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第9章:所縁ー001ー

 円眞(えんま)は建物と生垣に挟まれた細道を走っていた。


 寛江(かんこう)が渡してくれた雪南(せつな)の調査報告書には、本名であるラーダ・シャミルの身上明細だけではない。

 雪南の呼び出しを受けた場所も明記されていた。

 相手方に遠方の音まで聞き取れる能力者がいるかもしれない。だから声にしないよう注意書きがなされていた。


 完璧な配慮のもとで、調べ上げた場所を教えてくれた。

 信濃町(しなのちょう)に通じる坂の途中にある開発が見込まれた更地だ。ただし三方向に距離があるとはいえ、利用しない策はない高層マンションが存在している。罠が張られていて間違いない場所だった。


 けれども駆ける円眞の頭に引っかかるは、教えてくれた者を含む残した人たちの安否だ。できれば雪南の身を確保したうえで、急いで戻りたい。この場に及んでも、出来るだけ争いを避けたかった。


 だから地の利を活かして、人目を避けるコースを取った。


 戦闘意志を持つ相手ゆえに出会さないよう心がけた。できれば呼び出しの場所へ先回りして雪南を行かせないようにしたい。焦る気持ちを抑えつつの時間勝負であった。

 余程の人海戦術で出てこられなければ、阻まれず辿り着けるかもしれない。

 円眞がうまくいきそうだと期待を膨らましかけた前方へだった。


 道を塞ぐ人影が現れた。

 腰に日本刀を差すビジネススーツを着た女性である。彩香(あやか)だ。


「えんちゃん、あの女のもとへ行くのね」


 低く震える声音が怒りそのものを報せてくる。


 うん、と円眞は素直にうなずいた。


 彩香は右手で柄を握る。腰も落ちていれば、いつでも抜刀できる態勢だ。


「えんちゃん、もういい加減にこの街に慣れなさい。急いで行きたいなら、嘘くらい吐かなきゃダメよ」

「で、でも彩香さんには、ウソ吐けないから」


 円眞の紛れもない真情だ。

 はっとした表情を浮かべた彩香だが、すぐに険しく引き締められた。


「そう言ってもらえて嬉しいけれど、えんちゃん。私は、生まれてからずっとここの住人よ。仇にしかならないわ」


 言葉が終わらないうちだった。

 彩香は、円眞の傍らへいた。腰元に差さっているは鞘だけだ。

 カタン、と落ちる音。抜かれた日本刀が地面へ転がっていく。

 彩香は空の両手を見る。絶望的な眼差しで、がくりと膝を地面へ落とした。円眞は能力の発現すらしていなかった。


 あはは、と乾いた笑いを立てて彩香は自暴自棄なまま発した。


「私の剣を素手で押さえられる、えんちゃんだもの。でもここまで差が開いたなんて。気づけないところが私は所詮なのよね」


 あ、彩香さん、と円眞が呼んでくる。

 ひざまずく彩香は、うつむくまま振り払うように言う。


「早く行って、あの女のもとへ。一緒にいてくれるといって、ずっといてくれた人なんていないもの。いつものことよ」

「ボクはどこにも行かないよ」


 えっ、と意表を突かれた彩香は振り返り見上げる。

 少年の面影を多く残した顔が、今まで見たことがない表情を見せてくる。

 ずっと一緒にいたのだ。了解せずにいられない。保護していたつもりだったが、自ら決意を下せる大人の顔をしていた。


「時間が止まった私と違って、えんちゃんは成長していたのね。なんか自分が恥ずかしくなるわ」

「それは違うよ。ボクがこれからしようとしていることは雪南のことばかりで、周りの人のことなんか考えてない。やっと、気づいた」


 ジィちゃんズの三人に寛江を加わっていれば、四人は死地へ赴いている。雪南を救いたいとする円眞の気持ちを汲んだためだ。

 汲んでしまったせいだ。

 円眞は店先で襲撃を受けて、自分を行かせるため四人が場に踏み止まっていることを伝えた。相手は対能力者用の装備をしているため苦戦は必至の事情を隠さずだ。


「ボ、ボクのわがままなんだよね。独りじゃ何にもできないくせに、気持ちだけで……」


 雪南を救い出した足で取って返し、ジィちゃんズを助けに向かう? 甘いを通り越して、なんて傲慢な考えか。どんな決断をしてくれたか、判っていなかった。

 誰も傷ついて欲しくないなんて、どの口が言う。それに気づいた円眞は言葉を失い顔を伏せては、両手を握り締めた。


 隙が生まれた円眞だ。


 転がっていた日本刀の柄を掴んだ彩香が、目にも止まらぬ早さで繰り出す。

 刃が、その切先が、円眞の頭へ向かった。



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