第2章:最凶らしい?ー001ー
円眞、それは守るチカラだ。
砂浜で幼い円眞の頭に手を置いた父の優しさが込もった声だ。この言葉だけが励みだった。近所だけでなく親類縁者からの迫害に等しい扱いにも耐えられた。
意志に関係なく生来から備わった超常力。本来なら『異能』と表するところだが、何者かの意図が働いたか。『能力』『スキル』とした表現が、特殊な力の総称となった。
円眞は思い浮かべるだけで両手に短剣を手にする能力を備え、この世に生まれ落ちてきた。
いや思い浮かべるなんてレベルではない。意識せず刃をかざしていた時期もあった。
発現速度の観点からしても、能力の高さは疑いようもない。けれども本人が扱いきれていなければ、近くにいる者を傷つけること枚挙に暇がない。子供の頃は能力をうまく制御できずにいた。人間に限らず動物さえも寄せ付けられなくなっていた。
孤独で過ごすほかなくなっていた。
どうしてこんな物騒な能力なんかが備わっているのか。円眞は小学校へ上がった最初の夏を迎える時期に、引きこもりへなりかけた。
七歳にして世間との関わりを一切断ちそうになった円眞を両親が連れ出した。
初めて間近にした碧く広がる空と海。それは家族揃って出かけた唯一無二の記憶だ。
円眞、チカラは守るために使うんだ。
父さんの声が再び聞こえてくる。頭に載せた掌は幼き円眞を大きく包み込むようだ。
父さん、と円眞は顔を上げた。
腕の先がなかった。
あるのは暗闇だ。
碧の光景は消えていた。
父さん! 円眞は叫んだ。
父の顔が現れた。頭が下にきている。逆さまの方向で、朱い液が滑り落ちている。
父さん、と再び呼ぶ円眞はたじろいでいた。
血塗られた逆さまの顔の後ろから、片腕が、両足が、胴体が、バラバラで出現してくる。切り離されたまま向かってくる。
恐怖を感じれば、頭へ載っていた腕が消えた。
いや、消えたわけではない。
切り刻み、振り解いていたのだ。円眞がいつの間にか手にしていた短剣は鮮血を滴らせていた。
バラバラのまま父が迫ってくる。
恐ろしかった。そんな姿で近づいてくる父よりも、ためらいなく刃を振るえている自分が。
円眞は切り裂いていく。
両腕に両足、そして胴体を寸断することで消し去っていく。
最後に残るは顔だけとなった。
やめるんだ、と円眞は自身へ向けて叫ぶ。けれども身体は持ち主の意など汲む気は鼻からないように、短剣を振りかざす。
や、やめろっ! たまらず円眞は叫ぶ。
願いも虚しく、両刃が逆さの顔へ振り落とされる。父の顎へ目掛けて斬りつけていく。
にやり、と逆さの口許が歪んだ。父の顔が笑っている。血に濡れた唇が微かに動いた。
声は聞こえない。けれども口の動きから意味を読み取れば……円眞は絶叫した。
◇ ◇ ◇
「おい、円眞。大丈夫か」
肩を揺さぶられて、円眞は目を醒ました。
雪南のぶっきらぼうだけど心配してくれているに違いない様子が、開いた目に飛び込んでくる。
代理人体を飛ばしてきた昨日とはえらい違いだ。ただ碧い瞳に湧き上がる得も言われぬ感情は変わらない。不思議な安堵に包まれつつ、円眞は不思議そうに訊き返した。
「ど、どうしたの、そんな慌てて」
「円眞の叫び声が聞こえたからに決まっているだろ。なんか、コワい夢でも見てたのか」
雪南に言われて、円眞はこれまでを顧みる。
昼食がすんだところへ、彩香がやってきた。どんな様子か見に来たようだ。
雪南の服装が気になったらしい。フード付きのぼろぼろコートを羽織る格好が、店先に立つに相応しくないと判断した。
雪南は店の手伝いで弁済するとなっている。
父が逢魔街に残してくれた『クロガネ堂』彩香に助けられながら、円眞が運営を始めて一年が経つ。決して楽ではないが、引き継げた唯一のものだ。この店があったからこそ、ここまで頑張ってこられた。
共同経営者の彩香も、今では円眞の意向を第一にしてくれる。
ただし雪南の扱いに関しては一悶着あった。
昨日のことだ。彩香に代理人体を粉砕されて動けなくなった雪南を背負いつつ円眞は、訪問者たちへクロガネ堂に起こった一連の出来事を伝えた。
ようやく店内がめちゃめちゃになっていることに気づいたジィちゃんズだ。
まず内山爺が円眞へ初めて見せる真剣な表情で依頼品の無事を尋ねてくる。残念ながら用意していた陶器は木っ端微塵である旨を伝えた。
隠しきれなければ続けて多田爺へ、依頼された年代物の置き時計は故障に至ったことを話した。
がっくり肩を落とす二人の爺ちゃんに、残る一人の華坂爺が慰めの言葉を投げていた。形あるものはいつか壊れるものじゃ、と。
華坂爺の鷹揚な態度と気遣いに、ほっと胸を撫で下ろす円眞だ。
おかげで多少は気を楽にして告げられた。
今回の探し物で最も手こずったレコードだ。裏ジャケの印刷が異なるそれを、やっと買い付けられた。けれど雪南の襲撃で切り裂かれてしまった。
ジィちゃんズのなかで、知らせるのに一番ためらわれた華坂爺の依頼品である。用意できた際に奇跡だとばかり喜んでいた人物だ。
でもさすがは年長者だけはある……とはいかなかった。
「この小娘が、なにをしてくれる!」
いきなり杖を振りかざして、華坂爺が襲いかかってきた。