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第2章:真紅と最凶と微妙な兄ー002ー

 逢魔ヶ刻(おうまがとき)。時計の針で午後三時から午後七時を指す間とされている。あらゆる犯罪を免除とする明文化された時間帯であり、実際にこの間は全ての通信網は謎の遮断に見舞われ、映像や録音といった媒体で記録するのは不可能だ。

 何も残させない意志が働いているかのような逢魔街最大の不可解とすべき問題であり特徴だった。


 ただし逢魔ヶ刻を終えたアスモ・クリーンの事務室の差し迫った問題は血を見そうな険悪さが漂ったことだ。


 あんたねー、と無視された彩香(あやか)が脇差の日本刀へ手をかけている。「まぁまぁ彩ちゃん、落ち着いて」と夏波(なつは)が慌てて取りなしていた。


 真紅の円眞(えんま)はといえば、彩香の様子など頓着しない。スマホから顔を上げた顔を夬斗(かいと)へ向けて訴えるように呼ぶ。


「なぁ、親友」


 それはこっちの呼び方はなんだけどな、と夬斗は胸の内でごちずにはいられない。それでも訴えてくる真意は読み取れたから仕方がない。現場も取り仕切る社長として、真澄(ますみ)へ提案した。


「どうだ、うちで働かないか。スキルがあって腕の立つヤツは、今すぐでも欲しいくらいなんだ」

「えっ、でもアスモ・クリーンって清掃会社じゃないんっすか」

「ああ、掃除屋さ。悪人や化け物の一掃も、当社は引き受けますってところだ。この頃はホーラブル(黒き怪物)退治が主な仕事となっている。どうだい?」


 逢魔街(おうまがい)の逢魔ヶ刻だけに出没する黒き怪物を掃討する。能力で強化された槍使いの藤平にとって、これ以上望まれる職種もない。適職だと思われるし、一人となって今後どうするか考えあぐねていたところだ。

 よろしくお願いしまっす、と頭下げる藤平に、夬斗は応えた。


「そんな気張らず、取り敢えずくらいの気持ちで来てくれ。でも正直に言えば、最近ホーラブルがやたら出てきてな。明日からでもやってくれると有り難い」


 了解の返事を威勢よくしてきた藤平に、夬斗はうなづいてはちらり見遣る。視線の先にいる真紅の円眞が嬉しそうに笑いかけてくる。視線が交錯すれば、目つきは感謝を伝えてくるようである気もした。

 夬斗は笑みを浮かべそうになって、慌てて打ち消した。まったくどうかしている。真紅の円眞とは、今日が初対面なのだ。これまで別人格と親しくしてきたせいだろうか。それにしても顔を見合わせただけで意思の疎通など、本来の円眞とはなかったことだ……。


