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第5章:色めく魔女ー002ー

 無邪気に返す流花(るか)の前に、真琴(まこと)が立った。立ち塞がったとする表現の方が正しいかもしれない。


「アンタ今、流花に何しようとしたね。言っておくが容赦しないよ」


 真琴がクロガネ堂を訪れて以来、初めて見せる険しさだ。空気が一気に張り詰めていく。


「す、すみません、雪南(せつな)はちょっと短気で、すぐ危ないことを考えてしまうんです」


 慌てふためき立ち上がった円眞(えんま)だが、続ける声は急ぎながらも決意を滲ませていた。


「でも今の雪南は、いきなり命を奪うような真似はしません。それでも許さないとするならば、ボクは雪南を守ります。貴女たちの敵です」


 円眞……、と呟いた雪南が急いで代理人体を消した。素直に頭を下げる。


「すまなかった。流花、許してくれ」


 流花は(かえで)にしたように真琴の背中に組みついていった。


「この街では事情に踏み込まないのが、暗黙の了解だったね。こちらこそ配慮が足りなかったみたいだ、ごめん。こちらこそ許してくれるかな、雪南ちゃん」


 途中からいたく真面目な声になった魔女と呼ばれている流花である。


 ほら、とやってきた(かえで)にブレザーの袖を引かれた真琴だ。立場を入れ替えた魔女付きのコンビである。二人という呼称が正しいか微妙だが、ともかく流花の両脇を固める位置へ着いた。

 再び両者が腰を落ち着ければ、円眞が頭を下げて無礼を詫びた。


「いやいや、わざわざ魔女の館に乗り込んできたんだ。神経が尖るのは当然だよ」


 にっこりする流花だ。

 確かに魔女だな、と美女の笑顔に円眞は胸の内で呟く。


「せっかく来てくれたんだ、流花が知る限りのことは答えてあげるよ」

「で、でも呼んだということは、ボクたちに何か聞きたいことがあるんじゃないですか。冴闇(さえやみ)さんこそ遠慮なさらず仰ってください」


 名字はいいねぇ〜、と流花が笑みの下で応えてくる。それから意外なことを言ってきた。


「別に、流花としては話すことなんてないよ」


 えっ? となる円眞に、流花はにこやかに続ける。


「ただ流花としては、黎銕(くろがね)くんを近くでじっくり見てみたかっただけ。だからもう充分なんだ」


 ボクを見る? ぼさぼさ頭の黒縁メガネをかけた自分の顔を思い浮かべながら、円眞は両手を頬へ当てた。


「別に黎銕くんの容姿を確認したかったわけじゃないよ」


 可笑しそうな流花へ、呼び捨てで呼ぶ声がした。

 流花の両脇に立つ楓と真琴の二人に若干の緊張が走る。

 それを知ってか知らずか、雪南は真面目な声で問い質す。


「流花はヒトの心が読めるのか」

「う〜ん、それは違うな。流花が判るのは見えることだけ。それも色だけだよ」

「なに言ってるんだか、分からないぞ」

「そうだなぁ、感情を色で見られるのが流花の能力ってこと。それが経験則で考えていることに当てがつけられるようになった、そんな感じかな」


 今一つ理解しきれない雪南に対して、円眞はある考えが巡る。

 流花の能力は、本人に相当な負担を強いているのではないか。誰彼のべつ否応なく他人の気持ちが雪崩れ込んできたら、耐えられるものだろうか。心が読まれると知って自分もまともに付き合えるだろうか。

 現に流花の能力を聞いて、円眞は警戒というか嫌な気分になった。そんな自分がなんだか相手に申し訳ない。


「黎銕くん、キミは優しいね。でも気にしなくていい。流花には読み難い色を放っているから」


 流花が見透かした発言を放ってくれば、円眞も聞き捨てならない。


「ど、どういうことですか」

「目が塞がれた色という感じかな。流花にすれば、二人目だね、この色は」


 両脇の楓と真琴がはっきり驚愕を浮かべていた。

 これがどれほどの重大な事実か、円眞には解らない。

 くすり、と流花は大抵の者が見たら悶絶する所作を見せた。


「まだ初対面だと話したいことなんて思い浮かばないよね。黎銕くんが今後も来てくれるならば、流花はいつでも歓迎するよ」


 楓と真琴が流花の頭上で視線を交わし合っている。どうやら付き合いを続けようという話しでまとまりそうな気配だ。

 安堵の空気が流れだした、その時だった。


「本気で言っているのか、魔女よ」



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