第1章:最強の刺客ー004ー
円眞だけでなくこの場にいる者全てが、慌てて見上げた。
ビルの屋上にいた黛莉を襲う巨漢がいた。
黛莉が向けた銃身を掴んで消滅させている。発現させた武器を無効化する能力を有す者が、まだいた。
能力を奮えない黛莉はゴスロリ姿したただの少女だ。ここにいるいずれより屈強な肉体をしている相手に敵うはずもない。
「は、離しなさいよ、このー」
黛莉は掴まれた首を振り解くべく、相手の手首へ手をかけもがいた。しかし白くて細い首を絞める片腕は丸太のごとくである。びくともしない。
「黛莉さん!」「黛莉!」円眞と夬斗は叫んだ。
彩香は拳が砕かれた兄と寄り添う弟へ視線を向ける。
「あれも、あんたたちの身内?」
「ペドロ兄さんは、我々兄弟、いや一族中で一番の強者さ。そして目的はこれで達せられたよ」
拳を抑えつつ立ち上がったミゲルの言葉は聞き捨てならないものだ。
「どういうことですか」
円眞の問いに、傷からの激痛が止まないはずのミゲルに笑みをもたらした。
「我々の目的は黎銕円眞じゃない。初めから和須如黛莉だったというわけさ」
全く不意を突かれた円眞を初めとする一同だった。
囚われの黛莉も驚きを隠せない。
「なぜ、黛莉さんを?」
訊くは円眞だ。
能力者ほど能力をもって一般人殺害した事例を擁護する者は許しておけないはずだ。自らの立場を守るためと、犯罪人を罰した名声を得られる機会である。
現にずっと狙われ続けてきた。殺人が不問とされる『逢魔ヶ刻』を外してまで、暗殺へ乗り出してくる能力者たちだ。円眞が経営する店を通常の時間に爆破してまで抹殺を謀ってきた。
だが彼らは違う、と言う。
「和須如黛莉は、逢魔街において『サイキョウ』とされるスキルを持つ女性だ」
ミゲルのニュアンスに、円眞に限らず他の者たちの胸にも同様の疑念が巣食う。『サイキョウ』の意味を取り違えていないか、と。黛莉の場合は『最強』ではなく『最凶』である。優れた力ではなく、手に負えない気質が噂の根幹を為している。誤解していそうな気がしてならない。
仕方なしといった感じで夬斗が口を開く。
「おいおい、兄としてこういうのもなんだが、あれ、相当、面倒な女だぞ。なにせフラれた男の家を平気でぶち抜きに行くくらいだからな」
「ちょ、ちょっとー、みんなの前で何てこと言うのよー。このバカアニ……兄さん!」
黛莉にすれば、敵に拘束される大ピンチさえ差し置く夬斗の余計な発言らしい。
現にエンゾがその幼い顔立ちに不安を湛えて、兄の袖を引っ張っている。
ミゲルも弟と同様な面持ちであったが、不安を振り払うように強がった。
「だ、大事なのは所有しているスキルなんだ。例え和須如黛莉がとてもヤバい女かもしれないが、我々の問題はそこではない」
「ちょ、ちょっとー、失礼すぎない。あんた、あいつらのアニキなんでしょ。いくらなんでも、あの言い方、注意しなさいよ」
黛莉は自分の首を掴む巨漢の長兄へ喰ってかかっていく。しゃべれるだけの絶妙な力加減から安全を計算した行為だった。
実際にペドロは謹厳実直といった声で、黛莉の言われた通りにする。
「おい、ミゲル。女性に対して失礼だぞ。父に言われてきただろう、我らスキルを得た者の間では、なぜか男は女に頭が上がらなくなるから覚悟しておくものだと」
「わかっているさ、兄さん。どんな酷い女性でも、結局は男が頭を下げるしかないんだろ」
ちょ、ちょっと! フォローどころか却って酷いことを言われているようで黛莉が唇を尖らせている。
「なんか、あいつらの話し。他人事じゃなくて笑えないな」
誰ともなしに呟いた夬斗は、つい目を向けてしまった。
「なによ、夬斗。えんちゃんまで、もう」
あざとい彩香が気づかないはずもない。
肩を竦める夬斗に、気まずそうな円眞だ。
「ほらほら、のんびりせずに、早く和須如の妹を助け出す算段せんといかんぞ」
微妙な空気が流れている円眞たちの元へ、絶妙のタイミングで姿を現した者たちがいた。たしなめてきた杖をついた老人と、小柄な老人だ。華坂爺と多田爺であった。
はい、と素直な返事をする円眞だ。
空気は立て直された。けれども能力を無効化する相手であれば、立ち向かえる者は限られている。
駆け出すは、彩香と内山爺だ。ただ二人ともさほど歩を進めないうちに、武器を取り出した。
ミゲルとエンゾが前に立ち塞がったからだ。
彩香が抜いた刀にエンゾのトレンチナイフが迎え撃つ。
内山爺のほうは意表を突かれた感じだ。メリケンサックをはめた拳を繰り出したというより防ぐためだった。明らかに相手は利き腕でない左で攻撃を仕掛けてきた。
気迫を漲らせたミゲルが拳を突き出しながら叫ぶ。
「ペドロ兄さん、行ってください。ここは自分とエンゾで命を捨ててでも食い止めます」
おまえたち……、とためらうペドロへ、ミゲルはいっそう力を込めて言う。
「我ら一族のために、より凄いスキルを持った者を必要とします。そのためにも和須如黛莉を連れて行ってください」
「おぬしら、なぜそのような気の長い話しを思いついたんじゃ」
杖をつく華坂爺が、円眞の想いを代弁してくる。
「こんな街で閉じこもっている貴方たちにわからないだろうけれども、スキルを持った人間が生きていくのは大変なんだ。一般のなかで我々が浮上することは、まずない。しかもあのセデス・メイスンをスキルで殺害した犯人を同じスキル獲得者が庇っている。この事実がどれだけ我々能力者の立場を悪くしたか、想像もつかないみたいじゃないか」
円眞は重い衝撃を受けていた。