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第3章:地下と星の下ー008ー

「バカ、アニキ」


 ビルの屋上から見降ろす黛莉(まゆり)がこぼしていた。服装は相変わらずのゴスロリだが、先ほどのピンクから黒へ色を変えている。


「まさか夏波(なつは)さんへ刃を向けるなんて思わなかったからな」


 黛莉のすぐ後ろにいる夬斗(かいと)は悪びれず答える。着込むジャケットの下襟を両手で押さえていた。


「まったく、いっつもアニキは感情的になりすぎるんだから。しっかりしてよ」

「オマエこそ、夏波さんに危害が及ぶような話しにするな」

「アニキ、夏ねぇーもいいけれど、あたしたちの本当の目的を忘れないでよ」

「俺たち家族がまた一緒に住めるようにするには、世界の実権を握る。だけどな、だからといって夏波さんを巻き込めない」


 黛莉の目元が険しくなった。


「前から感じていたけどさー、アニキってあたしら家族より夏ねぇー取りそうよね」

「オマエの方こそ、どうなんだ?」

「あたしがなんだって言うのよ」

「俺と親友がやり合っていた時、オマエ、どっちに銃口を向けていた?」


 会社の事務所で、円眞(えんま)の刃と夬斗の鋼糸が激突した。その際に黛莉は機関銃を発現させていた。


 一瞬、言葉を詰まらせた黛莉だった。けれど、ふんっとばかりに横を向く。


「くだらないこと、聞かないでよ」


 答えてになってないぞ、と夬斗は出掛かった言葉を飲み込んで苦笑へ変えた。


「オマエ、ホントに殺したいほど惚れていたんだな」


 かっとなった黛莉だ。


「ふざけたこと、言わないでよ。あたしは予定通りクロガネを取り込んで、目的を遂行したいだけ。アニキ抜きでもね」


 言葉が終わらないうちに黛莉の銃口は、兄の顔へ突きつけられていた。

 ふっと笑う夬斗だ。


「まったくオマエは他の兄弟と違ってわかりやすい」


 なにが、と黛莉が睨み返す。


「これだけ時間があれば、糸を張るには充分だ」


 暗がりの中でも反射する細かな煌めき。人体を切り刻める夬斗の能力は妹の周囲に張り巡らされていた。

 歯噛みする黛莉であれば冷静さなど、とうに失われている。


「やればいいじゃない。あたしは首が落ちたって引き金をひいてやる」


 おいおいといった表情の夬斗だ。


「ヤケになりすぎだぞ、失恋といえな」

「……殺す、絶対に殺してやる」

「俺は死ぬわけにはいかない。目的を達成するまで、黛莉抜きでもな」


 黛莉の怒りに震える声音にも、怯むどころか本気が伝わってくる夬斗だ。

 事が始まりそうなほど緊張は昂まっていく。


 不意に別の声が割って入ってきた。


「兄妹喧嘩なら他所でやってくれない。今始めたら、下のえんちゃんにバレちゃうじゃない」


 呆れたと言わんばかりの女性の声だった。

 体勢そのままに和須如(あすも)兄妹は揃って、声がした方向へ顔を向ける。

 暗闇からぽっかり照明の当たる箇所ヘ踏み込んでくる。足下からやがて全身を現したのは、腰元に日本刀を差した女性であった。


「あら、何か用? オバさん」


 黛莉の憎まれ口にも、彩香(あやか)は何処吹くだ。


「あなたたち兄妹の仕事は、いつも今イチなんだから。まだガキなのよね」

「聞いていたよりよっぽど酷い依頼しておいて、よく言うな」


 いかにも面白くないといった夬斗だ。

 彩香は笑うように答える。


「でもあんたの思惑にも一致するところだったから、喜んで乗ってきたじゃない。勝手に物事を大きくしたのは、あんたたちでしょ」

「うっさい! あんたこそ保護者気取りなら、タブーとされるあんな場所へクロガネを行かせないようにしなさいよ」


 黛莉が猛然と咬みついてくる。今にも手にした機関銃が火を吹きそうな勢いだ。


 彩香が口に手を当てた。いかにも可笑しいといった感じだ。


 カチン、と黛莉がこないわけがない。トリガーにかけた指に力が入っていく。もし態度が変わらなかったら引いていたかもしれなかった。


「ごめん、ごめん。そういう気持ち、私も大事にしたいと思うもの。笑って本当に悪かったわ」


 意外にも表情を改めて謝罪をしてくる彩香だ。

 当の黛莉どころか夬斗まで素直な彩香など当惑以外のなにものでもない。まるで示し合わせたかのように兄妹は顔を見合わせる。

 だから彩香の小さな呟きは聞き留められずにいた。さすが憬汰(けいた)さんの息子ね、と。


「一つだけ訊きたい」

「なにかしら?」


 問う夬斗に、応じた彩香だ。


「公園における親友への襲撃は、アンタの指示か」

「違うわ。雪南って娘は、どさくさで殺してやるつもりだけれども、えんちゃんには死なれたら困るもの」

「だったら、あたしに感謝してよね。駆けつけなかったら、ヤバかったんだから」


 胸を反らした黛莉に、くすりとする彩香である。とても好意的には取れない。

 黛莉はむかっ腹が立った。すぐこれである。いちいち癇に障ってしょうがない。最初に会った時からして気に入らなかった。

 較べて雪南は、なんだかんだ言っても好感が持てる。円眞との抱擁シーンを見せられたとしてもである。

 だから彩香が冷笑して吐いてきた言葉は、一瞬で黛莉の頭へ血を昇らせた。


「そうね、生かしてくれてありがとう。だからあんたやあの女に、えんちゃんを殺らせやしないわ」


 黛莉にすれば、もう下の円眞たちに届いても構わない。本気でこの場で潰すべく機関銃を向けた。


 トリガーは引けなかった。それとはっきり分かるほど、黛莉の顎へ日本刀がを突き立てられていたからだ。

 神速の表現が当てはまる太刀さばきだ。しかも彩香は身を落とし銃口を避けた体勢で繰り出している。

 どちらに分があるという話ではない、勝負がついていた。


 くっ、と悔しそうな黛莉だ。


 顎先へ刃先を突き立てまま彩香は口の端を少し歪める。反駁を許さないとばかり、きっぱり告げてきた。


黎銕円眞(くろがね えんま)を殺すのは、この私だから」



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