「おっ、アネさん。気がついたみたいっすよ」


 藤平がアニキ繋がりで呼称した相手は奥のソファに横たえられていた。

 う、うーん、と黛莉(まゆり)は寝惚け眼で上体を起こす。華坂爺の能力によって意識を沈められてから、ようやくお目覚めだ。

 夬斗と夏波が、その名を呼んでいる。すまなかったのぉ〜、と華坂爺が詫びを入れてくる。


 そんな周囲の声などまるで耳には届いていないかのように黛莉が呟く。

「……円眞なの」


 真っ直ぐ見つめる姿に、誰もがただならぬ雰囲気を感じ取った。真紅の円眞のこれまでの言動もある。事の成り行きを見守るため、皆が黙り込んだ。


 周囲の沈黙と引き換えに、当事者である真紅の円眞は朗々と響かせる。

「ああ、そうだ。久しぶりだな、黛莉」


 黛莉が顔を伏せれば、肩が震え出す。必死に感情を堪えている様子は一見で知れた。円眞、と呼ぶ声は繰り返されるたびに段々大きくなっていく。


「黛莉、我れはここにいるぞ。間違いなく」


 真紅の円眞の応えが、黛莉の感情を起爆させたようだ。


「えんまー!」

 その名を大声で叫んで駆け出す。


 真紅の円眞は、身体ごと受け止めるべく両手を広げた。


 あっ、と見守る全員の口が塞がらなくなった。事情はよく解らないが感動の再会になるだろう、黛莉がその胸に飛び込んでいくだろう、と誰もが予測していた。


 黛莉は確かに真紅の円眞へ飛び込んでいった。

 ただし男女の抱擁にはならなかった。黛莉は握り締めた拳を、真紅の円眞の顔面へ叩き込んだからだ。パンチは大の男を仰け反らせ、座っていたソファから背後の壁まで吹っ飛ばす威力であった。

 泰然自若を崩さない真紅の円眞だったから、無様に床へ転がる姿には唖然茫然である。

 黛莉は真紅の円眞の胸ぐらを掴んで引き立たせる。乱暴の一言で済ませられる一連の行動に相応しい怒声を張り上げた。


「このバカ円眞ー、いったいどこで何をしてたのよ」

「ま、黛莉……グーはやめろ、グーは。殴るにしても、グーは検討してくれと昔から言っているではないか」


 絶大な力を有しているはずである真紅の円眞の両手を合わせるような口調だ。

 聞く耳を持たない黛莉はいっそう胸ぐらを締め上げる。


「雪南を逃したクロガネが消息不明になるのは解るけど、あんたまでずっとあたしの前に現れないって、どういうわけ? ちゃんと理由を言いなさいよ」


 あの〜黛莉ちゃん、と夏波がおずおずと声をかけてくる。「なに、夏ねぇー」と黛莉が返事すれば、恐る恐る訊いてくる。


「黛莉ちゃん、その方とはお付き合いしているの?」

「んなわけないじゃない、こんなバカと!」

「でもぉ〜、その方は黛莉ちゃんを『我れの女』と言っていたみたいなの」


 一瞬にして黛莉の顔は蒸気を立てそうなほど赤くなった。このバカ! と締め上がる腕へさらに力を入れていく。

 目の色に近づく顔色になっていく真紅の円眞だ。こちらは黛莉と違って感情からではなく肉体的理由からくる赤さである。


「ま、ま、黛莉。もういい加減に離してくれないと、我れ、死ぬぞ。マジで死ぬぞ」


 さすがに手を離した黛莉だった。けれども収まりが付いたわけではない。「あー、死ぬかと思った」と首を押さえている真紅の円眞へ詰問に向かう。


「いったいどういうことよー、バカ円眞。あたしが気を失っている間に、なに言ってんのよ」

「それは、あれだ。黛莉が拐われそうになったから、つい勢い余った。因みに雪南という女を助ける際にも、口にしたがな」

「つまりあたしが拐われるも何も関係ないってことじゃない、このバカ円眞」


 今にもまた悶着が始まりそうだ。収めるが年配者の役割りとばかり、華坂爺(はなさかじぃ)が訊いてくる。


「どうやらお二人さん、昨日今日の付き合いじゃなそうだな。ちょっとお話ししてくれると、ジジィたちは嬉しいぞ。身内なんぞは気が気でないみたいじゃしな」


 にこにこしている夏波の隣りにいる夬斗は、まさしく指摘された通りの顔つきをしていた。


「なんだ、そんなことか」


 身を乗り出す真紅の円眞だったが頬を横殴りされて吹っ飛んでいく。


「バカ円眞は黙ってて」

 発言を阻止した黛莉が、代わりに前へ出た。


 グーはやめろ、と訴える真紅の円眞を無視して黛莉が集う者たちを見渡す。表情へ出す程度はさまざまであれど、いずれも好奇を湛えていた。


 ううん、と黛莉が喉を整えれば、聴衆は前のめりだ。息を吸い込んでから、可憐な唇は動いた。


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