第6章:明確な対決と不明な横槍ー006ー
名字で畏って呼ぶ円眞に、楓と真琴は怪訝な顔した。
「ボ、ボクが冴闇さんにとってマイナスにしかならないなら、伺うことは控えます。でも一緒になって少しでも良い方向へ進められませんか。冴闇さんの苦しみを和らげるためなら、いくらでも協力します。お約束します」
呆気といった表情の楓と真琴だ。
華坂爺が大きく笑ってから声をかけた。
「こんな街にいながら、黎銕円眞はこういう人物なのですよ。いかがですかな?」
ため息と苦笑を入り混ぜて真琴が答えた。
「あー、もう、本当にワタシらの負けね。やっぱりトシ取ったね」
「ロボットのくせによく言うわ」
ツッコミを入れた楓は続けて、円眞の名を呼ぶ。はい、と返事があれば、黒縁メガネの底にある目を見据えた。
「あんたに伝えておく。黎銕円眞という存在は、この街が生み落した存在であるかもしれないってことを」
「ど、どういうことですか、それ」
当の円眞は無論のこと、ジィちゃんズでさえ注目を向けてきた。
「あくまでまだ可能性の話し。もっと調べてみなければ分からない。だから知りたかったら、顔を出すことね。もし黎銕円眞が今日のことを気にしないというならばだけど」
「あらー、カエデ、ツンデレね。素直に謝れないところがらしいわね」
うるさいっ、と楓が真琴へ返している。
ふぅ、と円眞は自身を調えるために息を吐いた。
自分の存在自体に関わる事柄ときた。今すぐでも聞きたいが楓の返答は、今後の関係を見据えてでもあるようだ。
これからだ、と円眞は自分へ言い聞かせた。
ふと思いついたかのように楓が訊いてくる。
「ところで、セツナって言ったっけ? あの娘いないけど、どうしたの」
はっとした円眞だ。横やりを入れてきた身元不明の敵を追いかけて行ったきり、未だ帰ってきていない。
「雪南を探しに行ってくる」
円眞は焦りを隠さずに駆け出した。
あたしも行く、と黛莉が後を付いていった。
「確かにおもしろいわ、黎銕円眞」
円眞と黛莉の背を眺めながら呟く楓の頭へ、真琴が左半身をくっつける。足りない部分の再生も始まれば、程なくして全身の復元は完了した。
何事もなかったかのようにセーラー服を着た少女の姿へ戻っていた。
ふ〜んといった顔つきの夬斗が復活した楓へ声を向ける。
「ところで、あんたらの本当の目的はなんなんだ」
「何が言いたいの」
「だって、そうだろ。その復元力、俺たちなんかが太刀打ちできる相手じゃなかったんじゃないかって思えたからさ。なにせこの街を何百年も裏で操っている魔女の一味だしな」
何百年はないね、と真琴が笑う横で、問い質された楓が口を開いた。
「あたしらが黎銕円眞を確かめたかったのは本当よ。でも流花に対して隠し事なんて出来ないから。他にも確認したいことはあった」
「やっぱり魔女も承知ってことじゃない」
彩香が挟んだ声を流して、夬斗は先を続けた。
「なんだ、その他にも確認したいことって」
楓からの返答は、問いかけに対してではなかった。
「流花からの伝言を伝えておく」
ほらっやっぱり、といった顔の彩香だったが、すぐ真剣になって耳を傾けることとなる。
「雪南というあの女。本名はラーダ・シャミルといって、ここに来る前はクランガーバニング・ホワイト・デスと名乗る暗殺団に所属していた」
「聞いたことはあるな」
返答した夬斗だけでなく全員を見渡して楓が告げてくる。
「ここが最近、大きなヤマを引き起こした。セデス・メイスンが殺害された事件は知っているわね」
知っているも何も、この場にいる誰もが衝撃で声を失う。
世界有数の大富豪であり、世界の実権さえ握っていたと噂されていた人物だ。自国だけでなく各国の権力に通じていることは、公然たる秘密のようなものだ。権勢者として表だけではなく裏の世界にまで及んでいたともされている。
そんなセデス・メイスン氏が殺害された。
「相当堅固な身辺警護のなかだから、通常の手段なんかじゃ殺れないわね」
「じゃぁ、実行したのは能力者だって言うのか。そんな報道されていないぜ」
夬斗は少々いきりたった声で返す。
無理もないことだった。
能力者がチカラを使用して一般人を殺害したら理由問わず死罪とする国際法が制定されている。ただし建前に近いほど実効性は薄く、現実は能力を持っての殺害は野放しに近い。証拠が挙げ難いからである。
だからこそ確実な事実として表沙汰となれば、厳密に執行されてきた。
華坂爺が嘆息するみたいに尋ねてきた。
「訊くまでもないことかもしれんが、楓さん。セデス・メイスン暗殺の実行犯は、現在『せつな』と名乗る人物が行ったことで間違いないんですかな」
「そう認知されている。そしてメイソン家からも独自で暗殺者抹殺の依頼を出したみたい。依頼だけじゃなくて報奨金まで懸けているという、事実と思われる噂もある」
楓の言葉が終わると同時に、背を返した者がいた。
「おい、彩香。どこ、行くんだ」
夬斗の呼びかけに、振り向いた目つきはとても冷たい。
「雪南じゃないわね、ラーダ・シャミルっていう女。ぶっ殺しに行くのよ」
「おいおい、待てよ。少し親友の気持ちを考えて……」
「だからじゃないっ!」
夬斗の言葉を遮って叫ぶ彩香の瞳は、感情的な態度と逆に凍てついていく。
「どうせえんちゃんは、何も出来やしないわ。なら恨まれることになってもいい、私が殺る」
「そうか。じゃ、俺もそれに乗る」
あまりにもあっさりとした同意に、不意を突かれたような彩香だ。
顔色も口調も変えない夬斗はなお続けた。
「そういえば、能力犯罪の専門家として宣伝に忙しい正義屋気取りの集団がいたよな。あいつらなんか動いていそうじゃないか。それにカネ目当ての殺し屋も動いているんだろう、世界中のな」