第10章:真実の紅ー007ー
真紅の瞳の円眞は、残りの者たちへ向き直った。
「もうわかっただろう。貴様らが我れの要求を呑めば、サミュエルの誼で助けてやってもいい」
「てめぇーなんぞの言うことなんか、誰が聞けるか。エルズを殺られて、誰が引くか」
怒り煮えたぎるラウドにも、真紅の瞳の円眞は相も変わらずだ。
「仲間がやられたら個人の復讐へ走るとは、貴様らの正義も大したものではないな」
「うるせぇー、エルズは俺の……」
言葉を切ったラウドはパウルへ目を向け、そしてノウルへ聞こえるよう言った。
「タクティクスDでいく。頼んだぜ」
「待ちなさい、ラウド。それは本当に最後の作戦です。それに彼を倒すなら私が……」
慌てて止めに入ったノウルを、ラウドが遮って言う。
「その最後が今じゃねーのか、違うか?」
ラウドの決意に、ノウルは言葉が出ない。
「俺たちの正義が、あんなヤツに言われっ放しじゃ、エルズも浮かばれねー。ただ殺すじゃ、ダメだ。いかに命を賭けてやっているか、思い知らせてやらなきゃな」
わかった、とパウルが即座に反応した。素っ気なくも真情がこもっている。
壬生さんよ、とラウドは呼ぶ。エレファントナイフを肩にもたせかけていた。
「予備のカメラはあるよな。それで撮ってくれねーか。俺の最後を」
わかりました、と壬生が応じた。心底から感銘を受けているふうだ。
「俺たちが、どれほどの志しでやっているか。思い知らせてやるぜ」
壬生がカメラを構えると同時に、ラウドは突進した。
うんざり顔で真紅の瞳の円眞は、向かってくる巨体へ右腕を突き出す。手にした短剣の刃を伸ばした。
凶刃を寸前でかわすラウドは、宙にあった。
大柄な体格に似合わぬ身軽さだ。相対す者が抱くイメージの意表を突く特性を活かした動きであった。
ラウドは真紅の瞳の円眞の背後へ回り込むに成功する。
それは生命の最後を意味していた。
背に回った途端に、ラウドの背を突き抜けた刃があった。真紅の瞳の円眞が逆手に持ち替えた短剣の刃を伸ばしたからだ。
ラウドの中心を刺し抜けば致命傷に違いなかった。
愚かだな、と呟く円眞の首に、太い腕が巻かれた。
「かかったな。こちとら命がけでやってんだ」
最後の炎を燃やしたラウドが、もういっぽうの腕も回した。背後から円眞を完全に拘束した。
「てめぇーがどんなに強かろうと、俺たちには信念がある。人類を守るという正義がな」
「借り物の綺麗事に酔いたいため、信じ込んでいるだけではないか。くだらん」
「てめぇーの減らず口も俺と一緒に消えてもらうぜ。パウルの貫通矢は当たれば、ひとたまりもないはずだからな」
反駁を終えた途端、ラウドは血を吐いた。それでも飛んでくる四本の矢を認めれば、うっすら笑みが溢れる。
エルズ、と懐かしむようにラウドが口にした。
「哀れだな」
ふと漏らした真紅の瞳の円眞が上体を倒す。大した動作ではなかったが、ラウドの腕は振り解かれた。巨体が投げ飛ばされた。
宙を舞うラウドの背へ、次々に貫通矢が命中する。巨体を抉って突き抜けていけば、ぱっくり開いた四つの穴がトドメと刺した事実を物語っていた。
パウルは息を呑んだ。だが意図せず仲間を射った事実を吟味する時間は与えられなかった。
向かって飛んでくるラウドの巨体が斜めに切り裂かれる。それが自身にまで及んでいたことを気づいたのは、予期せぬ視点の移動からだ。
剣に付いた血を振り拭う円眞の姿を、斜め下へ落ちながらで目撃していた。自分もまた斬られたとする自覚が、パウルにとって最後の意識だ。どさり、斜めに真っ二つになった小柄な身体が地面へ落ちていった。
「その程度では怪力に値しないと、我れは教えていたはずだぞ。実力を測れず、感情でどうにかなると思ってやってきたならば、余程これまで運が良かったとしか考えられん」
真紅の瞳で葬った相手を眺める円眞は、憤然としていた。
むしろ仲間を殺され、ただ一人だけ残った者のほうが平然としている。
「確かに、そうかもしれませんね」
あまつさえ同意まで示すノウルだ。
なにを、と部外者である壬生のほうが怒りを見せていたくらいである。
「黎銕円眞、いえ、黎銕円眞様。どうか今一度、ご検討を願えませんか。我々と共に歩むことを。幸いにも会長と昵懇であられるご様子。貴方様のチカラは三人を失っても、なお余りあります」
ノウルの熱心な口説きだ。
なにをバカな! と壬生がいきり立ったところで、当人から返事があった。
「別に、我れは構わんがな」