第10章:真実の紅ー006ー
真紅の円眞の言葉にノウルは一瞬声を失ったものの、忽ちにして気色ばむ。珍しく感情を乗せた態度で喰ってかかってきた。
「ふざけないでください。我らの会長を愚弄するなど許しませんよ。いったい貴方が何を知るというのですか」
「そういえば、サミュエルには従順な義理の妹と弟がいたな。アイラとマテオは未だ息災か」
「ど、どうしてその名を。その存在は、一部の者しか知らないはず……」
動揺するノウルに、真紅の瞳の円眞は鼻で笑うように言う。
「身元を不詳にしたがる男を信じ込むなど、相変わらずおめでたい連中で占められているようだな、おまえたちの組織は」
「うるせぇー、俺たちは世界の秩序を守る力がある。スキルも何も持たない人間とは違うんだよ!」
「スキルなどと言っておるが、少しばかりおかしな力にすぎん。我れからすれば、貴様らも何ら価値のない人間と一緒だ」
ラウドのかみつきに、真紅の瞳の円眞が淡々と切り捨てる。
決裂は必然だった。
感情を表に出さないタイプのノウルが低く絞り出してくる。
「黎銕円眞の首を落とすのは簡単です。けれども楽に殺すわけにはいかなくなりました。我らがどれほどのものか、思い知らさなければ会長に顔が立ちません」
「了解だぜ」「そうこなくちゃ」「ああ」
ラウドとエルズ、パウルの三人は三様の返事を返す。前へ出ていく。
真紅の瞳の円眞と、三人は対峙した。
「ほぅ、本気を見せてくれるというのだな。期待しているぞ」
三人からすれば、いちいち癇に障る言い回しをしてくる。しかも口にしている当人に全く悪びれないところが余計に腹が立つ。こうした輩には実力で解らせるしかない。
三人は目配せを交わすと同時だった。
パウルの矢が放たれる。
四本が揃って飛んでいくその直ぐ後ろに、ラウドがエレファントナイフを掲げて迫っていく。巨漢に似合わない素早さだ。
矢と刃の同時攻撃だった。
真紅の瞳の円眞は両手に発現された短剣で迎え撃つ。パウルの矢を薙ぎ、残る一方はラウドの戦斧を受け止めた。
両手が塞がった真紅の瞳の円眞へ、ラウドの背後から姿を現したエルズが双剣をもって襲いかかる。
エルズの特性は早い剣さばきにある。パウルが放った矢は粘着質が仕込まれていれば、払う短剣にまとわりつく。ラウドが渾身の力を込めて振るったエレファントナイフは受け止めるだけで精一杯だろう。
ほんの僅かでいい。手を塞いだ状態にすれば、迎撃不能な間があれば、エルズの両手にする長剣が相手を貫く。
誤算は、ラウドだった。
怪力をもって振り降ろされた大柄な戦斧は受け止めるしかない威力を秘めているはずだ。だったが、小さな刃に押されてしまう。短剣に力負けして振り払われた。
右手の短剣が空けば、エルズの攻撃へ対応可能だ。繰り出される双剣の突きも、全て短剣が凌いだ。
一旦退がって間を取るしかない三人だった。
「見事なフォーメーションだったな。だが個々の力が足りん。これからは能力の研鑽に励むか、相手の力を見誤らないようにするがいい」
真紅の瞳の円眞の、教えるというより憐れむように告げてくる。
ふざけるなっ! ラウドが激昂する。
「てめぇの御託なんかに信じられるか。俺たちはWSAの中でも特に選ばれた者なんだ。過小評価して気持ちを挫こうなんてする手には乗らねーぞ」
「キサマは怪力自慢らしいが、雪南とか言う女の代理人体が放つ戦斧より遥かに軽いぞ。いやそれ以前に、その程度ならこの街にいくらでもいる。一度、逢魔街で揉まれてみればよく解るだろう」
なに、とラウドが我慢ならんといった顔をした横で、飛び出す人影があった。
「いけません、エルズ。一人で行っては」
ノウルの制止も振り切って、気合いの声と共にエルズは双剣を振るう。
常人の目には止まらない剣さばきも、真紅の瞳の円眞には短剣で対応しつつ口を開く余裕があった。
「感情に走るとは、未熟は能力だけでないようだな。実力も弁えず一人で我れに向かってくるなど、身の程を知らずもいいところではないか」
「それは最後まで防ぎきってから言いなさいよ」
怒りに震える妖艶な美女へ、真紅の瞳の円眞は冷然と返した。
「貴様の太刀など、我れの保護者である女に比べれば、鈍重にもほどがあるぞ。しかも、まだ剣を振るっているつもりなのが、哀れな限りだ」
なにを、と言いかけたエルズは自分の両脇で立つ音を聞いた。地面へ落ちる乾いた金属音の響き。それが長剣を握った腕ごとと認識すれば、激痛が襲う。
失った両腕の付け根から血飛沫が舞うエルズは、がくりと膝が落ちる。断末魔の絶叫を周囲一体へ放っていく。
その横面へ蹴りが入った。吹っ飛ばされて地面に転がるエルズはすでに事切れていた。
エルズ! と残りの者たちが叫ぶ。
トドメに蹴りを見舞い悲惨な死を演出した相手は、なお傲然としていた。
「我れがこれほど忠告してやったのだ。聞けぬならば、当然な報いだな」