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第1章:碧の瞳ー004ー

 碧き瞳の少女の反駁が与えた反応は思いの外だった。


 えっ! と太々しかった彩香(あやか)が絶句している。

 円眞(えんま)の人の良さそうな表情が、一瞬で凍りつく。

 円眞と彩香の両名へ、かなりの衝撃を与えたようだ。告げた碧き瞳の少女のほうが、困惑を覚えてしまうほどだった。


 彩香さん、と円眞はしゃがみ込んだまま振り仰いだ。


「もうあの件で、これ以上は誰も死なせたくない」


 ゆっくり二・三度まばたきをした彩香は、ふぅと息を吐いた。


「わかった、そいつをどうするかは、えんちゃんに任せる」

「ありがとう、彩香さん」

「でもタダは駄目よ、タダは。ちゃんとそれなりの責任は取ってもらうのよ。いい、えんちゃん」


 嬉しそうに円眞がうなずく。

 やれやれといった感じの彩香だが、まんざら悪い気でもなさそうだ。確認したいことがあるから、と店へ向かった。

 二人になれば早速とばかり円眞は訊いた。


「キミ、名前、なんて言うの」


 回答まで少しの間があった。

 道路に横たわる碧き瞳の少女はためらいがちに告げてくる。


「……せつな……そう、雪南(せつな)だ」

「そうか、じゃあ、雪南さん」

「雪南でいい。さん付けなんてされたら、殺す気が削がれる」

「そ、そうか、そうだね、ごめん」


 円眞のズレた返しに雪南と名乗る少女が軽く息を吐いて問う。


「おい、いいのか?」

「なにが?」


 曇りのない円眞に、少し苛立った声がする。


「そんな簡単にワタシを助けようとして。また襲うかもしれないぞ」

「また、あの白い女のヒト、出すの?」

「いや、連続はムリだ。さっきまた出せたことは、ワタシ自身が驚いている」


 言い終えた途端に雪南は顔をしかめた。己れの能力を熟知されることは死活問題だ。なのに、こうも簡単に喋ってしまっている。どうも円眞が相手だと調子が狂うことおびただしい。

 もちろん円眞が真意を斟酌できるはずもない。むしろ苦い表情を目にすれば、慌てていた。


「ご、ごめん。身体を売れだなんて。ホント嫌なことを言っちゃったね」

「それは仕方がないだろう。アヤカといったか、確かにあの女が言うことはもっともだ」

「で、でも……」

「ただワタシの場合は、もう身体で金銭に換える真似をするわけにいかないんだ」


 何か事情を抱えていることは、円眞にも察しがついた。

 それにここへ集う者が事情ないなんてほうがおかしい。円眞自身がここにいるしかどうしようもなくなったからだ。この街には聞かれたくない過去を持つから住んでいる者で占められている。

 相手が話し出すまで詮索はしない。逢魔街に住むうえで、お約束みたいなものだ。

 今を、これからを、どうしたいか。訊くべきことはそっちだ。円眞は黒縁メガネのブリッジを押し上げた。


「おい、どうしたんだ、その手」


 雪南が驚きを孕んだ目つきと声を上げた。

 円眞はメガネのブリッジへかけた右手を見る。甲の部分はすり傷だらけで血が滲んでいた。先ほど雪南の後頭部を地面すれすれで拾った際に負ってしまったようだ。


「別に大したことじゃないよ」


 円眞からすれば、言われなければ気づかなかったくらいである。ほんのかすり傷だ。

 けれども察しが付いた相手は違った。


「いったい何を考えているんだ。襲ってきたヤツを助けるなんて。ワタシなんかのために怪我するなんて、おかしすぎるぞ!」

「ご、ごめん。今度は怪我しないよう、もっと早く気づくようにするよ」


 しどろもどろの円眞に意図が伝わっているとは思えない。はぁ〜、と雪南はため息を吐くしかない。それでも依然として身体は動かせないから、お願いするしかない。


「取り敢えず、すまないが、頼む」

「えっ、なにが?」


 一瞬、嫌がらせかと考えた雪南だが、円眞を眺めればとてもそうには思えない。はっきり頼むしかない。


「身体がまだ痺れて動かせないんだ。だけど、いつまでもこうしているのはイヤだ」

「も、もしかして助け起こせということかな?」

「もしかしてではなく、そうだ」


 これでようやく、と雪南は一息吐きかけた。だが甘かった。

 円眞は行動へ移らないだけではない。なんだか、もじもじしている。

 眉根を寄せられるようになった雪南が不審露わに訊く。


「今度は、どうした。なにか問題があるのか」

「あ、あのさ。ボク、あんまり女性に触ったことがないから、そのぉーいいのかなって」


 円眞が顔を赤らめていた。

 唖然茫然といった雪南だ。なんとか気を立て直せば、確認せずにはいられない。


「おまえ、本当にクロガネエンマなのか」

「そ、そうだけど」

「なら逢魔街最強のスキル獲得者だ、とワタシが聞き集めた話しはどうなるんだ!」

「最強かどうかはわからないけれど、なんか期待裏切っちゃったみたいだったら、ごめん」

「ええい、謝るな。却って腹が立つ」

「そ、そうだね。ホントにごめん」


 さらに重ねてくる謝罪は手を合わせてくる仕草付きだ。このままでは埒が明かない。

 雪南が折れるしかなかった。


「こんな所でいつまでも寝っ転がっていられるか。慣れるためだと思って、さっさとやってくれ」

「そ、そうだよね、ごめん。今すぐやるよ」


 やっと事態が動きそうだ。

 息を呑んだ円眞は、気合を入れるように両拳を胸の前で握り締める。

 そんな様子に何か言いたそうな雪南だ。けれども面倒になりそうだったので口を結んでいた。

 恐る恐るといった調子で円眞が両腕を伸ばす。


 しかし円眞の腕は雪南へ届かなかった。



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