第8章:決意ー008ー
誰も彼処も黒づくめの格好だ。シールドを降ろしたヘルメットと、つなぎのないレザースーツらしき服のいずれもが同色にある。
まるで逢魔街特有の黒き怪物たちを想起させる出立ちだった。
「気をつけてください。能力に対応した装備かと思われます」
寛江の注意喚起が終わらないうちだ。
内山爺が目に止まらぬ早さで、正面の黒づくめ集団へパンチを打ち込む。
先頭を切っていた十人が、一斉に靴底を路面に擦らしつつ後方へ退く。
クロガネ堂へ向かっていた敵の足が極端に鈍る。
けれどもより大きい驚愕を示したのは、ジィちゃんズの方だった。
「対スキル用の装備を揃えていたのは、本当じゃったな」
内山爺が見せる苦虫を噛み潰した表情に、華坂爺が認めるざる得ないといった声だ。
銃を撃つ音がする。
今度は多田爺が腕を振った。
発現された白透明の壁が弾丸を迎える。パスッパスッ、と喰い込む音が立つ。
「参りましたな。これでは『絶対防御』などと呼べた代物ではありません」
多田爺が挙げる声調もまた冴えない。
本来なら、銃弾ごとき跳ね返して然るべきだ。しかしながら弾丸は壁に止まり、ヒビを走らせている。連射されれば粉砕は自明であった。
「どうやらブレスレットがスキルの増幅装置といったところかの」
華坂爺の分析を耳にしながら円眞は、両手に短剣を発現させた。逢魔ヶ刻とされる時間に入った今、戦闘態勢を取らない理由などない。
しかしながら次の瞬間にかけられた言葉は予想外だった。
「エンくん、今すぐ雪南の元へ向かいなさい」
多田爺が前方の敵を見据えながら促す。
えっ? と円眞が返せば、内山爺がいつも調子で反応した。
「そうですぞ、エンくん。抱いてもいない女性のために命をかける男気に報いるために、儂らがいるのですぞ」
で、でも……、と踏ん切れるはずもない円眞へ、華坂爺が諭してくる。
「エンくんは、何を第一にしなければ考えるのじゃな。こいつらの襲撃ぶりを見ると、小娘の無事を祈るなら一刻も無駄に出来んぞ」
くっ、と円眞は両手にした短剣を握り締める。確かに言う通りだ。言う通りだけれど……。
「エンさん。ここに止まることは却って、ご老体たちの気持ちを無にすることになりますよ」
寛江の指摘に、ジィちゃんズは一斉に円眞へ顔を向けた。うなずいて見せてくる。
円眞の脳裏に過ごした日々が浮かんできた。
扱い難い常連さんではあったが、居るだけ陽気な空気に包まれた。ジィちゃんズは日常であったが、当たり前な存在ではなかった。
これが最後になってしまうかもしれない。でも決断しなければならなかった。決断すべき時を教えてくれた人たちだった。
「いきます、本当にありがとうございます」
円眞は感謝に『これまで』は付けなかった。
「例のレコードの件もある。エンくんには、まだ頑張ってもらわんとならんからの」
華坂爺の陽気な返答に、「はい!」と真っ直ぐに答えた円眞だった。
いくぞ! 華坂爺が号令をかける。北東の路地を抜けられるよう能力を集中する旨を伝えると同時だ。
華坂爺の能力である、相手を幻惑のうちに溶かす桜の花びらが舞う。けれど巻かれた黒づくめの部隊には目眩し程度でしかない。
そこへ内山爺の目に留まらぬ高速の鉄拳が打ち込まれる。能力通りなら、身体は潰れたざくろ同様へなるはずだが、弾き飛ばすが精々だ。
だが開いた人垣へ白透明の壁が築かれる。多田爺の能力だ。
対能力用で身を固めた連中が相手ゆえに、いつまで持つか分からない。
円眞はジィちゃんズが作ってくれた道を駆け抜けた。後ろを振り返ることなく、一心に。
「儂らが渾身を込めれば、まだまだけっこうイケるのぉ〜」
遥か前方へ去っていく円眞の後ろ姿に、満足げな華坂爺だ。
ですな、と答える多田爺の表情も同じくだ。
ほぅほっほぅー、と内山爺が上げた独特の笑いも、やりきった感が漂っていた。
白透明の壁が打ち砕かれれば、他方向から来ていた連中も加わってジィちゃんズは取り囲まれた。後方だけは開いているものの、背中を見せたら危険だ。行き着く先がクロガネ堂であれば、退路は絶たれたに等しい。
最後のひと働きとばかりジィちゃんズが身構えた。
そこへ声がかかった。
黒づくめ集団の先頭に立つ一人からだ。シールドは降ろされており、ヘルメットにスピーカーが備えられているのか。まさしく拡張された音声で告知がなされる。
投降せよ、ということだ。かつての同胞であり、先達として尊敬している旨を伝えてくる。おとなしく能力を降ろせば、 敬意をもって迎えたいということだった。
「どうせ儂らを抑えたら、すぐにエンくんを追うつもりじゃろ」
華坂爺が問えば、音声の即答だ。
「無辜の一般人を殺害した大罪人をかばうような行動は阻止しなければなりません。スキル獲得者として風上に置けない者を正すには、同じくスキルを有した我々しかおりません」
「お主ら、セデス・メイスンが無辜の人間だと本気で思っておるか。世界を裏で牛耳っていたと言われる人物じゃぞ」
今度は多少の間が置かれた音声による返答だ。
「私たちの使命は、スキルを無法に扱う者の取り締まりです」
「と、世間に認めてもらえるならば、ことの次第を抜いて抹殺とはな。能力使用のアサシンと、どこが変わるんじゃ」
黒づくめの集団から気色ばむ空気が伝わってくる。
華坂爺に怯む様子はない。トンッと杖を地面を叩いた音に、相手が沈静化したほどだ。圧倒的な威圧感はさすがだった。
「お主らも、いろいろあって今の組織へ辿り着いたのじゃろ。だから教えておく。会長のサミュエルが世間一般的な理念で動く男ではないわ」
「もはや何を言っても無駄なようです。我々としては会長を愚弄されては黙ってはいられません」
音声の返答に初めて感情がこもった。
黒づくめの集団が戦闘態勢に入ったことは肌で感じ取れるほどだ。
仲間への鼓舞と正当性を信じた音声が発せられてくる。
「我々は使命を持ってやってきました。もはや道理を失った老人ほど、たちの悪いものはありません。スキル用の装備を整えた相手に対しては無力なこと、その命を代償にして思い知りなさい」
ふっと笑うは内山爺だ。いつもの独特な笑いでなく、普段とは違った声で言う。
「大義に酔って思考放棄をしているようですな。もっとも自分も同じバカしたもの。でもだからこそご大層なお題目より、惚れた女のために行動するほうを信じますよ」
「うっちーらしくない、ずいぶん真面目じゃないですか」
多田爺がからかってくれば、内山爺もニヤリとしながら返す。
「最後の時くらい、真面目にいきますでしょ」
じゃな、と華坂爺が相槌を打ってくる。
ジィちゃんズは揃って、穏やかな微笑を浮かべた。覚悟のほどを窺える表情だった。
「お取り込み中、申し訳ありませんが、一つご相談したいことがあるのです」
不意にジィちゃんズの背後から誰ともなしへかけてくる声があった。