第9章:所縁ー004ー
もはや敵の目を逃れていくなど無理だった。
目的地に近づくに連れ、円眞の行く手を阻む数は増すばかりだ。
対能力用として用意された装備には、円眞が発現させた両手の刃は問題なく対処できた。いつも通り斬り裂けた。
だから円眞の心は痛んでしょうがない。
決して黒づくめ集団は無能ではない。それなりに訓練、もしくは場馴れしている者たちだ。それらが束になって襲いかかってくる。
手加減しきれなかった。
戦意を喪失させる程度の手傷程度で済ませたい。けれど円眞の放つ刃は深く喰い込み、多くの手足を斬り飛ばしていた。
少なくとも重症であり、下手すれば死亡へ至るだろう。
円眞にすれば、父も巻き込んだ鏖殺に次ぐ殺傷ぶりだ。逢魔街の住人となってからは、初めてといっていい凶刃の旋風を吹かせている。
けれども止められない、止めるわけにはいかない。
雪南の身が案じられる、我が身を張って後押ししてくれた人たちがいる。
気に病んでも、立ち止まっていられない。
阻む連中もますます増えてくる。
一気に駆け抜けたい地点へ至れば、黒づくめの厚い人壁が出来ていた。
ここまで予想以上に時間がかかってしまっていた。脇へ逸れたとしても、別の集団による待ち伏せに遭う公算は高い。
押し通すしかないのか。
未だ多くの人へ刃を振るうことに踏ん切りが付かない円眞に代わって、敵の前へ出てくれた人たち。自分がやりたくないことを押し付けてしまっている。
円眞は今さら取り返しがつかない血塗られた手を、再びかざすしかなかった。
覚悟を決めて、両手に持つ短剣の刃を伸ばしかけた。
周囲を圧する銃撃音が鳴り響いてきた。
円眞の前方に集う黒づくめの者たちからうめき声が挙がる。あまりに激しい銃撃に散開していく。
円眞が振り返れば、両手にガトリング砲を軽々と抱えたゴスロリの少女がいた。
「ま、黛莉さん。どうして、ここが」
「アニ……兄さんが予想したクロガネのコースはズバリだわ」
夬斗くん、としみじみ呟く円眞に、黛莉が安堵と不可解をない交ぜにして訊いてくる。
「兄さん、クロガネを止めるため出たはずなんだけど。もしかして、もう会ってるの?」
「と、止めるために来たって言ってた。でも危ないところを助けてくれて、彩香さんと一緒に食い止めてくれている」
「なによ、アニキ。わざとあたしに見つかるように地図を置いてんじゃん」
いつもの調子で呼んでしまったことに気づいた黛莉は慌てて厳しい顔を作った。
つい笑みがこぼれた円眞だが、即座に表情を引き締めて言う。
「ボクは行くよ、黛莉さん。ごめん」
「なに謝ってんのよ」
再び陣容を整えつつある敵に、黛莉は両手のキャノン砲を持ち直した。
「あたしだって、あいつのこと、けっこう気に入ってんだから。助けてあげてよ」
「いなくなれば、自分にとって都合がいいとは考えないのか」
「考えるわけないでしょ。ホント普段は図々しいくせにさ、変なところで悟ってんじゃないわよ、あのバカ」
答えてから黛莉は、はっと気づく。尋ね方といい、声の感じといい、クロガネではない。
まさか、と黛莉が思った瞬間だ。
いきなり肩が抱かれ、口を塞がれた。
塞いだのも、相手の口だ。唇と唇が合わされた。
当初は何をされたか思考が追いつかない黛莉だ。けれども事態を察すれば、顔中が赤くなっていく。この状況下にかかわらず、つい両手の武器を消し去ってしまう。
空いた両手で唇を奪った相手の身体を押した。
黛莉は右の手首を口に当ててつつ、顔中を上気させて叫んだ。
「な、な、なにすんのよ、エンマ!」
「いや、なに。雪南という女とどういう行為に至っていたか、気にかけているようだったからな。これで安心したか」
「バッカじゃないの。もう絶対に、あたしがぶち殺してやるんだから」
そう叫ぶ黛莉は、再びガトリング砲を発現させた。両手にした大型の砲身を構えれば、怒り心頭で告げる。
「だから生きて帰ってきなさいよ。あたし以外に殺されないって、約束だからね」
「わかっている。あの日に誓ったことだ」
返事と共に背を返し、走り出す。躊躇ない行動の移り方が、およそ普段の円眞からは想像し難いものがある。
警戒とは無縁に駆ける大胆な円眞の行動だった。
意表を突かれた黒づくめ集団は慌てて阻むべく姿を現す。
そこへ黛莉のガトリング砲が火を噴く。
敵を誘い出して退けていく見事なコンビネーションだった。
「まったくさ、エンマのヤツ。あたしが撃たなかったら、どうするつもりだったのよ」
遠方へ去りつつあるその背中へ、黛莉は独りこぼす。
無意識のうちに右手のガトリング砲を消滅させていた。
空いた指先で、自分の唇に触れる。ふっと笑みが浮かぶ。
そんな自分に気がついた黛莉は、蒸気が立ちそうなほど赤くなった。なんとも悔しそうとも解釈できる表情へなっていく。
複雑な心中の黛莉としては、気を晴らしたいところだ。幸いにも八つ当たりできる相手は眼前に展開している。
円眞を追うとしている黒づくめ装備の連中へ、ぶっ放す。黛莉の能力によって威力だけでなく終わることを知らない銃撃は、逃げ惑うしかない相手も逃さない。
「あんたたち、一人残らずなんだから!」
私憤から発している黛莉の攻撃ぶりは、確かに『逢魔街最凶』と呼ばれるに相応しい容赦なさであった。