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第4章:鋼の使者ー002ー

 昼間の健全さを拒否した暗い店内に、老人たちは詰めかけていた。


 昼下りのクロガネ堂にて、円眞(えんま)がレジ越しにまず渡したのは波佐見(はさみやき)焼の徳利だ。

 ほっほっほぅー、と例の笑い声を立てながら内山爺(うちやまじぃ)が箱から取り出す。さほど高価な陶磁器ではないが、この陶芸作家がお気に入りらしい。きめ細やかな女性の肌に通じるものがありますのぉ〜、と口にしながら白磁に施された淡い文様を撫で回している。なんとも言えない手つきに周囲は、特に雪南(せつな)がドン引きしていた。


 気を取り直して円眞は、多田爺(ただじぃ)へアンティークの置き時計を差し出す。

 手に取れば、多田爺は声もなくしげしげと眺めている。ほぉ〜、とやがて吐いた息は、満足以外の何物でもなかった。

 同型を所持していた時計屋を見つけられたのが幸運だった。時計屋自ら修理を買って出てきてくれた。やりがいを感じてであれば、十二分の仕上がりは約束されたようなものである。


「こう言ってはなんですが、壊されたことが却って幸いしましたね」


 銀髪のオールバックで決めている寛江(かんこう)が、誰ともなしに言う。

 皆がうなずくなか、ただ独り失ったモノが還らない華坂爺だけが仏頂面を崩さない。


 これをクロガネ堂の店主が放っておくはずもない。


 円眞は華坂爺(はなさかじぃ)へ説明を始めた。印刷違いと思われていたジャケットの真実である。

 真相は版元に無断で製作されたものであったらしい。さほど出回らないうちに回収されたため、現存数がより限られた。違反品の実情が隠されて招いた高額さなのである。


「先方のバイヤーには費用の返金を請求しています。実際に応じるか現段階は不明ですが、交渉は続けたいと思っています。今しばらくお待ちいただけますか」


 円眞の仕事ぶりに、客たちから感心が寄せられてくる。

 しかし肝心の当人だけは押し黙ったままである。


「どうした、華坂。壊したワタシが言うのもなんだが偽物を掴ませられずに良かったではないか」


 遠慮のない雪南へ、店主の円眞がたしなめる。


「お客さんに呼び捨てはダメだよ」

「うん、そうだな、円眞。気をつける」


 素直な雪南へ向ける円眞の表情に、多田爺と内山爺に寛江は感じ取った。青年店主と雇われた碧い瞳の女性従業員の間柄に変化が生じていることを。


 もはや興味は依頼品にない。わくわくする話題が目前で転がっている。

 誰もがそうだろうと考えていたから、ぽつりと洩らされた一言にお客さまたちは意表を突かれた。


「……欲しかった」


 真っ先にゴシップへ飛びつくはずの華坂爺が無念を滲ませている。

 はあ? との文字が浮かび出てきそうな周囲の顔つきである。

 滞る空気を破る役目を担うかのように雪南が口火を切った。


「どうしてだ、華坂爺。偽物なんだぞ、そんなモノを欲しがってどうする」


 爺を付けたことで呼び捨てでないとする感性には困った円眞だが、取り敢えず今はである。依頼主の本意を知ることだ。

 華坂爺が杖をぐっと握り締めた。


「誰も持っていないモノが欲しい。それが収集家たる者の業じゃ」


 そうなんですか、と円眞がジィちゃんズの他の二人へ訊いている。

 返ってきたのは微妙な反応だ。ん、まあ、と濁すが多田爺である。求めるモノが違いますからな、とするが陶芸収集の内山爺である。


「なんじゃなんじゃ柔いやつらじゃの〜」


 見下すような華坂爺へ、雪南がである。


「やめておけ、華坂爺。偽物集めなどしていたらキリがないぞ」

「誰が偽物集めをしているなどと言っておる、この小娘はっ」


 ここからやいのやいのと始まれば、またかと円眞は頭を抱えたくなる。まったく雪南と華坂爺はそりが合わない。


「そうそう、そういえば雪南さん、今日はずいぶん可愛らしい格好をしていますね」


 寛江が窮余の策とばかりの質問を投じた。

 これが意外に効果を挙げた。

 雪南が身に付けている白いブラウスに胸元を強調するように開いたオレンジのビブエプロンだった。


「いいだろ、これ。昔のあるレストランで流行った制服が元になっているらしいぞ」


 内山爺が喰いついてくるのは当然として、多田爺どころか華坂爺まで興味を示してきた。どうやら郷愁を刺激する代物だったらしい。あれこれ制服の感想を交わした後に、最年長者が肝心な質問をしてきた。


「それで、小娘。この服は、いったいどうしたんじゃ。エンくんの趣味か」


 いきなり何を言い出すんですか、と円眞が慌てる横で、雪南がさらりと答える。


「いや、円眞はこれ見ても、何にも言わない」


 ジィちゃんズ三人が揃って険しい目つきを向けてくる。寛江でさえ呆れたような表情だ。

 え、え、えっ? と汗が吹き出てきそうな円眞であった。

 まったくエンくんはしょうがないのぉ〜、と華坂爺が口にした後に、雪南が真相を述べた。


夏波(なつは)がくれたんだ」

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