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第8章:決意ー009ー

 振り返らず華坂爺(はなさかじぃ)は叱責気味に投げ返す。


「まだおったのか、寛江(かんこう)。儂らが戦っておる最中に隙を見て、うまく逃げ出せよ」

「守ってやる、とは言ってくれないのですか」


 銀髪のオールバックで決めた壮年男性は、まるで少年のごとき要望をしてくる。


「そこまで儂ら、能天気ではないわ。じゃがな……」


 一旦言葉を置いた華坂爺は静かな目線を、前方の黒づくめ集団へ送った。


「能力差もさほどないところへ、多勢に無勢じゃ。しかしな、儂らが命を振り絞れば、エンくんにそれなりとも返せるじゃろ」


 気負いがないだけ老人の目に湛えられた迫力が光りとなって放たれてくる。

 前のめり気味だった黒づくめ集団が怯みを示したほどだ。

 少し稼げた時間を利用して華坂爺は背後へ想いを託す。


「寛江、儂らがいなくなった後、エンくんを、頼んじゃぞ」


 黒づくめの集団から一人が飛び出してきた。真っ直ぐ華坂爺へ向かっていく。


 前に立ちはだかったのは、内山爺(うちやまじぃ)だ。メリケンサックをはめた拳を渾身の力を込めて前へ突き出す。

 向かってきた黒づくめの人物も拳を振り上げてきた。

 真正面からのパンチの激突。双方に能力が込められていれば、火花がわりの光彩が放たれる。


 両者共に、後方へ吹っ飛んだ。


 黒づくめの方は繰り出した右腕を残った腕で押さえている。苦悶の表情から想像するに、どうやら拳は粉砕されたらしい。

 対して内山爺は、かすり傷すら負っていない。しかしながら吐く息は荒かった。

 能力で上をいっても、数の優劣差をひっくり返すまでは至らないだろう。

 だからか。活気づいたのは、黒づくめ側だ。攻め入り方を間違わなければ、勝機は得られる。


「火急の最中なので、ご相談を切り出させていただきます」


 まだ動こうとしない寛江だ。


「アホか、お主。さっさと逃げんかいっ」


 付き合っておれん、とばかりの華坂爺だ。


「いえいえ、それは出来ません。せっかく御三方の趣味をようやく理解しかけてきた身なれば、ここで永劫の別れなど勿体ない限りです。ですから、ご相談したいのです」

「ええい、わかったから、早く言え!」


 前方を見据えた華坂爺が能力を発動させようと、杖を掲げた。

 そうはさせじと、黒づくめで固めた複数人が飛ぶ。一斉に襲いかかるべく、まだ青さがだいぶ占める夕方の空に半円に広がる黒の陣形が築かれた。


 華坂爺は能力を発動しなかった。


 ジィちゃんズのリーダー的存在の老人は迎え撃つよりも、目を見張っていた。物に動じることを知らないような華坂爺が驚愕していた。 


 宙を舞った黒づくめの能力者たち。防御を全身に施せば、どんな能力による攻撃にも相応に耐えられるはずだった。

 そのことごとくが地面へ突き立てられていた。

 輝き放つ矢が後頭部から胸へ貫いていた。宙を飛んだ黒づくめは、今や路上にピンで留められた標本の虫ごときだ。


「お主は、いったい……」


 華坂爺の驚愕する声と共に、ジィちゃんズは振り返った。

 そして、見た。

 銀髪オールバックで決めた壮年男性の頭上遥かまで存在している、光りの矢を。

 圧倒的と言える強大な能力だった。

 だが発動させている当人は、弱りきった顔つきだ。


「私としては、今回このような形を披露することは、いくつかの信用を失うことを意味しておりまして」

「お主が何重ものスパイを稼業にしている、とは思っていたがな」


 もうすっかり落ち着きを取り戻した華坂爺の指摘に、寛江はおやおやといった様子で首筋を撫でた。


「私としてはスパイしているつもりはなかったのですが、言われてみればやっていることはその通りかもしれませんね」

「で、お主の相談とはなんじゃ」

「つまり今回の件でスパイ的な活動が不能になります。そうなると、趣味的活動へ割く時間が捻出されるわけです」


 こいついったい何が言いたいんじゃ、と口に出さなくとも顔にはっきり書く華坂爺だ。これまで切れ者として見てきた相手だけに、回りくどい物言いが戸惑わせてくる。敵が目前に迫っている状況も無視できない。


 もっとも黒づくめの集団も、あまりなことに動けない。

 上空に無数をもって現出された光りの矢。考えもしなかった圧倒的な能力を示す光景に硬直状態だった。


 寛江が、ついと前に出た。老人たちの間を抜けて、黒づくめ集団と一人で対峙する位置まで進んだ。

 今度は寛江が振り返らず背後へ声を投げた。


「ようやく華坂さんたちの趣味に興味が湧いてきたところなのです。ですから今後もお伴させていただいてもよろしいですか?」


 ふぅ、と息を吐いてから寛江は続けて言った。


「これからもずっと、クロガネ堂へ御三方の後を付いていきたいのです」


 最初は忍び笑いだったが、すぐに声を立ててとなった。ジィちゃんズのおかしくてたまらないといった調子だ。

 そうした中で華坂爺は笑みが止まらないままに口を開く。


「なんじゃ、そんなことか。お伴なんぞ、途中で断るくらいなら最初にやっておるわ」

「むしら儂らの趣味に興味を持つなぞ、願ったり叶ったりですな。ようやく、というのがちょっと引っ掛かりますが」


 多田爺(ただじぃ)も楽しそうだ。

 ほぅほっほぅー、と内山爺は言葉はないもの、ご機嫌な笑い声を立ててくる。


「確かに、その力。どういった類いの者であるか予想が付けば、不安になって当然じゃな。お主がどんな辛い道を歩んできた想像くらいは付くつもりじゃ」

「ありがとうございます」


 華坂爺の言葉に、寛江が返すは感謝だ。形式からではない、心からであることはジィちゃんズの誰もが了解した。


 寛江が視線を辺りへ巡らせる。

 意識を後方から前方へ向ければ、目つきはクロガネ堂で見られない鋭さを宿している。無数の光りの矢が頭上で従ってきている。


 黒づくめ集団が崩れかけた。

 防御可能を謳われた装備が全く意味を為していない。地面に突き刺さっている同胞の姿から判然としている。

 矢に射抜かれて地面にへばり付いた死に様も無惨だ。

 そんな悲惨極まりない死をもたらす者が睨んでくる。

 急遽に編成された部隊であったせいもあるだろう。特に後方で控える者ほど、命が惜しいといった様相だ。


 ただし誰一人として、この場から離れることは叶わなかった。

 光の矢は、逃亡しかけた者たちを射抜いた。正確に、一本とて無駄はない。


「いけませんね、とても義を標榜する者たちの行動とは思えません。もっとも中身の薄さは窺えておりましたから、驚くには値しませんが」


 音声による反駁はなかった。

 むしろ一歩、寛江が前へ出たらである。

 黒づくめの潮が引きだす。

 寛江は呆れたように苦笑した。


「時間稼ぎすらする気もないのですか。愚かなりに真摯さを見せてくれれば、多少なりとも考えたのですが……残念です」


 寛江が右腕を上空へ伸ばした。


「ここは逢魔街(おうまがい)。そして今は、逢魔ヶおうまがとき。苛烈な行動が許される世界へ踏み込んでしまったことを、その身をもって思い知りなさい」


 寛江は宣告を終えると同時に、右腕を振り落とした。    

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