第6章:明確な対決と不明な横槍ー001ー
カフェで一旦休憩となった。
流花の美貌に卒倒した和須如兄妹と彩香は何しにきたか解らないまま引き揚げだ。けれども会談した円眞や雪南よりも疲れた顔を三人揃って見せてくる。
一休みのお茶するなかで、円眞は夬斗へ流花から聞いた話しを伝えた。
探していた人物がいる可能性を秘めた場所についてだ。いかなる者をもってしてでも計り知れない空間みたいである。もし逃げ込んでいたら無事には済まないと断言された。
そうか、と夬斗が物思いに耽るように目を閉じる。
「俺はもしかしてガセに踊らされていたのかもしれないな。感情的になりやすいところををつけこまれたかもしれない」
「か、夬斗くんが感情的になりやすいなんて、見えないけれどな」
にこやかに驚いたとする円眞に、夬斗は苦笑で応えた。
「ちょっと商売がうまくいっているだけで、俺なんか、ぜんぜんさ。むしろ今回の件は親友の冷静な対応が尊敬に値するよ」
ベタ褒めなんて、何か裏があってと捉えるがこの街に住む者の常識だ。だが夬斗の言葉ならば素直に喜びたい。
なんだか円眞は、夬斗のこれまでを知りたくなってきた。
逢魔街に居を決めた早々に、向こうから顔を出してきた。当初から親しげ態度で接しこられれば、拒否する理由もないまま現在へ至っている。仕事の兼ね合いから始まった関係は、今や公私に渡っていた。
ただここに住む者の常識として、過去へ触れないがある。
出会う以前については、逢魔街に住みだしてからだ。円眞より二年ほど先立ち、この地で生活を始めたと聞いている。
それしか知らない。逢魔街へ住み着くまでの経緯は不明だ。能力が目覚める契機は、妹の黛莉から夏波が関係しているようだと推察できるくらいだろう。
その妹である黛莉については、ほとんど解っていない。
過去を詮索しないは、この街でルールみたいなものだ。けれどもあくまで暗黙の了承にすぎない。より本気で付き合っていきたいなら踏み込まなければならないこともあるのではないか。
今、横にいる女性もそうだ。雪南と呼んでいるが、本名ではないことは魔女に指摘されるまでもない。出会った当初から予測は付いていた。もし未来を考えていいならば、いずれ踏み込まなければならない事態が待ち受けているだろう。知らないままで過ごせたらが理想かもしれない。けれど知らずにいたせいで後悔する可能性だってある。
夬斗に負けず円眞もシリアスに考え込んだ。
ただ円眞の悩みの源である雪南は、パスタを平らげた口でタマゴサンドを頼んでいた。しかも運ばれてくるまで待てないとばかり、黛莉の苺たっぷりパンケーキを目も止まらぬ素早さで口に放り込む。
アンタ、ぶっ殺す! と始めた黛莉だ。
また頼めばいいだろう、と返す雪南は反省の色なしである。
面倒事には慣れている土地柄とはいえ、昼間である。しかも強力な能力を有する両者のぶつかり合いは厄介程度で済みそうもない。
すぐにでも能力を発動させそうな女子二人に周囲がざわつきだした。
円眞は懸命になって割って入り、夬斗は楽しそうに眺め、彩香はアホらしいとばかり我れ関せずの態度だ。
なんとか事を起こさないよう解散の流れになれば、黛莉の「アンタ、絶対太るからっ」が締めの言葉となった。
和須如兄妹は会社へ、彩香は用があるからと別方向へ歩いていく。
円眞もまだ帰宅するつもりはない。夬斗の会社から多少まとまった売上金が計上されてくるとはいえ、損壊分を取り戻すにはまだまだ遠かった。クロガネ堂の売り上げ自体が元々厳しければ、のんびりなどしていられない。
「円眞は本当に一生懸命なんだな」
ほとほと感心したとばかりの雪南が肩を並べてくる。
漫然と受け止めた円眞だが道中で、はたと気づく。今日は大変な一日に違いなかった。自分のペースで仕事場へ向かっているが、雪南はどうなのか。他の三人はそれなりに疲れた様子を見せていた。
「せ、雪南、無理して店へ付き合わなくてもいいよ。やることなんて大してないんだから、先にアパートへ戻ってくれててもいいんだ」
「ご飯なしで、あんなところへ戻ってもしょうがないではないか。ワタシは働くぞ、円眞が早くご飯が作れるように手を貸そう」
雪南の旺盛な返答だ。まるで食べていないかのような申し出がおかしくてたまらない。
ふと、円眞は気がついた。自分の口許が緩んでいることを。
父殺し以来、初めてではないだろうか。作ったではない、心から湧き上がった笑いなんて。
ずっとこのままで……。逢魔街に住み着いた円眞が未来を願った最初の瞬間であったかもしれない。
一方、円眞に大きな影響をもたらした碧き瞳の大食漢は普段のまま続けた。
「それに円眞は強いが弱点がある。そこを突いて殺そうとする輩がいるから、ワタシは離れるわけにはいかないんだ」
言葉の最中に、白い戦斧が振り上げられた。
えっ、と円眞が驚く前で、雪南が発現させた髪の長い白き女性は攻撃を繰り出した。