第4章:鋼の使者ー004ー
華坂爺の夏波は変態とする評に、他の爺たちも深くうなづいている。
「なんだと、夏波は素敵なんだぞ」
「そうですね、どういうことなのか、教えていただきたいものです」
雪南は無論のこと、ジィちゃんズのお付きである寛江も知りたがった。円眞だってそうだ。
「和須如のところの事務の女、かわいい娘が好きなんじゃ。特に若い娘がな」
華坂爺が始めた説明に、円眞はちょっと意外性を感じただけだ。大したことではない。
「本当に目がない、といった感じでな。もしお眼鏡に適う娘を見つければ、自分で着飾るまでまといつくぞ。それこそ拒否など出来ないくらいにじゃ」
なんだか雲行きが怪しくなってくれば、円眞は居住まいを正す。
「どうやってか知らんが、いい娘を見つけると住居から連絡先まで徹底的に調べ上げてじゃな、お着替えさせてくれるまで粘るに粘るという執着心じゃ。小娘、着替えたら写真を撮られたじゃろ」
「せっかく着替えたんだから、当たり前ではないか」
「そうじゃな、確かにその通りじゃが。儂ら一度、和須如の兄に頼まれて、あの女の部屋へいった時があるんじゃが、それはそれは……」
いきなり言葉を切った華坂爺である。
先を促したい円眞だが、様子がである。動じることなどなさそうなジイちゃんズの表情が一斉に複雑さで歪んだ。いや〜な記憶がさも甦ったと言わんばかりだ。
思わず円眞と雪南に寛江といった事情を知らない者同士で顔を見合わせたくらいである。
コホン、と華坂爺は咳払いした。
「まだ経験ないエンくんに聞かせては、女性というものに絶望しかねないからな。うん、そうじゃ。女を知ったら、教えてやろー、そうしよう」
なんだか円眞をダシにして濁されて感じだ。ちょっと納得いかない。
ところで円眞さん、と寛江が質問してきた。
「その夏波さんという女性は、どうやって雪南さんへお近づきになったのでしょうか」
円眞は追求より答える方を選んだ。どうせジイちゃんズのことだ。うまくはぐらかされてしまうに違いない。それに寛江の質問は円眞がジィちゃんズに訊きたい思っていたことへ繋がる。
円眞は依頼の守秘義務から、ある人物を探すためとして逢魔街地下に入り組む坑道へ潜り込んだ経緯を語った。
「エンくんも行ったのか、あの場所へ」
「も、ということは華坂さんも行ったことがあるのですか」
華坂爺の反応は、円眞の期待に応えてくれそうだ。
「ずいぶん昔じゃがな、今じゃもう化け物の巣窟となっているから近寄りもせぬ」
「で、では玄関のような扉は見ましたか」
「ああ、ふざけた扉じゃろ。普通の玄関みたいなくせして、攻撃をそっくりそのまま跳ね返してきよったわ」
先達がいた事実に、円眞の気は逸る。まだ夬斗からの依頼は諦めていない。
「あ、あの扉に関して解ることはありますか。もし教えいただけるなら、それ相応の情報料は提供します」
「金を貰えるほどの情報など持っておらんよ」
「そ、それでは情報提供者となれる人物は知りませんか」
「あそこから帰ってきた者自体が少ないからのぉ」
そう簡単にいかないか、と円眞は頭を掻く。ただでさえ逢魔街の謎とされる一つである。
ただな、エンくん、と華坂爺が声をかけてきた。
「あくまで噂なんじゃが、あの扉を開ける鍵を持つ者が存在するようなんじゃ」
「え、えっ? 鍵があるんですか。いったい誰が持っているんですか」
前のめりになる円眞に、華坂爺の返事は少しためらってからだった。
「魔女じゃ」
ふざけている、とは思わない。だからといって素直な首肯も難しい。
逢魔街なら『魔女』と呼ばれそうな者は相当数いる。けれどここで『魔女』を指すとしたら、かつていた『逢魔街の神々』の身内である。だが姿を見た者がいない。それにも関わらず街の住人に『逢魔街の魔女』は噂ではなく居ると信じられていた。
判断が難しい話しに円眞は返す内容が浮かばない。
そこへだった。
「よく憶えていたね、上出来だね」
この場にいる者以外の声がした。