第10章:真実の紅ー003ー
黒づくめ集団が手にする武器は棍棒や刃物系といった、ここまで襲撃してきた連中と同等のものだ。能力を込めて威力を上げる強化系に変わりはない。
だが円眞の能力を込めた短剣が切り裂けない。新たな装備で固めた黒づくめ集団には能力が通用しない。
ただただ相手の繰り出す攻撃を受けるだけだ。いずれ力尽きそうな防戦一方な状態だった。
「おいおい、逃げ出そうなんて無理だぜ。あんまりがっかりさせるなよ」
呆れ果てたラウドの的確な洞察だ。
見透かされた意図に、円眞は敵が能力だけでなく戦闘自体に長けていることを知った。実力の拮抗に、手加減など考えられない。
雪南は何としてもこの場から連れ出したい。
円眞は刃を伸ばした。
いきなり短剣どころか長剣でも収まらないほど伸ばした刃は、斬れずとも意表は突いた。群がっていた黒づくめの集団を退かせることに成功する。
雪南を右腕にする円眞が、正面から見据えてくる。手加減は不可能と判断した本気を窺わせた。
おっ、とラウドが心踊らせている。
エルズは舌なめずりするような顔つきだ。
小男のパウルに表情の変化はないものの、ボーガンに特性の矢を仕込んでいく。
ノウルは事態を静観といった趣きだ。
円眞は発現させた短剣を持つ左腕を、自らの顔へ振った。
朱い夕陽を反射させる黒縁に収まるレンズが舞う。
振り払ったメガネから覗く円眞の素顔。多分に幼さを残す顔立ちは、誰の目にも並々ならぬ決意を湛えていた。
対峙する者に容貌からくる侮りを消していく。やがてそれは驚愕へ変わった。
夕陽を浴びる円眞の目に変化を認めたからだった。
円眞の瞳は、黒だ。アジアやアフリカ系人種に一般的分類される色だ。
その黒の瞳孔が燃え盛っていくように彩られていく。
逢魔街における、逢魔ヶ刻が招く奇跡。それを知らぬ者は、もはや全世界にいない。
人間ではあり得ない瞳の異様に、円眞と向かい合う者たちへ緊迫を走らせる。エルズでさえ常に浮かべる口許の冷笑を消したほどだ。敵対の様子に歓迎の趣きがあったラウドからも余裕が消えていく。
シュッ、と空気を切り裂く音がした。
四本の矢が、円眞を襲う。
赤き瞳へ変わってゆくつ円眞は、意表を突いた攻撃を目前で薙ぎ払う。
大爆発が起きた。
景色を覆うほど砂塵が舞い上がっていく。周囲の鼻につくほど硝煙の匂いが立ち込めてくる。バウルが放った矢そのものが強烈な爆薬であった。
「やったか」
ラウドの確認は、喜ぶというよりやや残念そうな感じである。
「困りますよ!」金切り声が響いた。
カメラ片手を加えた二人の男性を従えた、力ずくでぶつかり合う場に似つかわしくないスーツ姿の壬生であった。周囲に憚らずクレームを入れる客よろしく、がなってくる。
「セデス・メイスン氏の遺族からの依頼を忘れたのですか。犯人には、これ以上にない屈辱を与えて始末する様子を届ける約束です。それを可能とする技術をせっかく我々が開発してみせたのに、これでは台無しだ」
顔を紅潮させて言い放った壬生だが、目前のノウルに我へ還る。異能力世界協会から派遣された精鋭四人のリーダーに当たる能力者が、いつの間にか傍へ立っていた。
壬生さん、と呼ばれれば、心臓が冷え切った手で掴まれた気分だ。
壬生は、今さらながら悟った。自分が吐いた相手は、クレーム対応を任された担当者でもなければ、叱責に口答えなどしない下の者でもない。権威と資金力で上の立場へ立っていたつもりだが、相手が同じ認識ではなかったらである。
犯罪が不問とされる時間帯で、力関係はどちらへ傾いているか。
壬生さん、と今一度呼ばれれば、赤かった顔色が嘘のように青ざめていく。
「我々スキル獲得者同士の争いにおいて、躊躇は厳禁です。況してや得体の知れない兆候には全力で当たらなければ命取りになりかねない。一般人である壬生さんらを庇いつつであれば、尚更なのです。理解していただけますか」
壬生は首を落とす作業を、一度で済むところを何度も繰り返した。
しかし壬生さん、とノウルは終わらない。呼ばれた相手は、冷や汗を滴らせるみたいな顔つきになった。
態度があからさまな壬生に対し、平坦な調子を崩さないノウルが告げてくる。
「壬生さんのお立場もあるでしょう。どこまで期待に添えるかわかりませんが、これからは我々なりに努力いたします」
「これからって……」
壬生が疑問を口にしかけて、噤んだ。ノウルが言わんとした光景が目に入ってきたからである。
爆煙から人影が現れた。