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第10章:真実の紅ー004ー

 右腕に雪南(せつな)を抱えた円眞(えんま)だ。瞳は薄ら赤い色を放っている。左手にした剣の刃は短剣ではない長さになっていた。


 怯むことなく黒づくめ装備の者たちが一斉に襲いかかった。


 円眞が左腕を振るう。

 手にした剣の刃がどのような形状であったのか。傍からでは確認する暇もなく群がった黒づくめの者たちは一人残らず吹き飛ばされた。


「どうやら伸縮は長さだけではないかもしれません」


 分析するノウルが、壬生(みぶ)へ目を向ける。見られた相手は畏まって背筋を伸ばす。


黎銕円眞(くろがね えんま)の能力は解明までに至っておりません。壬生さんのご期待に添うよう我々も努力いたしますが、処理の仕方における判断はこちらに任せていただけませんか」


 お任せします、と壬生は先ほどと打って変わって素直に応じる。


「そういうことだ、わかったな、ラウド、エルズ、パウル」


 へいへい、とラウドが両刃にも関わらずエレファントナイフを肩に載せる。面倒ねー、とエルザは少し気怠そうな返事だ。パウルは無言でうなずいていた。


「よっしゃ、じゃ、いくとするか」


 号令をかけたラウドの両脇に、エルズとパウルが並んで進む。 

 ちらりエルズは背後のノウルと壬生を見てから、肩を並べている仲間にしか聞こない声で言った。


「ノウルも策士ね〜、あのいけすかないヤツを完全に掌中へ収めたじゃない。いつもなら真っ先に自分でやるくせに」

「そこが我らのリーダーさまだな。これでヤツらにも恩が売れるじゃねーか」

「あら、勝ちが前提? 自信満々ね」


 答えたラウドへからかうような妖艶な笑みを浮かべたエルザだ。

 筋骨逞しい大柄な男は不敵な笑みで応えた。


「俺らが負けるはずがないだろ。それにもうアイツ、黎銕といったか。ここへ来た時点でノウルの手に落ちてんだからな」


 だからさっさと殺らねーと俺らの楽しみがなくなるぜ、とラウドの付け加えに、エルザどころかパウルまでもうなずいていた。

 円眞によって黒づくめ集団が吹っ飛ばされるなかへ辿り着けば、ラウドが叫んだ。


「おい、おまえら、どけ! 後は俺たちがやる」


 怒声にも似た命令一下に、黒づくめ集団は瞬時に退く。

 黒き襲撃の波が退けば、円眞と異能力世界協会から派遣された精鋭三人の対峙となった。


「おまえ、黎銕とか言ったか。まだその女片手に、戦う気か」


 ラウドの問いかけに、円眞は答えない。それが返事だった。


「すげぇー甘ちゃんか、それとも俺らがよっぽど舐められているのか。どっちにしろ思い知ることになるぜ」


 やれやれといった口調のラウドが言い終わるや否やだ。

 巨大な戦斧であるエレファントナイフを振りかざして迫っていく。

 円眞は左手に持つ剣を、振り降ろされる襲撃を迎え撃つべく頭上へ掲げた。


 不意にラウドの大柄な身体が消えた。


 代わりに三本の矢が目前にまで向かってきている。ラウドを隠れ蓑して迫ってきていた。

 円眞の剣は寸前で斬り裂いた。

 前とは違い何の変哲もない矢に見えたが、斬った先から勢いよく粉が噴き舞う。


 むせた円眞のすぐ近くで、苦鳴が上がった。

 雪南が肩から血が飛び散っている。

 両手のロングソードを振り降ろしたエルズの酷薄な笑みも窺えた。


 円眞は後退しつつ、叫ぶ。


「相手はボクなはずだ。雪南を狙うなんて卑怯だぞ」

「大事そうに女なんか抱えていたら、狙って当然だろ。狙わせているのはお前だ。まったくがっかりさせられるばかりだぜ」


 ラウドは興味を失った顔で振り返った。壬生さんよー、と呼んだ。


「これからアンタたちの望み通りにしてやるよ。準備しな」


 壬生からの返事も待たずラウドは、円眞へ向かっていった。

 体格に似合わず敏捷な相手だ。円眞は矢の危険に注意しつつ、迎え打つ。

 円眞の剣は、ラウドのエレファントナイフを受け止めた。巨躯に相応する重い撃ち込みだ。だが先ほどと違い、吹き飛ばされることはない。互角以上の剣戟戦へ持ち込めそうだと思った矢先だ。


