃうくらい能天気なところがある人だったから。面倒を見られるのは、お姉ちゃんしかいない感じだったよね」
うんうん、と楓と真琴が揃ってうなずいている。
当たり前のように返事をやり過ごされた円眞は、つい追求の言葉が出かかったが慌てて呑み込んだ。対面を叶えられた自体が奇跡に近い『逢魔街の魔女』黄昏時に異相を見せる街の謎に迫るには手放せない存在である。
逢魔街の逢魔ヶ刻に計らずも父親を抹殺してしまった黒い瞳の円眞にとって、解きたい事柄は山ほどある。流花は大きなヒントをもたらしてくれそうな人物だ。しつこく絡んで、今回きりでなんてしまう真似だけは避けなければならない。
円眞は訪問した本来の目的を果たすことにした。
クロガネ堂を爆破した犯人から命じた集団まで探し当てられたのは、流花たちの協力があってこそだ。再建されたクロガネ堂へ初めて足を踏み入れた際、彩香から教えられた。
お礼を伝えるが、今回の訪問理由だった。
「流花としても、外の世界からあれこれされるのは面白くないしね。でも相手組織を壊滅まで追い込むなんて、黎銕くん、凄いじゃないか」
流花だけなく、両脇に立つ二人も感心した顔つきをしている。
「いえそれにはボク、ぜんぜん関係なくって。全てオーナーの力です」
円眞だって、クロガネ堂を襲撃した組織が壊滅したことを知ったのは最近だ。しかも原因は武力の制圧ではなく、資金繰りからだ。賠償金に託けた搾りに搾り取る取り決めで、経済的に破綻させた。
カネよ、カネが全てよ、と胸の前で拳を握りしめて力説する彩香の姿が、鮮やかに円眞の脳裏をよぎっていく。
「黎銕くんの周囲には、いろんな人たちが集まるね」
「ボクがここまで来られたのも、今いるみんなのおかげです」
「また黎銕くんの友人たちにも会ってみたいな。今度は大丈夫かもしれないし」
以前に彩香と和須如兄妹は、流花の美貌にノックアウトされていた。
流花当人に言わせれば、人によっては慣れればどうってことはなくなるらしい。容姿の美醜など、本来なら麻痺する感覚なんだそうだ。
「その人を知ろうとして見ているはずの顔なのに、キレイやかわいいで止めてしまう者が多い人間っておもしろいよね」
流花の哲学めいた言い回しに、円眞は自身を振り返る。その姿に一目で好感を持ったものの、ずっと一緒にいたいと思うに至ったのは為人だ。碧い瞳の美しさに心奪われたけれど、好きになったのはその人そのものであった。
円眞っ! ぶっきらぼうだけれども気持ちのこもった雪南の呼ぶ声を死ぬまで忘れはしないだろう。
黎銕くん? と流花にかけられなければ、円眞はずっと記憶の底へ沈みこんでいた。
「す、すみません」慌てて謝る円眞は、物思いへ浸りがちな傾向を自覚した。一体どうしたのか。今日のところはあまり長居しないほうがよさそうである。
仕事を理由に引き揚げることにした。
「そうか、残念。では気をつけて帰っておくれ。前回のように襲撃なんてもう……ないよね?」
流花が疑わしそうに楓のほうを向けば、ないわよ! とムキになった返事だ。強気は襲撃理由を流花に悟られてたくない気持ちの裏返しだろう。
流花が好きになった人は姉の夫だなんて口走ってしまったことを、長年の友だからこそ後悔しているだろう。楓のそんな気持ちを、円眞は了解している。
いろいろありがとうございました、ときっちり腰を折ってお礼を言う円眞に、流花は目にする者を卒倒させかねない笑顔を作る。
「うん、また近いうち会おう、黎銕円眞くん」
円眞は今いる真っ暗な部屋へ直接に通じるエレベーターへ乗り込んだ。ドアが閉じていくなか今一度、丁寧に頭を下げる。
流花は最上の笑顔を振り撒いて見送った。
エレベーターのドアが閉まって、円眞の姿が完全に消えた途端だ。
流花の表情は一変した。




