第9章:所縁ー003ー
黒づくめの集団誰もが、白い網のようなものから必死に逃れようとジタバタをしている。彩香の前方だけに限らず、円眞を取り囲む集団にも訪れた事態だった。
「親友、大丈夫か」
スタッと円眞の近くへ降り立つは、バニラ色のハイネック・ニットセーターにグレイのジャケットを羽織った青年だ。
「か、夬斗くん。来てくれたんだ」
「当然さ、なにせ親友が困っているんだからな」
爽やかな笑みを振り撒いてくる夬斗に、彩香が胡散臭いとばかり文句を付けてくる。
「だったら、もう少し早くに来てくれない。それにアンタ、本当に助けにきたの?」
「正直に言えば、親友を止めにきた」
悪びれもなく言われれば、気を引き締めようがない円眞だ。
夬斗は少し苛立ったように頭をかきながら続ける。
「雪南は、ヤバい。庇えば、状況は最悪になる。だから止めにきたんだけどな……襲われている親友を見たら助けないわけにはいかないだろ」
後半を投げ捨てるように言う夬斗は、能力を込めた糸に捕縛された黒づくめの連中へ憎々しげな視線をそそぐ。おまえらのせいだ、と目つきが語っていた。
そんな夬斗へ、円眞はしみじみと言う。
「あ、ありがとう。いつもいつも困った時に夬斗くんは、来てくれるんだね」
「本当に行くのか、親友」
円眞へ目を向けてきた夬斗が、真面目そのもので問う。
「うん、雪南が生まれ変わって出直せる手段が見つかったんだ」
「その出直すには、親友も加わるのか?」
円眞の回答は、返事でなく仕草で示された。
はぁ、と吐くため息の短さが夬斗の複雑な心中を物語っていた。嬉しいのか、それとも悲しいのか。本人自身も解っていない。
不意に、彩香が顔を上げた。
来たわよ、と気配を察して見つめた建物へ指を差す。白き糸に囚われた連中と同じ装備をした、新たな黒づくめ集団が登場だ。
「親友、ここは俺らに任せていけ」
「え、いいの?」
「当ったりまえだ。その覚悟を受け取れないんじゃ、親友なんて言えないからな。それに一度、急ぐ友のためにこの場を引き受けるシチュエーションに憧れていたんだ」
言って、にやりとする夬斗だ。
夬斗の能力は多人数相手に頼りになる。彩香とコンビならば、無敵と評していい。少なくとも彩香単独に比べ安心感が違う。
「いきなさい、えんちゃん」「ここは任せろ、親友」
ありがとう、と円眞は背中を押されるままに駆け出した。
新たにやってきた黒づくめ装備の一人がライフルを構えた。行かせまいと円眞の背へ標準を合わせる。その全身を白い網状が覆い、締め上げられるのも瞬く間であった。
「多勢には、和須如の兄のスキルだわね。見直したわ」
彩香の感心にも関わらず、なぜか夬斗は渋い顔つきをする。
「おいおい、イヤミか。俺の系は彩香の刃には斬られちまうことに」
「つまらない勘繰りは男を下げるわよ。なんてたって相手さん、私たちの能力に対抗した格好らしいわよ、あれ」
「おっ、そうなのか?」
夬斗の軽い調子で答えた声が、処刑執行の合図となった。
白き網に拘束されていた黒づくめ集団のことごとくが血飛沫を上げる。鮮血を撒き散らしながら、各部バラバラになった屍体が量産された。
「なんだ、ぜんぜんいつもと変わらないけどな」
事もなげに言う夬斗の姿が戦慄を与えた。黒づくめ集団は明らかに動揺していた。
「親友が大量のバラバラ屍体にトラウマを抱えているから、いったん捕縛にしただけだぜ。俺自身は元より生かして帰す気なんてないからな」
さぁ、こいよ、と対峙する者たちへ夬斗は挑発を投げた後だ。思い出したかのように横へ訊く。
「ところで彩香、よく親友を行かせたな。俺はてっきり殺してでも止めに入ると思っていたぜ」
「私だって、最初はそうするつもりだったわよ。でも、あんな覚悟を見せられてくるんだもの。後見人としては支持するしかないじゃない」
「いや後見人は関係ないだろ」
ツッコミを入れてから、夬斗は苦笑した。
「さすが夏波さんは鋭いな」
「なに、なっちゃん、なんて言ってたのよ」
「彩香ほど、オトメしている女性はいないそうだぜ」
彩香が見せたのは、まさに口をへの字に結ぶといった表情だ。逢魔街の強者に送られた、予想だにしていなかった評価である。けれど本人としては思い当たる節があったから否定はしなかった。
「さっさとあいつら片付けて、親友の後を追おうぜ」
「同意。これくらいなら、えんちゃんにすぐに追い……」
彩香が言葉の途中で切ったのは、まさしく異変が眼前で巻き起こったからだ。
大挙として、黒い人影が覆う。
数を増やしていた黒づくめ集団の間を、突如として縫うように登場した黒い人影。次々と出現してくれば、大量発生が留まるところを知らない。
黒い人影に、頭に角らしきもの、背中には羽根らしきものを生やした形状が混じり出す。
逢魔街特有の、逢魔ヶ刻に現れる謎の黒き怪物たちだった。
血に誘われてやってくる、この街にだけ現れる怪物は屍体へ群がっていく。大量発生の際には生者まで襲いかかっていく例は多く噂されている。
今、この場で流された血の量は半端ではなかった。
黒づくめ集団へ、黒き怪物たちが襲いかかる。
相応の反撃はするものの、数が圧倒的に違う。しかも装備は対能力者用である。想定外の相手には無力だった。
「ちっ、失敗したな」
派手に舌打ちするは、夬斗だ。一斉に殺害する真似などしたから呼んでしまった黒き怪物の群れである。鋼鉄すら裂く糸を振るう相手は、黒装備の人間より黒き怪物へ移っていた。
「ホント、あんた、ツメが甘いわよね」
「おまえ、助太刀へきた相手に対する気遣いはないのかー」
自在の太刀さばきを披露しながら文句をつけてくる彩香に、半ば認める口調の夬斗だ。黒き怪物を認知する街の住人としては、不手際だったかもしれない。これでは円眞の後を追えるか、怪しい限りである。
アニキ、すぐ感情的になるんだから。妹の指摘が聞こえてくるようだ。
後は頼んだぞ、黛莉。夬斗は声にせず胸のうちで呟く。
どうやら挽回は妹に託すしかなさそうだった。