第6章:明確な対決と不明な横槍ー004ー
先ほどから響く銃撃音が、いっそう激しさを増していく。黛莉が乱射へ切り替えたせいだ。
標的はまともに弾を喰らっても涼しげだ。
「ムダムダね。我が身体はスーパー合金ね。銃弾ごときでは倒せない。だから、いくら撃つ数を増やしても意味ないね」
「うっさい、あんたを倒したくて撃ってるんじゃないわよ」
怒り心頭で黛莉はぶっ放し続ける。相手に銃弾が効いていないからではない。「バカ……」の呟きこそが乱射の原因だった。
最初に放った糸を引き千切られた夬斗はしょうがないといった態だ。
円眞の彩香に寄せる全幅の信頼が胸中を複雑化させたのは、黛莉だけでなく夬斗もだ。
彩香は裏で黛莉を牽制するほど、自身の手で円眞を殺すつもりでいる。黎銕憬汰を殺害した張本人として仇を討つつもりだ。
彩香の復讐は裏切りが前提だ。
慕う後見人が向けてきた刃に、円眞はどう想うのか。どれほど心痛めるか、想像に難くない。このまま放っておけるはずもないが、理解してもらうのは難しい。
「結局、黛莉は本気ってことか」
夬斗は状況が状況にも関わらず、兄の感慨へ耽っていた。
「ちょっとー、アニ……兄さん。なにボケッとしているのよ。早く手伝いなさいよー」
飛んできた黛莉の文句に、苦笑いの夬斗だ。どうやら円眞が近くにいる間はあくまで、普段のアニキではなく兄さんで通すらしい。
「ムダムダね。そいつの糸は効かないよ」
真琴の勝ち誇った物言いに、ちょっとカチンときた夬斗だ。無論、妹のように敵の前で感情を露わにはしない。内心はともかく表には出さないよう心がけてきた逢魔街での日々だ。表情を取り繕えないようであれば、あの日の後悔も取り返せない。
余裕の微笑を無理に作って夬斗は両手で糸を投げつけた。
夕陽できらめく糸が真琴に絡みついていく。
真琴は雪南に飛ばされた右腕の手首を飛んでこさせた。左手と共に掴んでは、再び引き千切らんと力を入れる。
「なんだね、これは」
驚く真琴に糸がぐにゃりと纏いつく。引っ張ってもネバネバしたまま伸びるだけだ。
「俺の糸は、変幻自在なのさ」
胸を張るような夬斗だ。
黛莉は眉を顰めた。敵対する相手の能力認識具合が、いざという際に勝敗の分かれ目へなりかねない。脇が甘いも甚だしい見栄の張り方だ。感情的になりやすいは昔から変わらない。
今回は、手の打てない相手で幸いだった。
夬斗の粘糸が巻く量を増やしていく。怪力と分離を封じられた機械人形は首だけとなるまで包まれる。真琴はどっと地面へ倒れ伏した。
真琴! と叫ぶ楓に日本刀が斬りつけられた。
ひらり、とかわせば、斬りつけてきた相手が嘲笑してくる。
「どうせくっ付くんだから、避けないでくれる」
「でも動きが鈍ったら、アンタたちをゾンビにさせられないじゃない」
彩香の挑発には乗らない楓だ。
しかし彩香の目指すところは挑発ではない。少し言葉を交わすことで、半瞬でもいいから気を奪うことだった。
返事へ向けた意識が、楓の身体を引き裂いた。円眞の伸びる刃によって肩から腰にかけて、すっぱり両断される。またもやと言える行為だ。先ほど彩香が見せた斬り方である。
楓は頭を乗せた左半身の腕を崩れ落ちかけた右半身へ伸ばしていく。
楓の手が届く直前に、右半身が日本刀で貫かれた。粉砕されるまで、まばたきする間もない。
彩香の能力に、楓は舌打ちして身を翻そうとした。
今度は右肩から垂直に斬り裂かれた。円眞の一閃だ。
首だけとなった楓だが地面へ転がらない。首だけでも宙へ留まった。
それが仇となった。
宙で舞いかけた楓の額に日本刀の先が突き刺さる。終わりよ、と彩香が冷たく言い放つ。
「ま、待って、彩香さん。その人へ能力を使わないで」
駆け寄りながら円眞が慌てて押し留めてきた。
「なんで、えんちゃん。こいつら私らを潰しにかかってきてたのよ」
承服しかねる返事の彩香だが、能力は使用しない。
息急き切ってやってきた円眞が見つめる。
額に日本刀を突き立てられた、おかっぱ頭の青白い少女。夬斗の糸に捉われ地べたを転がるロボットの少女にも視線を配りながら訊いた。
「も、もし貴女たちがいなくなったら冴闇さん、ひとりぼっちになってしまいませんか?」
楓と真琴が押し黙ったことで答えは得られた。
「知っちゃこっちゃないわよ、こいつらの事情なんか」
彩香が吐き捨てるに対し、円眞はゆっくり首を横に振った。
「そ、そんなはずないよ。彩香さんなら独りきりなる気持ちは解るはずだよ」
「……ずるいわね、えんちゃん。そんな言い方……」
普段にない顔を彩香が見せれば、夬斗が傍へやって来た。
「こいつらがいなくなったら、魔女がどう出てくるか。親友の言う通り、潰すことが却ってヤバそーな感じは、確かにするな」
「えー、でもー。ここで逃してやっても、またクロガネを襲ってくるわよ」
黛莉は兄の意見に同意しかねている。
肝心の当人はである。
「でもボクはやっぱり、冴闇さんとは話し合っていきたい」
内容は立派だが、ここは逢魔街だ。ためらいなく殺らなければ生き残れない風土にある。
相変わらずだ、といった顔で三人は円眞を見つめた。
「ふっふっっふー」わざとらしいまでの笑い声が立った。