第10章:真実の紅ー001ー
いつの間にか目的地へ踏み込む位置まで来ていた円眞だった。
これから造成を控えた土地らしく、砕石や砂利の山が所々にある。重機は片隅に置かれ、本格的な工事はまだまだこれからの様子だ。三方面のさほど離れていない位置に高層マンションがあった。
寛江の調査書にある通り、人を潜ませ迎え打つに最適な場所だった。
ただし見通せる範囲は、一見して数や概要が知れる人員構成だ。
神父かと見紛うカソックにも似た服装の男女が四人に、きっちりスーツを着こんだ官僚然とした男性がいる。
そしてワイシャツ姿の者が、二人。一人はカメラを抱えている。そして、もう一人はズボンを降ろしていた……。
一気に頭へ血が昇っていく円眞だ。
感情を爆発させずに済んだのは、肝心の雪南が見当たらなかったからである。
必死に周囲へ配った目の前へだった。
どさり、と落ちてくる。
シミーズ一枚しか身につけていない半裸だった。顔や剥き出しになった肩や足には酷い痣が出来ている。
膝を折った円眞は、急いで小柄な細い身体を抱き上げた。
雪南、雪南……、と何度も繰り返し呼び続けた。
「おー、おっせぇーぞ。評判のわりには、ここまで来るのにずいぶんかかっているじゃねーか」
四人いるカソック姿のうち、ひときわ大柄な男が粗野に投げてくる。
「愛しの王子様なら、もう少し早く来なきゃダメよね」
からかうように言ってくるカソック姿の紅一点だ。
円眞は怒りに燃える目を向けた。
「雪南に、なにをしたんだ!」
「報いを受けているのですよ」
スーツの役人めいた男が答えた。言葉使いは丁寧だが、口調は傲然といった趣を湛えている。円眞の黒縁メガネに対を為すような銀縁メガネを押し上げた。
「あなたが雪南と呼ぶラーダ・シャミルによって殺害されたセデス・メイスン氏のご家族の悲しみは計りしれません。犯人を八つ裂きにしたいほどの忿懣を、少しでも和らげるべくご期待に添う映像を用意しているわけです」
「この街の、この時間は記録なんて出来ないはずです」
ここで暮らす者ならば至極真っ当な円眞の反論に、相手は待ってましたとばかりだ。
「記録媒体とされる全てがブラックアウトする。けれど、それも今日ここまでです。我々は成功を果たしたのです」
横にいるワイシャツ姿の男に、手にしたカメラの画面を掲げさせた。
防犯もしくは監視で設置されたものだけなく、個人所有の録画機能を備えた機器一切が不能とされる動作を、このカメラは可能としていた。
抵抗しない雪南が一方的に攻撃を受けている映像が流れてくる。大男の殴打を受けるままだ。攻める側も解っているのか、致命傷を突きはしない。あくまでいたぶることを目的している痛めつけ方だった。
ぐったりと地面へ倒れ臥した雪南へ、カソック姿の大柄な男が腕を伸ばす。髪を掴んで引き起こせば、ワイシャツ姿の一人に声をかける。
おい、と促されるままやってくれば、ナイフを取り出す。雪南が着る服の胸元へ刃を当てた。
やめろ、と雪南の叫びが聞こえてくる。抵抗はしない、だからこの服を着たままで殺してくれ、と。
着ていたのは、裾に桜模様をあしらった黒のワンピースだ。円眞が雪南へ初めて買ってあげたものだ。
「どうですか、ついに映像を残すことを可能としましたよ。この街の謎だなんて言っても、しょせん我々の手にかかれば解析不能など……」
まるで自分の功績かのようにスーツの男が揚々としゃべっている最中だった。
ガキンッ、と金属同士が重くぶつかる音が立つ。
映像から雪南のワンピースが引き裂かれる音が聞こえてくるのと同時だった。
しゃべっていたスーツの男も、ようやく気がついた。自分の生命が間一髪であったことを。
「おいおい、能力がない人間が殺せないっていう報告と違うじゃねーか」
スーツの男へ伸びてきた刃を、寸前で手にしたエレファントナイフで防いだ大柄な男の文句だ。
「壬生さん、もうその辺で下がってはいただけませんか」
カソック姿のうち中肉中背の男性が、スーツの男へ声を掛ける。
静かな口調で述べる要請に、壬生と呼ばれた男は声もなく後ろへ退いた。
カメラも切らせた中肉中背の男性が、一歩前へ出る。
雪南を右手に膝を付いた円眞の突き出された左腕を見る。握られている剣の刃は元の長さへ戻されていた。
話しが出来る態勢と判断した男性が口を開く。
「来た早々に感情を煽る真似を仕出かしたことを、まずお詫び申し上げます。ただ不本意かもしれませんが、憤りに駆られた姿が却って、我々に信用を与えてくれました」
思わぬ相手の紳士的な対応に、円眞は出方を窺う。ただし腕の中にある雪南に傷を負わせた張本人だという怒りは消えていない。
黎銕円眞さま、と中肉中背のカソック姿が、だいぶ年齢が下に違いない相手へ敬意を払って自己紹介をしてくる。
エレファントナイフを持つ大柄な男は、ラウド。クロスボウを片手にする小柄な男は、バウル。ロングソードを提げる紅一点は、エルズ。
メンバー紹介をしたリーダー格と思しき中肉中背の男は、ノウルと自ら述べてくる。手にしている武器はない。
「我々はラーダ・シャミルが逢魔街に入ってから、ずっと監視を続けていました。泳がせていたわけです」
「なぜ、そんなことをしたんですか」
話しを聞く意志を示した円眞に、軽くうなずいてノウルは告げる。
「我々の主たる役目は、黎銕円眞。その為人を見極めることだったからです」




