第8章:決意ー001ー
やっぱり落ち着かない。
待合室のソファに腰かける円眞は、膝に置いた両手へ力を込める。貧乏ゆすりしそうになったからだ。
なにせお客として初めて訪れた業態である。
ケバケバしい感じを予想していたから、簡素で綺麗な内装が意外だった。ビジネスビルの待合室でも通用しそうなくらいである。店長として自ら出る経営者の意向が利いた結果だろう。
内山爺から聞かされた武勇伝では、どぎつい装飾がなされた店もまた沢山ありそうだ。
円眞としては助かる店の雰囲気である。目前のテーブルがクロガネ堂から買い上げられた代物だと気づけば、落ち着きを取り戻す大きな一助となった。
それにしても、と少し余裕が出た円眞はちらり部屋を見渡す。
ずいぶん、お客さんがいるものだ。
朝一番であれば、自分しかいないかも、と考えていた。実際は自分以外に三人もいる。狭い待合室に、ずらりといった感じだ。当初ビビってしまった大きな要因である。
こんな早朝からでも押し寄せている状況に、円眞は欲望の底知れなさを感じてしまう。
そう他人事として捉えていたところで、名前が呼ばれた。
迎えに来たのは、きっちり身なりを整えた細身の壮年男性である。店長自らのお出ましだ。四十歳すぎだと聞いたが、少なくとも十歳は若く見えた。
待たせたお詫びとお楽しみください、とする型通りの挨拶を投げてくる。
立ち上がった円眞は息を呑んで指示されるままに歩き出す。
階段へ通じる手前に設置された黒きゲートを潜る。これが他の地域と逢魔街の違いを端的に表すものだ。
遊びに来たお客でも所持品の検査は絶対である。特に身一つで相対すシステムである。危険物に神経を尖らさなければ、やっていけない。
空港の金属探知機に通じる役割りを持つゲートに、円眞は引っ掛からなかった。なんとなくほっとしてしまう。
危険と判断できる所持品はもちろんのこと、能力に対しても密かに探知しているのではと噂されている。普通に考えればあり得ないが、ひょっとしてである。
この街では何が発明されているか、わからない。
狭い階段を昇っていくごとに、円眞の鼓動は高まっていく。
指定されたドアの前に立てば、胸のうちは強打の早鐘だ。手のひらに汗が浮かんでくる。
本来の目的を思えば、おたおたしている場合ではない。やはり場所が場所だけに変に意識してしまう。しっかりしろ、と自らへ言い聞かせて右の拳を胸に当てた。
コンコン、と円眞はドアを叩く。
「どうぞ、お入りください」
聞きたかった声がした。
一気に全身の強張りがほぐれた円眞は、ドアを開けた。
膝と両手に、額まで床に付けてのお出迎えポーズだった。こちらを確認できない体勢だ。下着が透けて見えるヒラヒラが付いた薄手のドレスが艶かしい。
「このたびはご指名いただきありがとうございます。初出勤なので上手にデキるか不明だが、よろしく頼む」
つい吹き出しそうになった円眞だ。畏まっても結局は普段の言葉遣いに着地していれば、らしさを感じずにはいられない。
ポンっと床へ着けた頭に手を載せて、円眞は言う。
「なにやってんの、雪南」
あっ、と上げた碧い瞳は唖然としていた。