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第1章:最強の刺客ー005ー

 円眞(えんま)は井の中の蛙でしかなかった自分が能力者たちへもたらした事実に言葉を失う。


 ショックを受けていることが一目瞭然な円眞だったから、ミゲルの口の回転はさらに勢いづく。


「それでもまだ異能力世界協会の働き次第では、どうにかなったはずなのに……あいつら、なぜか今回はまるきり動こうとしない。精鋭の側近が退けられたせいで腰砕けたか。おかげで黎銕円眞(くろがね えんま)に対する抹殺の動きが手緩いもいいところだ」


 円眞は潜り抜けてきたと思っていた。

 攻勢は激しさに、彩香の元を離れなければならなくなったほどだ。世界の標的になるということはこういうことだ、と言い聞かせる日々だった。

 甘かった。ここ数ヶ月、懸命に切り抜けてきたつもりだったが、本来ならあんなものではないらしい。

 円眞は見識の甘さを認識すれば、力なくうなだれた。


 落ち込む青年を思い遣って、華坂爺(はなさかじぃ)が会話の代弁者を引き受けて続ける。


「おぬしらが和須如(あすも)の妹を拐う意図は判ったが、その結果に確信はあるのか」

「わからないさ、だからやってみるんだ。スキル獲得者相手にしか力を発揮できない我ら一族が、一般の連中が無視できない血筋の誕生に希望を見出さなければ、いつまでもこんな暮らし、続けられるもんじゃない」


 すいっと夬斗(かいと)が何かを思う顔をして一歩前へ出て来た。


「おまえたちの気持ち、俺たち兄妹はけっこう解るぜ。だから少し話ししないか。スキルを所持した者同士として」

「ありがたい申し出だね。もしここ、逢魔街(おうまがい)でなければ考えたかもしれない」


 ミゲルが皮肉でなく真面目に答えている。

 だから夬斗は複雑な面持ちで懐から取り出した糸玉を取り出す。


「俺としては、黙って妹を連れ去られるのも見ているわけにはいかない。ここの住人だから、お前たちを消すことにためらいもない」


 能力を無効にする能力に、おまえの力は通用しない、と言い返されるのを夬斗を確信していた。だからまともにいかない策を頭に描いていた。

 ところがミゲルの反応は、より覚悟を決めたものでくる。


「だからこっちもそれなりに用意したよ。なけなしの金を叩いてね」


 ミゲルの声に呼応するように、ブラジルから来た二人の兄弟の背後に姿を現す者たちがいた。槍に棍棒や刀といった武器を手にしている三人だ。強化系能力だろう。傭兵に通じる生業は逢魔街において主な産業と言っても過分ではない。

 舌打ちする夬斗だ。ブラジル三兄弟を避けて足場を崩す作戦も、目前に現れた三人に限らず、まだ協力者が潜んでいたらである。打つ手がない。


 ここで対抗できる彩香(あやか)内山爺(うちやまじぃ)は睨み合うままだ。


 ミゲルの命を投げ出しても阻む気概が迂闊に手を出させなかった。


「ちょ、ちょっとー。いい加減に離しなさいよー」


 黛莉(まゆり)は首に巻きつく腕を掴んで必死に解こうとしている。


 黛莉! と叫ぶ夬斗はたまらず糸を放った。


 能力無効化の力を持つペドロは残った腕を伸ばす。その時、夬斗の糸を迎え撃つ大男を桜の花びらが包んだ。


「同時なら、どうじゃ」


 意識を幻惑される『桜花乱舞』を放った華坂爺だ。


 これに夬斗は手を打つ想いだ。能力を無効にするといっても、複数同時ならば対処しきれないかもしれない。『能力』使用においてよく見られる傾向の一つだ。伊達に歳を食っているわけじゃないな、と小さく呟いた。


「残念ながら、よくある例外みたいじゃな。伊達に歳を食っておらんから、判別もつこうというものじゃ」


 華坂爺が自身の地獄耳ぶりを夬斗へ教えていた。

 スパイスを効かせた年長者の物言いも、普段なら上手く返せる夬斗だ。だが今回ばかりは余裕ない。本当に妹が連れ去られてしまいそうだ。


 桜の花びらが吹き飛ばされた。


 現れるは、気を失った黛莉を右肩にかける大男だ。ペドロはビルの上から、路上で睨みを利かせる弟たちへ気持ちを伝えた。


「おまえたちの想い、確かに受け取った。きっと良い結果が得られると信じていてくれ。一族の不遇を覆す血筋の誕生まで決して諦めはしないぞ」

「お願いします、兄さん。これで思い残すことはありません」


 そう返したミゲルは、弟へ顔を向ける。何も言わずともエンゾと目で語り合えているようだ。


 夬斗は顔には出さないものの、相当の焦りが渦巻いていた。

 覚悟を決めた相手であれば一筋縄ではいかない。カイザーナックル同士の戦闘においては内山爺に分があるが、敵は目的を果たす粘りを見せてくるだろう。彩香に至っては、ちょっと好奇心が刺激されて来ただけのようなところがある。身命まで賭ける気はないどころか、黛莉がいなくなってもらったほうが好都合と考えてもおかしくない。


 無駄でも夬斗が能力たる糸を放とうとした。


 えっ? となったのは夬斗だけではない。ブラジルから来た兄弟に雇われた能力者三人組も同様だった。


 シュッと空気を切り裂く音がする。


 首が飛んだ。


 何が起きたか理解していないペドロの顔が宙を舞う。落下した地点は、二人の弟たちの目前だ。


「兄さん!」「ペドロ兄さん!」


 ミゲルとエンゾの叫びが届けられるなか、兄の目から色が失われた。


 首が飛ぶこと数瞬遅れで、首を失った付け根から鮮血が噴き出した。ビルの上に残された大柄な体躯が崩れ落ちていく。肩に抱えられていた黛莉が放り出された。


 今度は夬斗や雇われた三人組ばかりではない、この場にいる全員が認めた。


 真っ直ぐ飛んでいく人影を。気を失った黛莉をキャッチして着地する。

 胸に黛莉を抱え立つは、円眞だ。ただしメガネを退けた瞳は色を変えている。両眼は真紅の輝きを放っていた。


「まったく我れの女を狙うとは身の程知らずもいいところだな」


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