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第8章:決意ー003ー

 正座を崩さない雪南(せつな)は頭をかいていた。


 困った挙句の照れ隠しみたいな仕草を見て、円眞(えんま)は改めて決心する。ともかくきちんと連れて帰ろう。寛江(かんこう)が疑ったような真似などしないし、黛莉(まゆり)が変な気を回す必要もない。


 何のためにここへやって来たか。

 円眞が自身へ問い直していたところで、雪南の声がした。


「しかし円眞もやっぱり男の子なんだな。こういう所へ行く時もあるんだな」

「そんなこと、あるわけないだろ。雪南を探して来たんだよ」


 円眞は自分でも驚くほど怒った口調だった。

 雪南のほうも珍しく驚き慌てふためいている。


「すまない、そうか、そうだな。円眞だもんな。こんな時に、そんなことを言って、ひどいな、ワタシって」


 すぐに自分を責める雪南がいつもと違う。やはり円眞は捨てて置けない。


「雪南が酷いなヤツなわけないだろ。さぁ、帰ろう」


 そう言って円眞は右手で、雪南の左手を拾った。

 けれども白いほっそりした左手が上がるのと反比例して、碧い瞳は下を向いた。

 立っている円眞の目に映るのは、雪南の頭頂だけだ。表情は窺えない。うな垂れたまま立ち上がる気配はない。


 雪南? と円眞が呼ぶ。

 すると掠れた声が立ち昇ってきた。


「ワタシは、酷いヤツなんだ。どうしようもないほどに」


 そんなことは……、と言いかけた円眞を遮るように、また声が昇ってきた。


「ワタシは円眞と一緒にいてはいけなかった。こうなることは分かっていたのに。ずっとこのままいられたら、なんて思ってしまった」

「ずっといようよ。大丈夫さ、ここにいれば……」

「それは無理なんだ、今度ばかりは円眞でも敵わない」


 いつの間にか雪南が顔を上げていた。碧き瞳が射抜くように円眞の目を捉えている。


「やつらはこの街の住人を全員抹殺するくらいの用意で来ているんだ。世界の大罪人とされるワタシのせいで」

「そ、そんなのやってみなければ分からないよ」

「いや今回ばかりは、円眞でも勝ち目はない。仮に退けても、世界中から狙われる存在になってしまう。どちらにしろワタシと関わったことで、大変な目へ陥っていることに間違いないんだ」


 沈痛さが滲む雪南の物言いだ。

 雪南の事の重大性を訴えたい気持ちは、円眞に充分伝わった。だけど、だからこそだ。


「ボクは父さんを殺してから、いつ死んでもいいくらいの気持ちだったんだ。でもあの晩、雪南が打ち明けてくれたおかげで、初めて生きてもいい気がした。だからさ……」


 今度は円眞の目が、雪南の碧い瞳を離さない。


「雪南のためなら、ボクは命を賭けるよ」


 碧き瞳が、これ以上はないほど見開かれた。

 たちまち涙が浮かべば、再び顔を落とす。碧き瞳から溢れて下の床を濡らしていく。


「ダメだ、それは。円眞は未来を持っていい、いや持つべきなんだ。ワタシとは違う」

「そ、そんなこと。ボクだって、どれだけ傷つけ、殺してきたか解らない」

「ワタシは当たり前のように殺してきたんだ。標的以外でも、居合わせていたら誰構わずだ。それに、ウソも吐いている」


 嘘? と円眞が疑問符を付けて反芻する。


「ワタシの身体は、見知らぬ男に穢されている。黛莉に言われた時、つい嘘を吐いたんだ。汚れているなんて、円眞だけには知られ……」


 雪南が言葉を終えられなかったのは、円眞のせいだ。

 いきなり掴んだ左腕を引き上げられれば、雪南のか細い小柄な身体は抱きすくめられた。


 円眞……、と雪南は自分抱きしめた人物の名を口にした。震えが伝わってくれば泣いているのではないかと思う。


「雪南、無理して言わなくていいんだ。酷い目にあって、辛かったよね。ボクなんかより、ずっと」


 円眞はまだ泣いてはいなかったが、今にもといった感じだ。

 ちょっと表情が緩む雪南だ。


「まったく円眞は、ホント良いヤツだ。けれどお人好しすぎるような気がしないでもない」


 柔らかい表情で語った雪南だが、不意に眉をしかめた。


「すまん円眞、足がしびれてた」


 えっ、と円眞は上体を離した。だが腕は身体を抱えたままだから、雪南の顔とは間近だ。


 真っ赤になるほど円眞の顔へ血が一斉に集まっていく。

 自分が雪南にした行動に気づいてしまった。恥ずかしさで悶えそうになるが、突き放すわけにはいかない。足元が覚束ないのに、離したら危ない。

 照れまくりの円眞に、雪南はおかしそうだ。


「正座なんてしないから、あれだな。こんなにじんじんするものとは、びっくりだ」

「そうなんだよ。じんじんする足を突かれたりすると、またたまんないんだよね」


 共感から普段へ還った円眞の返答に、雪南が笑う。

 クスクスくすぐったい響きに、円眞もつられた。笑い声が漏れれば、止まらない。

 ふたりで一緒に笑った。


 他の者には介入できない世界が、円眞と雪南に築かれていく。


 やがて笑いの終わりが訪れた時、ふたりは言葉なく見つめ合った。

 円眞は、どきどきが止まらない。強い鼓動は身体を密着させた雪南にも届いているだろう。

 昂っている自分を悟られることに、円眞は気恥ずかしさを覚えた。

 つい顔を逸らしかけた。


 逸らしかけた時に、口が塞がれた。塞いだのは、相手の口だった。


 円眞の背筋を、これまで味わったことがない痺れが駆け抜ける。雪南の甘い芳雅に身体の芯まで包まれていく。

 お願いだ……、と雪南が耳元で囁かれたことまでは記憶している。


 それからは考えてではない。


 無我夢中で雪南を押し倒していた。今度は円眞から貪るように唇を奪った。乱暴な手つきでふくよかな胸を掴んで揉んだ。

 雪南の口から洩れた、普段からは想像つかない艶のある吐息に、円眞は薄い衣装だけではなく下着にまで手をかけた。


 今まさに、引き剥がそうとした時だ。


 部屋のドアが派手な音を立てて、ぶち破られてきた。

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