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第2章:真紅と最凶と微妙な兄ー003ー

 真紅の円眞(えんま)とおける経緯を期待する皆の顔へ、黛莉(まゆり)は告げた。


「言いたくない」


 一斉にブーイングが上がった。実際に上げたのは彩香(あやか)だけだが、誰もが同意するところである。特にジィちゃんズなどは聞きたくてしょうがない表情だ。


 ぷいっと横を向く黛莉の顔は、どう見ても赤い。

 どうやら経緯は噂話しのネタには格好っぽい。だから黛莉は嫌がっているのだろうが、真紅の円眞は空気を読まない。殴られた頬を押さえながらの立ち上がりざまである。


「なんだ、黛莉。別にいいではないか。どうせ我らやることはやっているんだし」


 まゆりちゃんっ、と夏波はひっくり返った声で叫んでは口に手を当てていた。

「も、もうじき十八だもんな」と夬斗は声を震わせている。昔から黛莉を知る二人はショックが有りありだった。

 黛莉がこれ以上はないほど赤くなっていく。


「ちょ、ちょっとー。変な想像しないでよ! あたし、まだだから。してないから、キスまでしか……」


 自分の言葉で恥ずかしさをいっそう募らせた黛莉だ。怒りをぶつける先は一つしかない。このバカ円眞ー、と再び胸ぐらを掴んでは渾身の力を込めていく。

「ち、力入りすぎだ、黛莉。我れの息が……、おいっ保護者、親友、真澄(ますみ)でもいい、止めてくれ」


 助けを求められた者たちは、一様に嫌な顔をした。


「えんちゃんでないほうを、なんで私が」

 彩香は投げ捨てている。


 社長、と夬斗を呼んだ真澄が訊く。

「アネさん、い、いつもあんな感じなんすか」

 明らかに怯えている口調に、夬斗は笑えない。

「ま、まぁ、逢魔街で『最凶』の噂はダテじゃないってことさ」

「あのアニキを一発で伸すなんて。しかもあのためらいない暴力っぷり。アネさん、恐ろしいっす」

 だよな、と返すしかない夬斗だ。


 真澄は覚悟を決めたようだ。アニキが助けを求めているのに放っておけないっす、と言って止めに向かっていく。律儀な行動は、黛莉のパンチ一発で沈んでいた。


 はぁ〜、と夬斗は吐いて肩を落とした。


 まったく変なヤツが現れた。黎銕円眞(くろがね えんま)とは組んでいきたいし、二重人格である点も構わない。けれど円眞の別人格が得体の知れない点はまだいいとして、どう見ても面倒そうな性格をしている。妹と自分が知らない関係性まで結んでいる。

 何より考えなければいけない点がある。逢魔ヶ刻のみに変異して出現するでない。午後七時をだいぶ回っても、目の前にいる。逢魔街の異常下ではなく、普段でも存在を可能とする真紅の瞳をした円眞だった。


 ふと夬斗は隣りにいる人物の様子が気になった。

 夏波(なつは)が嬉しそうなのだ。彩香が仕方なく乗り出すほど、黛莉が凶暴性を発揮している姿へ送る目つきは優しかった。

 夬斗としては理由を尋ねずにいられない。


「夏波さん、なんだか楽しそうですね」

「だって、あんな黛莉ちゃん見るの、久しぶりじゃない」

「そうですか、いつもあんなんじゃないですか」

「そうお? 黛莉ちゃんが暴れているところを、私が見てないせいかな。あんな無邪気な黛莉ちゃんをここに来てから初めて見た気がするの」


 夏波さんの言に、夬斗は考え込んでしまう。

 どちらかというと、元来はおとなしかった黛莉だ。幼少時は無口で何を考えているか解らない妹だった。それがある時から、がらりと威勢が良くなった。

 ある時……それがいつくらいだったか、夬斗は思い出せない。

 でも逢魔街に初めてやって来た時は、すぐに思い浮かべられる。両脚をずぶ濡れにして夬斗の元へやって来た姿は、ついに人を殺してしまった暗さを宿していた。

 もう妹の生きられる場所は、ここしかない。

 それからは敵対や利害が発生する場で、躊躇なく能力を発動させる黛莉だ。逢魔街で生き残っていくためには当然だった。当たり前だと思っていたから、真意を見損なっていたのかもしれない。

