第7章:忘れられるはずもないー001ー
襲撃者は能力を持たない人々であった。
円眞は判明した事実に心が震える。
夬斗の案件で新宿御苑の坑道へ向かう際や、店先に潜伏していた連中などがそうだった。
これまで円眞を襲撃してくる者は、能力を獲得した者だけだった。一年前の『逢魔七人衆』殲滅は、円眞を一躍この街における時の人とした。だがそれは悪名にも通ずる立場へ追いやられた意味を含んでいた。
現在もなお無事でいる円眞。差し向けられてきた能力者たちをことごとく撃退してきた成果を物語っている。だが能力を持たない人々へ刃を向けられない性格を見透かされ始めてもおかしくない時期へ差し掛かっていた。
ここ最近、致命的とされる円眞の弱点を突いてこられるようになった、とするは思い違いであった。
狙いは雪南だった。
襲撃者は、所属していた暗殺団の連中か。経緯は不明なれど、能力を持たない著名人殺害の組織的責任を問われているのかもしれない。セデス・メイスン氏殺害は組織壊滅どころか所属していた者全てが消されかねない話しだ。
死に物狂いでくる連中に、報酬に釣られて殺害を引き受ける者も加わっているだろう。さらに能力使用の犯罪解決を専門とする能力者集団も乗り出してきていると考えるべきだ。
雪南を名乗るラーダ・シャミルの状況は、まさに八方塞がりであった。
「だいじょうぶよ、クロガネ」
黛莉が勇気づけてくるように呼ぶ。
力なくではあるものの、円眞は顔を上げた。
クロガネ堂店内に残っているのは、円眞と黛莉の二人だけだ。
少し前までは騒がしいほどだった。
店へ戻るなり彩香が、猛烈な勢いで説得にかかってくる。
雪南の正体を明かし、関わり合うことの危険性を捲し立てる。ラーダ・シャミルなる本名と、何より世界随一の権勢者を殺害した致命的な事実を告げてくる。
詳細を知らされ椅子にへたり込む円眞だ。なぜ自分を振り切って消えたか、理由が判明した。知りたくもなかったことだった。
「ちょっと、もういい加減してよ。クロガネだって、ショックなんだからさ」
彩香の激しい迫りに、黛莉が間へ入った。
「なに悠長なことを言ってるのよ。わかってる? 私らが置かれた立場。世界中から狙われてるのよ」
「あたしらが、そうそう簡単にやられるわけないじゃない」
「やけに楽観的じゃない。世界中よ、とんでもない相手がやってくるかもしれないじゃない。現にあの逢魔七人衆だって、えんちゃんのたった一撃で……」
彩香が慌てて口を切った。うっかり円眞の傷口をえぐってしまった。けれどここで引き下がるには、事態が切迫している。
「ともかく世界には、私らなんかが敵わない相手がいるかもしれないのよ。あの女が来たせいで、どんな危険があるかわからなくなってしまったじゃない。さっさと始末して、遺族に差し出すべきよ」
「ちょっと、クロガネの気持ちも少しは考えてあげれば」
黛莉は庇い立てする立場を崩さない。
彩香ははっきり冷笑を浮かべた。
「あんた、そこまでえんちゃんに気に入られたいの。いくら頑張っても無理なものは無理よ」
彩香は辛辣だ。媚びてもフラれた相手の心は取り戻せない、と言っている。
理解できる夬斗は、内心で冷や汗をかいた。止めに入らなければならなくなるのは必定、と手の中に糸玉を収めた。
黛莉が銃火器を発現させてくる、と思いきやだ。静けさを讃えた口を開く。
「あたしも、あいつが心配だから」
生気を失っていた円眞の目が開いた。
彩香は、固まった。ただそれも一瞬だ。すぐに嘲笑に似た声を発した。
「なに、言ってんの。あの女が来なければ、アンタにも可能性が……」
「あいつ、態度はでかいわ、食べることには意地汚いわ、ホント面倒なヤツだけど、でも一緒にいて楽しかった」
あまりの意外さに彩香が言葉を失う。
夬斗は何か考えるように成り行きを見守っている。
黛莉は、ぐっと両手を握りしめた。
「ラーダ・シャミルなんか知らない。雪南だもん、あたしが一緒にいたのは」
黛莉さん……、と円眞は微かに呟いた。
ふっと笑いを口許に浮かべた夬斗は頭をかきながら提案する。
「おい、彩香。俺らは帰ろう」
「な、なに言ってんのよ。あんたなんかに指図される言われはないわよ」
当然な反駁にも、夬斗は落ち着き払っている。
「いきなりで混乱している親友に反対ばかりしたって、余計にややこしくなるだけさ。気持ちを落ち着ける時間は必要だろ。まぁ、あまり時間はなさそうだけどな」
「じゃあ、なんであんたの妹は置いておくのよ」
「親友のことだ、一人では落ち込むばかりだからな。気持ちを逆撫でしない話し相手を置いておいたほうが、考えもまとまるんじゃないか」
釈然としない顔の彩香だ。それでも夬斗が円眞へ向けた内容で従うようになる。
「俺としては、雪南を庇うような真似は絶対に反対だ。彩香の言う通り、非常にまずい状況を招き寄せているからな。でも割り切れない気持ちだって解るつもりだ。だから今一度、冷静になって考え直してくれ。それでも行くと言うなら……」
「行くと言うなら?」
訊き返したのは、黛莉だ。
円眞はといえば、夬斗の決意の秘めた視線を受け止めていた。
「全力で阻止するつもりさ。俺は親友がみすみす死地へ飛び込んでいくのを見過ごすつもりはない」
これで話しは終わりだといった感じで、夬斗は背を向ける。
さすがにここまで言われれば彩香も、仕方なしと後ろをついて行く。
夬斗と彩香が店を後にすれば、しんっとした静けさに包まれた。