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第10章:真実の紅ー009ー

 ノウルの軽い所作であったが、決着が付くはずだった。


「なにっ!」


 ノウルが思わずといった調子で叫んだ。初めて見せる激しい揺らぎだ。


 真紅の瞳の円眞(えんま)がつまらなそうに言った。


「なんだ、まだ気づいていなかったのか。我れはとっくに首に巻きついた能力糸など外して、そこらへんに捨て置いたがな」

「ば、バカな。私の鋼系は肉眼でも感触でも捉えられないはず……」


 慌てふためくノウルへ、円眞が憐憫と冷たさが入り混じった眼差しを送った。


「キサマの糸など見えずとも存在が知れるぞ。我が親友が放つ能力糸の足元にも及ばない粗雑な代物だ」

「ならば、これでどうです」


 ノウルは掲げた両手を振った。

 戦車など忽ちにして微塵切りしてみせる能力糸を放つ。逃れられないよう四方から覆っていく。黎銕円眞の肉体は見る影もない破片となるだろう。

 勝利を確信するノウルは見据えた真紅の円眞が微かに動かす唇を読んだ。


 愚かな、と。


 それがノウルにとって今生との別れを告げる合図となった。

 頭だけが宙を舞えば、カソックに似た服装に包んだ胴体が地面へ倒れる。切り口である首の付け根からの緋い噴霧が周囲を濡らしていく。

 全てを切り裂く円眞の伸縮自在な刃によって、異能力世界協会から派遣された精鋭たちは全滅させられた。


「さて、残るは無力なキサマだけだが、我れの言うことを聞くならば助けてやってもいいぞ」


 刃を元の長さへ戻す真紅の瞳の円眞の、いかにも慈悲といった物言いだ。


 エリート街道を歩んできた壬生(みぶ)には、得体の知れない相手による上から目線が我慢ならない。まだ苛立てるほど秘策を秘めていた。こうした状況下になって命乞いするは、むしろ向こうなのだ。


「許しを乞うは、貴方のほうこそですよ、黎銕円眞(くろがね えんま)


 守護する能力者を失っても変わらない壬生だ。強気を崩さぬまま続ける。


「ご遺族の要求に応える映像は撮れませんでしたが、ここで行われた一連の顛末を届けることでご納得していただけるでしょう。特に高慢な敵の最後は詳細な解説付きとさせていただきますよ」