 気を置かない相手は肉親や幼馴染みでなくなっている。もう以前からそうした時期へ入っていたのかもしれない。


「夏波さんの言う通りかもしれないですね。いつもの黎銕円眞じゃなく、あれが相手なのが兄としては複雑なところですが」


 しみじみと口にする夬斗に、夏波は笑みを湛えたままだ。


「私からすれば紅い目の黎銕さんのほうが付き合いやすそう。いつもの黎銕さんは、なんか気を使ってしまうというか、ちょっと近づき難い感じがするのよね」


 夬斗が全く想像していなかった答えだった。

 彩ちゃんにはいつもの黎銕さんのほうがいいんだろうなー、と続けた夏波の言葉がさらに追い討ちをかける。

 真紅の瞳をした円眞など、誰もが警戒し以前の姿を求めると思っていた。けれども現に黛莉だけでなく真澄といい、夏波にも好感を持たれている。どちらがいい、と一方的に決めつけられない状況が早くも生まれていた。


 夬斗として、どちらがいいか。野心もあれば、答えは決めかねた。

 取り敢えず捨て置くはやめておこう。黛莉の加減を知らない締め上げに、今ひとつやる気がない彩香では止められない。夬斗は真紅でも円眞として助けるべく足を向けた。


 事務所の前に車が停まる気配がした。

 わちゃわちゃした喧騒は瞬時にして収まる。逢魔ヶ刻(おうまがとき)がすぎても、ここは逢魔街(おうまがい)。いきなりの襲撃があったとしてもおかしくない。黛莉は真紅の円眞から手を離し、全員の意識がドアへ向かう。さっと走る緊張の下で誰もが身構えた。


 ドアがぶち破られることはなかった。静かに開けば、駐車しているタクシーが見える。


 お客さまだった。


 入って来たのは、和装の小柄な女性だ。銀に染めた髪は、白髪を隠すためだろう。老女には違いなかったが、年齢を感じさせない美しさがある。何より品の良さが強く漂っていた。

 部屋中から殺気が抜かれていく。ほっと息を抜くような空気へたちまち変わった。ただ一箇所を除いて……。


「おまえ、どうしてここに!」


 驚くまま立ち上がるは多田爺(ただじぃ)だった。

 訪問者が優しげな顔立ちに、凄みのある笑みを浮かべた。老女が怒り心頭を努めて抑えているのが誰の目でも解る。


「どうしては、こちらのセリフです。逢魔七人衆を倒したらと仰っていたくせに、一向に帰って来ないんですもの。探すのは妻ならば当然です」

「しかし見つけるのは難しかったはずだ。なにせここは……」


 言いかけて声を止めた多田爺は、真紅の円眞へ目を向けた。そういえば先ほど逢魔ヶ刻を過ぎたことを確認しては、何やらスマホをいじっていた。

 多田爺が送る視線の意図を読み取った真紅の円眞だ。


「そうだ、我れが連絡した。保護者にぜんぜん仕事してないと言われてしまってはな。少しでも役立つところを見せたかったのだ」


 悪びれないどころか胸を張っている真紅の円眞に、仕事ぶりを見せつけられた保護者の彩香は呆れていた。


「えんちゃんはさー、報せるかどうか悩んでいたんじゃないの」

「さすがは、我れの保護者だ、よく解ったな。依頼を果たす前に、多田へ報せるべきか考えあぐねていたような気がしないでもない」

「あんたねー」

「どうせ会わさなければならなかったのだ。結果を恐れず判断は大胆に、だろう」


 彩香はへの字に口を結んだ。自分の教えを、しっかり憶えていることにちょっと嬉しかったりする。だからといって単純に喜べる場面ではない。


 直接に被った当人に至っては黙っていられるはずもなかった。


「酷いですぞー、紅いエンくん」


 そう抗議する多田爺の襟元を、ぐっと掴んだ妻だった。


「あら、あなた。私に連絡をした行動を責めるのね。とても由々しきことだわ」

「い、いや、待て、待つんだ、八重(やえ)。そういう意味では……」


 妻の名を呼んだ多田爺の言葉が途中で切れた。八重が有無も言わさず襟を持ったまま引き摺り出したからだ。老齢にあるとは思えない怪力で首を締め上げたまま夫を引っ張っていく。まるで今までの真紅の円眞と黛莉を再現しているかのようだ。


「言い訳を聞いて差しあげますから、今晩は覚悟しなさい」


 八重の丁寧な声に、多田爺は叱られた幼児の如くだ。はい、とうな垂れて返事をしている。また後日に改めまして、とする妻の言葉を残して多田夫妻はアスモ・クリーン株式会社の事務所を後にした。


 う〜む、と見送った真紅の円眞が唸っている。どうしたのよ、と黛莉が聞けば、重々しく答えた。


「ブラジルから来た兄弟も言っていたが、なぜ能力を有した者の関係性において、女がここまで強くなるのか、不思議でならん。黛莉なんて、どう考えても我れ以外で耐えられる男など絶対にいそうもないではないか」


 せっかく鎮まった場を再び騒乱へ戻す、余計な発言であった。


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