 がくり、円眞の膝が落ちた。


 逢魔ヶ刻(おうまがとき)における変容の恩恵を得たと思っていた円眞(えんま)だから焦りが隠せない。余裕を失えば、地から上がってくる足にも気づけなかった。


 円眞の顎が、ラウドに蹴り上げられた。

 宙へもんどり打てば、右腕の雪南(せつな)も抱えきれない。

 地面へ這いつくばった円眞は、手離してしまった少女が地面に転がる姿を認めた。


「……雪南」


 円眞は異様な身体の重さを感じていた。それでも懸命に右手を伸ばす。

 その手を容赦なしに踏んづけられた。


「今度の弛緩剤は、大した即効性だな。完璧とまではいかなかったみてーだが」


 踏みつけるラウドが冷たい目で見降ろしてくる。

 くっ、と悔しげにうめく円眞だ。斬り落とした矢に仕込まれた用意周到さに、まんまとハメられた。


「さて、さんざんナメられたお礼はさせてもらわないとな」


 ラウドは顎をしゃくる。

 黒き装備の者が一斉に円眞と雪南に群がった。二人の手足を押さえつける。

 この場に不似合いなサラリーマン然したワイシャツ姿の二人もやってきた。雪南へ向かっていく。うち一人はカメラ片手だ。


「これからてめぇーの甘さが招いた結末を、じっくり目に灼き付けるんだな」


 ラウドの無情な宣告に、円眞はこれから何が行われるか理解した。


「や、やめろ……雪南には手を出す……」


 円眞の言葉が止まったのは、踏みつける足にいっそう力がこもったからだ。苦鳴は挙げないものの、相当の痛みが走っているに違いない。

 ふん、といった調子でラウドは足をどけた。くるりと背を向ければ、最後とばかり吐き捨てた。


「敵は殺したくねー、女は離したくねー。それで何とかしたいなんて、ただの過信か、現実が見えてねーバカだ。これは、てめぇーが招いたことだ、黙って、見てろ」


 言い終えたラウドは後ろへ気を向けることはなかった。

 横にはエルズにパウルが歩調を合わせている。行きと同じ形を取っての退場だった。


「あーあ、ホント、くっだらねー相手だったぜ。今度は、こんな胸くそ悪い仕事でないやつ頼むぜ」


 ノウルと壬生(みぶ)の前まで戻ってきたラウドの開口一番だった。


「なにをおっしゃいますか。メイスン氏の遺族のためにご協力いただき、私からも感謝を言わせてください。本当にありがとうございました」


 感激する壬生は両手でラウドの片手を取っては何度も振る。エルズはこの様子に肩を竦めていた。


 少し離れたところでは、壬生の部下の一人がカメラを構えていた。もう一人はズボンを降ろした。雪南をまず陵辱するシーンの撮影だ。なぶり殺しが開始されようとしていた。

 や、やめろー! 発声さえ不自由なはずの円眞が叫ぶ。


 感銘を一ミリとて受ける者はいなかった。


「我々組織は手を差し伸べたのですよ。自業自得です」


 ノウルが冷たく言い放っている。

 仰向けにされた雪南。両脚を広げられた格好で押さえ付けられている。

 ズボンを脱いだワイシャツの男が伸しかかっていった。


「円眞、見ないでくれ……」


 雪南はじんわり涙が浮かぶ碧き瞳を閉じる。届けたい相手へ届かない小さな声だ。

 これが罰だ。そう思っても雪南の胸は引き裂かれそうだ。今すぐ殺して欲しい、円眞に辱められるところを見られるならば、いっそ……。


 雪南は舌を噛もうと思った、その時だった。

 不意に生ぬるいものが顔へ降ってきた。憶えのある匂いと感触に目を開けた。


 自分を犯そうとした相手は、首を失っていた。

 生ぬるいものの正体は、血だ。やはりとはいえ、雪南は驚きを隠せない。


 首なし屍体が、どさりと覆い被さってくる。人物次第では発狂しかねないシチュエーションだ。

 血だらけの屍体が転がる道を歩いてきた雪南が恐怖することはない。ただ重くて邪魔だから、反射的に払い除けた。

 首なし屍体が横へ転がっていく時点で気づいた。

 自分の両手が自由であることを。

 腕ばかりではなく脚も拘束から解けていた。


 雪南は自分を押さえ付けていた連中を確認すべく周囲を見渡した。


 取り囲んでいた黒づくめ装備の者たちの悉くが、首なし屍体だった。分離した頭と身体が血を流して転がっている。血の池が形成されるほどの量が流れていた。

 雪南は血で濡れた上半身を起こす。


 手が差し伸べられてきた。


「おい、立てるか」


 雪南は手を伸ばせない。むしろ敵に対するかのように低く鋭い声で問う。


「オマエ、誰だ」

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