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第1章:碧の瞳ー006ー

 雪南(せつな)はいきなり肩ごと円眞(えんま)に、かき抱かれた。線が細い見た目からは想像つかない腕の力強さに、ドキリとしてしまう。思わず頬を染めた。


 即座に悠長な事態ではないことを悟った。


 円眞に激しく抱き寄せられた胸の中から、雪南は覗いた。碧い瞳が捉えたのは、これまで見たことがない異様な人物だ。

 人物? いや違う。口だけがある、文字通り真っ黒なヒトの形をしたものが両腕を広げてつかみ掛かってきている。

 ヒトの形? それもまた違う。背中には蝙蝠の羽に似たものが生えており、頭と思しき場所に二本の突起物がある。とうてい人間とは思えない。

 黒き人型の怪物たちが襲いかかってきていた。


 雪南を左手で抱く円眞は右腕を振った。

 複数あった黒いヒト型の怪物は一閃の下に全てが切り裂かれた。瞬時に消滅していく。


「おおっ」「さすがじゃ、エンくん」「やはりワシらが見込んだことはある」

 ジイちゃんズがやんや喝采を送っている傍で、雪南は耳にした。


「血の匂いに誘われたか」


 はっ、とさせられるような声だった。雪南は思わず動くようになった首を上げる。低く鋭い響きは、今の今まで相対していた人物と明らかに異なっているように感じたからだ。


 うわっ、と円眞がいきなり叫んだ。

「ごごごご、ごめん」

 つい抱きしめていたことに気づいた円眞だ。慌てふためいて雪南を引き離そうとする。顔は真っ赤だ。


 どうやら思い過ごしだったか、と思う雪南は、円眞へこのまま投げ出さないよう注意を喚起する。恥ずかしさの余りなどといった理由で放り投げられてたまらない。

 ももももちろんさ、と怪しげな円眞の回答に、雪南としてはやれやれだ。急ぎ訊かずにはいられないこともある。


「なんなんだ、あれは。それに円眞のスキルは短剣でないのか」

「この頃、この時間帯になると出てくるようになった怪物なんだ。ホーラブルなんて呼ばれ出しているよ」 


 そ、それと、と円眞は右手に具現化した短剣を雪南の目前にかざす。もう一つの問いに対してであった。

「この時間だけ刃を伸ばすことが出来るんだ。逢魔街(おうまがい)における不可思議現象については知っている?」

 雪南はうなずいて見せる。ここへ来るならば、というより、もはや全世界で知らない者はいない事象だ。


 東京都心のある地域に限って、夕方のみに起こる怪現象。ヒトの意識を狂わせることもあれば、才能を開花もしくは極限まで発揮させる。予想だに出来ない影響を、ここで過ごす者へもたらすことがある。

 逢魔街。決して解明を許さない神秘な影響力を夕刻にだけ示す。

 円眞が発現させた短剣へ、逢魔ヶ刻(おうまがとき)は刃に変化の能力を付与するようだ。


「だから雪南も逢魔ヶ刻に試してみればいい。すごい力になるかもしれないよ」


 円眞のアドバイスに、雪南は素直にうなずきかけて慌てて止めた。

 円眞にすれば危険性が増す話しだった。殺すと言っている相手が逢魔街の恩恵で甚大な力を有したら、と考えないのか。自信の表れとするには、人物像が透けすぎている。

 自身には頓着しない男だ。

 雪南は標的の人物を、そう結論づけた。しっかり見ていなければ危ない。だから提案されたおんぶへ素直に従った。


 円眞は雪南を背負って立ち上がれば、取り敢えず店へ行くと言う。

 これからどうするか、彩香(あやか)彩香を交えていろいろ話し合わなければいけない。

 しかしながら何も知らないジィちゃんズである。わくわくといった調子でゴシップへ結びつけてくる。


「エンくんに、カノジョか。ようやくオトコになると思うと、感無量じゃて」


 杖を突く華坂爺(はなさかじぃ)のしみじみとした顔つきと口調だ。

 あまりにも本気が感じられたから、円眞としては黙っていられない。背中の雪南に誤解されたら困ってしまう。


「そ、そんなんじゃありません、ボクは」

「けれど、うっちーはエンくんの歳には四桁はいってましたぞ」


 自分のことを愛称で呼ぶ内山は告白後に、ほっほっほぅーと笑い声を立てた。

 同じジィちゃんズの多田が呆れている。


「何を自慢にならないことを偉そうに言っておる。エンくんのカノジョがダダ引きしておるぞ」

「だ、だから雪南はそんなんじゃないですって」

「でもエンさん。名前で呼び合うくらいですから、どうやって知り合ったかくらいは教えていただきたいところです」


 会話に割って入ってきた寛江(かんこう)は、ジィちゃんズと違ってとても慇懃だ。

 乗せられる格好で、つい円眞は丁寧に経緯を報せてしまった。

 楽しみにしていた商品の受け取りに訪れた三人の老人である。しかもジィちゃんズと呼ばれるくらいクセの強い連中だ。

 この直後に起きた一悶着に、円眞はまた神経をすり減らす羽目へ陥っていく。


 だから遠いビルの屋上で、朱く染まる西空を背景に視線を送ってくる四人の影などに気づけるはずもなかった。

 況してや、その内の一人がである。意味深な呟きなど耳にする寄る辺もなかった。


 見つけたぞ、と微かながらもはっきり響いていた。

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