第7章:忘れられるはずもないー002ー
再び円眞は椅子に腰掛ければ、うな垂れた。
黛莉だって残されても、具体的に何をすればいいか解らない。しばしの沈黙後に、「大丈夫よ」と普段見せない優しさで声がけするが精一杯だ。
円眞は顔を上げた。気遣いに応えたいが言葉が浮かばない。
ただ見つめ合うしかない二人だった。
静寂を破ったのは、円眞のほうだ。
「黛莉さん、どうしたの? なんか顔が赤いけど」
惚けた指摘に真っ赤になった黛莉だ。
「ば、ばか。こんな時にそれ言う?」
二人きりを意識してしまったバツの悪さを隠すための怒りだ。
円眞が女心に理解が及ぶわけもなければ、真正直に返してくる。
「ご、ごめん。今、ボクって自分のことしか考えられてないからさ」
らしい気遣いに、黛莉は吹き出してしまう。
「もう、ホントさ。こんな時でもクロガネはクロガネよね。ズレてるって言うかさ」
「そ、そうかな」
答える円眞は頭を掻いた。
そうよ、と黛莉は相槌を打てば笑みが顔中へ広がっていく。
釣られるように円眞の表情がほぐれていく。
雪南に別れを告げられてから初めて気持ちを緩められた。
空気が柔らかくなりかけた。
「誰だ!」「だれっ!」
円眞と黛莉が同時に叫ぶ。人の気配に、緊張感が張り詰めていく。視線が向かう先も一緒だ。
店先に立つ黒い人影へ向かっていった。
「すみません、驚かしてしまって。でもどうか、気を鎮めていただけませんか。でなければ、とてもそちらへお伺いできそうもありません」
そう言いながら店内へ足を踏み入れてくる人物は、銀に染めた髪をオールバックで決めていた。
「寛江さん、どうしたんですか、いったい」
顔見知りであったことが判明すれば、円眞の親しげな応答だ。
けれども黛莉は警戒を解かない。今の今までの友人が、いきなり胸へナイフを突き立ててくるなど日常茶飯事がこの街だ。いくらジィちゃんズに付き従う馴染みとはいえ、その人自身については全く不明なのである。
しかも現在は単独でやって来ている。
非常に珍しい、もしかして初めてかもしれない寛江の行動に、黛莉の能力は発現寸前であった。
寛江が不遜な旨を抱いていないのを示すよう、両手を軽く掲げた。
「大丈夫ですよ、和須如さん。そんなに警戒しなくても。ただ二人の邪魔をしたようならば、謝りますが」
先制パンチが効いて、黛莉はあからさまな敵意を引っ込めた。だが警戒心まで解いてはいない。
「雪南さんの事情は、だいたい理解しています」
寛江は近寄りながら、前置きなく核心へ迫ってきた。
どういうことですか、と問い返す円眞の声も固い。
「ラーダ・シャミルの経緯や現在の事情には、円眞さんよりも私のほうが通じているかと思われます。だから届けられる情報がいくつかあると思い、参上しました」
反応したのは、黛莉だった。
「情報提供は嬉しいけれど、タダなんてありえないじゃない。見返りは、なに?」
「それについては、今は申せません」
秘密だとくる寛江だ。だが嘘偽りで来られるより、ずっと良い。それに提供される思惑を勘繰っている暇もない。
「お願いします、寛江さん。雪南が、どこにいるか教えてくれませんか」
円眞が真っ先に口にしたのは、何より知りたい事柄だ。
寛江がすまなそうな表情で、首をわずかに横へ振る。
「現時点におけるラーダの所在は不明です。しかしながら無事であることは確認するまでもありません」
「どうして無事と?」
「召致された日時が、明後日の逢魔ヶ刻だからです」




