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第4章:鋼の使者ー006ー

 反対よ、と彩香(あやか)がきた。

 並んで座る夬斗(かいと)黛莉(まゆり)も同意の顔つきだ。


 鍋を挟んで腰掛ける円眞(えんま)からすれば意外だった。


 円眞の隣りにいる雪南(せつな)夏波(なつは)を襲撃した負い目があるせいか、それとも食欲に支配されてか。がつがつかき込んでいた。


「ど、どうしてですか、またとないチャンスが向こうから飛び込んできたんですよ」


 円眞の反駁に、彩香は身を乗り出す。


「会いたいだなんて、えんちゃんをおびき寄せる罠に違いないじゃない」

「で、でも噂通りのお使いの方だったから、相手が魔女なのは間違いないんじゃないですか」


逢魔街(おうまがい)の魔女』円眞なりに調べてみた。

 都市伝説を出ない類いだが、けっこう有名な話しらしい。

 噂によれば常に二人の側女を伴っているそうだ。一人はおかっぱ頭したセーラー服の妖怪めいた少女で、もう一人はブレザーを着た女子高生ながら腕や踵から火を吹く。

 円眞のもとへ使いとしてやってきた真琴(まこと)は噂そのものであった。


「疑うわけじゃないが、親友。ロケットパンチ撃てるなんて、どういう作りになっているんだか想像もつかないぞ」

「でもワタシだけでなくジィさんたちまで、はっきり見ているぞ」


 夬斗(かいと)の疑問に、お碗と箸を両手にした雪南が助け舟を出す。


「でもさ、クロガネ。仮に魔女からの招待が本物だったとしても、理由がただ話したいだけとは思えないけど。おびき寄せの線が高いんじゃない、やっぱり」

黛莉(まゆり)のくせに、まともっぽいこと言うな」


 雪南が茶々にしか聞こえないセリフを真面目な顔をして吐いてくる。


「アンタ黙って食べてなさいよ」


 黛莉の対応は投げ捨てであった。

 腕を組むような表情で考え込んだ円眞だ。けれど口を閉ざしている時間はそう長くなかった。


「だ、だけどやっぱり会ってみようと思う。もしかして、例のドアの鍵についても聞けるかもしれないし」

「ああ、その件なんだが、親友。もう忘れてくれ」


 夬斗はグラスから口を離すなり、すまなそうな顔をした。


「ど、どうしたの。なんかあった、夬斗くん」

「夏波さんに怒られた」


 ざっくり一言で片付けた夬斗だ。

 思わず円眞は妹へ顔を向ければ、黛莉は肩を竦めた。


「しょうがないんじゃない、夏ねぇーがそう言うんだったらさ」

「そうだ、そうだ、夏波がそう言うんだったらな」


 同意を被せてきた相手が雪南だったためか、黛莉としては「うっさいわねー」である。

 雪南もお碗と箸を持ったまま「なにを言う」と始めたから、収集がつかない会話の対決が始まる。もはや円眞も夬斗も止めない雪南と黛莉の恒例行事である。

 女子同士の大騒ぎを横目に、夬斗は円眞へ報酬について切り出した。なかなかな金額を伝えては、頭を下げてきた。


「今回の件では、いろいろすまなかったな、親友」

「こ、こちらこそ謝らなきゃだよ。でもさ依頼の件、ホントに夬斗くんはいいんだね?」


 心中を見透かすような円眞に、夬斗は苦笑した。


「まったく変なところで鋭いよな、親友って」

「し、親友だからね」


 ちょっとだけ複雑さを漂わせながらも満更でない夬斗の表情だ。

 彩香が割り込んできた。


「えんちゃん、やっぱりやめときなさいよ。不透明すぎるわ、危険すぎる。なによ、魔女って。この街でそんなふうに呼ばれている女なんて、ヤバすぎるわよ」

「ボ、ボクはこの街の秘密を知りたい」


 円眞の放った一言が、会話の相手である彩香と夬斗だけではない。隣りで大騒ぎしていたはずの黛莉まで固まった。周囲の席からもたらされる談笑がまるで遠くから響いてくるかのようだ。

 雪南まで雰囲気に当てられて黙り込んだ。


「ど、どうしてこの街にいると、夕方に自分でさえ訳わからないチカラが出てくるのか。なんでボクがあんなことを仕出かしてしまったか。魔女と呼ばれるくらいのヒトだったら、何か知っているかもしれない」


 円眞にしてみれば自然な希求かもしれない。けれどもここで暮らす者が誰ともなしに禁忌としている事柄だった。


 逢魔街の秘密を暴く。

 かつて国家規模で解明に乗り込んできた例はあるが、ことごとく手痛いしっぺ返しを受けている。首謀者を含めその近辺に至る者たちへ必ず訪れる死は、まともなどなかった。酷い最後が誰の手からか解らぬまま間違いなくやってくる。

 神秘のベールが被されるだけの事由はあるのだ。

 そこへ円眞は切り込もうと言うのか。


「彩香さんなら、わかってくれるよね」


 先を見越して言ったのか、あの現場にいた唯一の生存者だから理解してくれるはずと思ったのか。両方の意図を含んでいたかもしれないが、円眞のどもらない先制は効いた。


「でも、でも、そんなの危なすぎる。えんちゃんに何かあったら私、困るわ」


 滅多に見せない動揺を露わにする彩香だ。

 円眞の横に座る夬斗は何か納得したような顔つきでグラスを置いた。


「じゃあ、親友。魔女のところへ行く時は、俺も連れていってくれないか」

「で、でも、社長に万が一があったら……」

「親友がいなければ、世界征服は叶わないからな。行くと言うなら、それくらいの条件は呑んでくれないか」


 普段と変わらぬ口調ながら、頑とした感じが窺える夬斗の要求だ。

 ならばとばかりに、雪南と黛莉が続く。


「そうだ、そうだ、ワタシも行くぞ。円眞を殺すのはワタシだからな、何かなどあらせやしないぞ」

「なによー、だったらあたしも行く。クロガネのトドメを刺すのは、このあたしなんだからー」


 息もぴったりな女子二人はこれで終わりとはならなかった。

 黛莉は来なくていい、なんて雪南が口にしたから始まった。あんたこそいらないわよ、と黛莉が返せば、再び会話のドンパチが繰り広げられていく。


 あっ始まった、とだけ思う円眞だ。今晩はあまり構っていられない。

 現在は何より訪問をどうするかが思案どころだ。魔女の元へ訪れるに、誰か同行を求めるのはおかしくない。けれど一人ならまだしも三人は多すぎないか。


「私も行くわ、絶対に連れてって。えんちゃん、お願いよ」


 さらに彩香まで同行を希望してきた。

 いくらなんでも自分を含め五人など多すぎる。だがこの場にいる誰もが退く気はなさそうだ。


 翌日、円眞は人数を減らすよう要求される覚悟で、真琴へ希望人数を伝えた。

 返事は、構わないときた。いくらいても構わないといったニュアンスさえ感じた。

 どうしてそこまで寛容な回答であったか、招かれた場で判明した。


 魔女を目にした途端に、彩香を皮切りに次々と卒倒していったからである。



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