第4章:鋼の使者ー005ー
レジに座る円眞を除く全員が一斉に振り向く。
制服と思しきブレザーを着た少女が、店内にいた。首元に赤の蝶ネクタイが結ばれ、髪はセミロングの一見は女子高生だ。けれども只者ではない。店内にいる誰もが気づいている。これだけのメンツが揃っていながら気付かぬうちに接近を許していた。
「おい、オマエはなんなんだ?」
雪南が問い質すが、ブレザーの少女は答えない。すっと音もなく華坂爺へ近寄った。
円眞は両手に短剣を発現させた。前触れなく懐に飛び込んでいくなど、危害目的しか考えられない。ここ逢魔街では当然な考え方だ。
なのにもう相手の手は華坂爺の頭へ伸びている。
やられた、と円眞は臍を噛んだ。頭が吹き飛ばされる覚悟した。
「よくここまで生きていたね、えらいえらい。お姉さん、嬉しいね」
嬉しそうに優しく白髪を撫で回し始めた。齢八十を越えた老人をまるで子供みたいに扱う女子高生の絵図だ。
最悪の予感とは大きく異なる結果に、呆気に取られた円眞だ。
ただ当人の華坂爺に、近くに立つ多田爺と内山爺は神妙な顔つきをしている。円眞にすれば目にした試しがないジィちゃんズの態度だ。
「おい、華坂爺。知り合いか」
我に返って尋ねた雪南に、華坂爺が答える。
「憶えある。あるんじゃが詳しいことが思い出せん」
「それはそうね、だって記憶操作してるから、はっきり思い出せるはずないね」
華坂爺の頭から手を離したブレーザーの女子高生風は、にこやかに不穏な内容を告げてくる。
雪南は代理人体である戦斧を持つ白き女性を宙空へ出現させる。
円眞もまた両手に握る短剣を消滅させられない。
「そんな警戒しなくてもいいね、少なくとも敵じゃないね」
相変わらずな笑顔の新参者に、雪南の代理人体が白い戦斧を構える。相手の額へ照準を定めていた。
「それはどうなんだ。記憶操作が可能ということは、華坂爺たちを都合よく洗脳しているかもしれないだろ。信用するなど出来るか」
「切れ味鋭いことを言うね。では身元と今日来た意図を伝えるとするかね」
ブレザーを着た女子高生風は、なぜか腰へ両手を当て胸を反らした。
「私は歩部真琴、まこちゃんと呼んでいいね。ここの店主へ言付けを頼まれてやってきたね」
「おい、真琴。円眞に何か伝えるふりして危害を加えるつもりじゃないのか」
呼び捨てで呼ぶ雪南だが、今にも攻撃へ移りそうな雰囲気だ。
「そこまで疑い深いのはどうかね。せめて呼び名は、まこちゃんできて欲しいね」
「ふざけるな。ワタシだけならともかく、ここにいる全員の誰にも気づかれず背後まで来られるなんて、一流の暗殺者と疑われて当然だぞ」
雪南のもっともな指摘に、真琴という女子高生風はやれやれと肩を竦める。
「えー、雪南といったかね。あんたが考えられる存在以上のモノがここにある。それが逢魔街ね」
「前置きはどうでもいいかから、早く正体を明かせ」
「暗殺者などといった人間を前提にした存在ではないということだね」
だからなんだ! と苛立つ雪南にも、真琴は笑顔を崩さない。
「ロボット。気取った言い方をすれば、アンドロイドね」
気取るも何も告げられた事実が受け入れ難いのは、雪南ばかりでなく、円眞もだ。さすがに外側だけでなく人間そっくりな機械仕掛けなんて知らない。
けれど……円眞にある考え巡った。もしかして人間だと思っていた相手の正体はロボットだったなんてあるかもしれない。この街で生きていくなら、絶対を思い込むほど命取りになる。
「おおっ、そうじゃ、そうじゃった」
内山爺が妙に高揚した声を張り上げた。懐かしむような独白を開始する。
「本当にロボットかどうか、直接確かめさせてもらったもんでしたなぁ〜」
「そん時、あんた、胸揉んだね。なんてエロガキだと思ったものね」
しかめっ面にも似た口調は、真琴が初めて見せる動揺だ。
内山爺が気に留めるはずもなく鼻の下を伸ばした。
「柔くてのぉ〜、あれこそが儂のリビドーだったわ。そうそう、それでもロボットかどうか解らないから服の下を見せてくれとゆうたら、腹の一部を開けて機械仕掛けの部分を見せてもらった時は、それはそれで興奮しましたな」
「消したはずなのに、なんでそんなことまで憶えているね」
真剣に驚いているロボットだという真琴である。
ほっほっほぅー、と笑うは好色ないつもの内山爺だ。
「あれが儂の出発点じゃったからな。おかげで人間でなくてもイケるようなりましたぞ」
おいっ円眞! と雪南の呼ぶ声がする。見れば、険を湛えた碧い目があった。
「このジジィ、女の敵だ。殺していいか」
思わずうなずきそうになった円眞であるが、慌てて首を横に振った。完全に問題が別方向へいってしまっている。
「思い出話しはロクなことにならないから、信用は実践あるのみね」
真琴が右腕を店外へ向けて垂直に伸ばす。
「うなれ鉄拳、ろけっとぱ〜んち」
何をふざけたことを突っ込むより早くである。
真琴の右手首から先が外れた。噴射としか考えられない火の尾を引いて飛んでいく。
円眞ですら、ぽかんと口を開けて見送ってしまった。
真琴のパンチは向かいビルの裏手へ消えていく。
しばらくして屋上から人影が落ちてきた。
「ずっとこの店を見張っている奴らが二十三名はいるね。ヨーロッパの暗殺団体に所属する顔が記録から参照できるね」
ロボットと認めるしかない真琴の現状報告が終わるや否や、真っ先に飛び出したのは雪南だ。その後ろを寛江が追って出ていく。
「ほら、あんたも行くね。あんたが加われば、勝利は確実ね」
真琴が内山爺を急かす。
ほっほっほぅー、とカイザーナックルを拳に嵌めながら内山爺は言う。敵を倒した暁には豪褒美として……、といったところで真琴に蹴飛ばされていた。
しぶしぶ店外へ出ていく内山爺に続くべく円眞もレジを飛び越える。すると真琴の伸ばした左腕に制された。
「黎銕円眞は行かなくていい。あの三人に任せておくね」
「で、でも、それじゃ悪いですよ」
「相手は能力者じゃないね、人間ね」
円眞の動きは止まった。な、なんで……、と思わず呟いてしまう。
確かに一年前のあの日から怨みは買っている。最近でこそ減ったが、この街に身を置いた当初は大変だった。頻繁に襲撃を受けたものだ。
けれど相手は全て能力者だった。最強かと噂される円眞に対して、それは当然だ。
当然だと思っていた。
「一般人相手の黎銕円眞は、ただの足手まといだね。ここは素直に任せるよろし。もしあの三人が突破されても、さんぼうにみっちゃんがいるから大丈夫だね」
真琴が呼ぶ懐かしい愛称に、華坂爺と多田爺は少し気恥ずかしそうだ。
「で、まこちゃん。クロガネ堂を狙っていた輩を知らせるために来たわけではないでしょう。久々に我らの前へ姿を現したくらいですから只事ではないですよね」
ニックネームで呼ぶ華坂爺の言葉遣いはすっかり若返っていた。
にっこり笑って真琴は円眞へ向き直る。
「逢魔街の魔女が黎銕円眞に会いたいと言ってきている。どうするかね?」
円眞にすれば返事などするまでもない誘いであった。