「ああ、その件だが、キサマは思い違いをしているぞ。手元の映像を確認してみるがいい」


 なにを、と壬生は思いつつも手にしたカメラを作動させる。言われれば気にはなる。

 巨体が突進していく姿が映し出されてくる。ラウドが円眞へ向かっていく。


 ん? 壬生は不審げに眉を寄せた。

 遠目から撮影していたはずだ。にも関わらず、ラウドを正面から捉えている。巨体が向かってくるあり得ない構図だった。

 おかしい、と壬生が感じる間もなく次の異変に気がついた。

 映っている人物がラウドではない。撮影していたはずの壬生自身がカメラへ向かってきている。

 顔がどアップになった。

 眼球が飛び出してくる、鼻を中心にして横裂けする。血肉をぶち撒けて、壬生の顔がぐしゃぐしゃにひしゃげていく。


 ひぃ、と壬生は小さな悲鳴を上げてカメラを放り投げた。


 わかっただろう、と真紅の瞳の円眞だ。


「人類ごときが、この街を解明などとおこがましい限りだ。素直に我れの言うことを聞いて、引き返すがいい」

「冗談じゃない。確かに我々の調査は甘かったかもしれませんが、貴方の始末だけは確実に行わせていただきますよ」


 壬生は毅然と返す。しかしながらである。

 ほほぅ、と真紅の瞳の円眞はむしろ楽しみだと言わんばかりの反応だ。

 いきり立つ壬生は指をさす。この地を囲む三方に建つ高層マンションをなぞるように動かしながら叫んだ。


「あれら全ての階に控えたスナイパーが貴方に狙いを定めていますよ。対スキル用を施した弾丸でね。防ぎきれますか、何百という数から」


 しゃべっているうちに自信が深まったようだ。言い終えた壬生は、笑みを振り向けるほどだ。

 だがその笑みも、すぐ不審へ変わっていく。 


 円眞が両手の短剣を投げ捨てたからだ。観念するなど、短いやり取り中でもあり得ないと判断できる。第一、顔つきから態度まで傲岸不遜を貼り付けたままだ。


 むしろ嫌な予感がする。根拠なしの不安が壬生の胸に渦巻く。


 面倒なことだな、と円眞は呟けば真紅の瞳で遠くを見遣った。


「今日で我れの休息も終わりとなるか。まあ、もう頃合いかもしれぬな」


 何を、とまでは口にした壬生だ。言っているのです、と続けかけた言葉は注視していた相手の変容に呑み込まれた。


 真紅の瞳の円眞が下げた右手に握る柄を現出させた。発現系の能力者であれば、別におかしなことではない。

 驚くべきは、柄に続いて現出されたその刃にあった。

 赤く燃えるようだ。いや、ようではない、燃えている。火が刃となっている。

 火の剣だった。


「ば、バカな。スキルとはあくまで人類が生み出した物質から発生なはず……」


 信じられないとばかりの壬生だ。

 スキルと呼称している異能力は、人類の手によって作り出されたものに基づく。発明された武器の能力を拡張か強化、もしくは現出させるのいずれかであるはずだ。

 火などという、惑星元素を己れの異能として操るなど世界の例と照らし合わせるならば……。


「……神しか……」


 壬生は自身の呟きに震える。もしかして自分は大変な間違いをやらかしてしまったのではないか……。

 取り返しがつかない真似を仕出かした人間が、パニックのあまり無作為な行動へ走ることは往々にしてある。現在の壬生がそうだった。胸元から指示用のレシーバーを取り出して、叫んだ。


「撃ちなさい、今すぐ、黎銕円眞を抹殺しなさい」


 撃鉄が落ちる何百という響き。それと同等の発射音が立つ。同数の弾丸が飛んでくる。

 一発でも当たれば、標的を仕留められるはずだ。


 ふっと口許を緩めた真紅の瞳の円眞が、剣を振るう。

 火の刃が渦を巻く。瞬時にして、巨大な火の旋風を起こす。

 剣先が渦巻く炎となって呑み込んでいく。

 発射された弾丸も、高層マンションから狙い撃った何百という狙撃手も。

 炎の竜巻は一帯を呑み込んでなお、夕焼け空へ舞い上がっていく。


 逢魔ヶ刻(おうまがとき)を彩るに相応しい紅の旋風が上空へ上がっていく。


 これを遠目に認めた街の住人のいずれもが感じた。 

 無法となる彼の地へ訪れた、何かの狼煙。これから何かが起こる。目にした逢魔街の住人は一様に漠然とした胸騒ぎを覚えていた。


 火の剣戟で灼かれた一帯は静寂へ落ちていた。


 コトリ、石塊一つ転がる微かな響きが届く範囲は死の匂いで充満していた。

 刃に貫かれた痕を残す黒焦げの屍体が外廊下に累々と軒を並べている。しかしあれだけの炎に巻かれたにも関わらず、建物に灼けた跡はない。物が吹き飛んでいるだけだ。

 死以外の大きな変化はもたらされていなかった。


 ううっ、と資材へ突っ込んだ壬生がうめく。

 爆風によって、したたかに背を打ちつけていた。でも運が良かったと解釈できなくもない。なにせ多勢の生命が失われたなかで、たった一人かすり傷で済んでいる。

 だがこの場にあって逃れられるはずもなかった。


 ここには真紅の瞳の円眞がいる。


 ざくっ、と壬生の肩を貫く白銀の刃があった。激痛に悲鳴を上げた身体が曳かれていく。

 縮んでいく刃と共に運ばれていく壬生は、串刺しのまま宙に停止した。刃を自由に発現させ、伸縮を自在とする当人の目前で。


「我れが何を言いたいか、わかるな」 


 有無を言わせぬ響きに、壬生は必死に何度も首を縦へ振った。



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