第8章:決意ー004ー
みじめな気分だった。
はぁ〜、と円眞は息を吐く。帰りの道すがらにおいて、これで何回目だろう。
仕方なく戻ったクロガネ堂の店先には、三つの人影があった。ジィちゃんズだ。
今の円眞には顔見知りと会うことが、なんとなく気恥ずかしい。自分への腹立たしさもある。
「な、なにしてるんですか、こんなところで」
つい邪険な態度など取ってしまった。
口にしてから円眞は己れの不明に気づく。慌てて、頭を下げた。
「す、すみません。ボク……」
「いいんじゃよ、エンくん。儂ら、分かっておる。ああ、解っておるとも」
華坂爺の優しい声に、円眞は涙ぐみそうになってしまった。すっかり心は弱っている。
円眞は急いでシャッターへ手をかけて表情を隠す。平静を取り戻そうと日常の作業へ入った背に、華坂爺の声が届いた。
「店に入る前に、エンくんへ、一つ聞いておきたいことがある」
なんですか、と円眞は振り返らないまま反応した。
「明日、行くのか。あの小娘のために」
シャッターを上げ切った円眞は声も立ち尽くす。
「エンくんの考え方次第では、儂らも腹を決めねばならん」
円眞は、ぐっと顔を引き締めて振り返った。
「はい、行きます。どんなに周囲に反対されても、ボクは雪南が傷付けられることに黙っていられません」
どもらない円眞に覚悟のほどが窺えた。
沈黙は一瞬だった。
多田爺が華坂爺へたしなめるみたいに言う。
「まだレコードの件、根に持っているのですか。そんな言い方ではエンくんが誤解しますぞ」
ほぅほっほぅー、と笑う内田爺は多田爺に賛成と言わんばかりだ。
華坂爺が、いかんいかんと手にした杖で自らの頭を小突く。
「持っとるかのぉ、儂は。あの小娘じゃない、雪南に。黎銕円眞の意向こそ第一にせねばならんのに」
珍しくフルネームで呼ぶ華坂爺だ。
円眞はもう街に住む上での礼儀など気にしていられない。
「ま、前からずっと思っていたんですが、どうして華坂さんたちは、ボクを気にかけてくれるんです? 仕事からじゃないですよね」
「いやいや、エンくんの仕事ぶりはなかなかじゃぞ。でなければ儂ら本来の目的を忘れて、こんな熱心に通ったりはせぬわ」
華坂爺が返答すれば、他の二人も大きくうなずいて見せてくる。
「儂らが蒐集家というのは、本当じゃ。ただエンくんの前へ現れたきっかけは、儂らの趣味とは関係ない」
ここまで来て円眞は迷った。正確に言えば、ちょっと怖い。
不明だったことが、打ち明けられようとしている。けれどそれは本当に望んでいたことか? 知れば、今までが崩れるかもしれない。ジィちゃんズが訪ねてくれることは、売り上げ以外の意味でも、失くしたくない日常の一つになっていた。
過去を捨てて生きたい人が集う街。
捨てたものを炙り出さば、ここで暮らしてきた日々が崩れていく。
華坂爺がこれから話そうとしていることは、それに相当するかもしれない。
けれどももう止めることは出来ない。
そう仕向けたのは、他ならぬ円眞自身だ。逢魔街の存亡にまで発展しそうな雪南の処遇である。
雪南を切り捨てれば、問題は最小限で済む。何事もない日々へ還れるだろう。
だが円眞には出来ない相談となっていた。ならば後戻りしたいなど虫がいいも甚だしい。意を決して訊いた。
「い、いったいどうして華坂さんたちは、ボクのところへ来たんですか」
華坂爺は、杖の先を地面へ降ろした。しっかり持ち手を握り身体を支えるようにしてから口を開く。
「黎銕円眞に殺されるためじゃよ」